第205話
「大丈夫ですか?」
白騎士を倒して地面に降りて来た宮本さんが、少しふらついていたので支えてあげると、なんとなく嬉しそうな顔をしていた。
「私、敵を倒せましたよ」
「はい。素晴らしいと思います」
冗談抜きに、マジで宮本さんもとんでもない探索者に育ったと思う。少なくとも、99階層のボスモンスターを単独で撃破するようなダンジョン探索者は、Sランクでは済まないと思うから……やっぱり地上に戻ったら推薦しておかないと駄目だな。
「私から推薦しておこうかな。アサガオちゃんは如月君がEXに推薦して、如月君は神宮寺さんが推薦したんだから、私もちょっと推薦したい気持ちがあるんだよね」
:カナコンちゃんもEXか……別に反対ではないけど、凄まじいなアリバ
:アリバの戦力がインフレしてるよ
:怖いよ……アリバはなにを目指してるの?
「儲かるダンジョン配信企業を目指してます」
ダンジョン配信で儲けようと思ったら実力をつけるのが手っ取り早いのは事実だしね。仕方ない……みんなもダンジョン配信で儲けようと思うなら普通に実力をつけた方が早いぞ。
「司君は自分が好きなことをしてるだけだから、別に何かを目指してるとかはないよ。だからいきなりバーチャル配信者増やしたり、まだ企業設立してから半年も経ってないのに二期生の計画立てちゃったりするんだから」
「え、アサガオさんの中で俺ってそんなイメージなの?」
「うん。みんなそうだと思うけど」
:うん
:せやな
:当たり前だろ……逆に如月君は自分が真面目な経営者やってるつもりだったのか?
:草
:如月君……君は自分の快不快を指針に動いてるでしょ?
そこまで天上天下唯我独尊になった覚えはないぞ。自分の趣味で起業してバーチャル配信者を増やしてってやってるのは認めるけどね。
「復活しました」
「早いですね」
ちょっとまだふらついている気もするが、既に宮本さんは立ち上がっていた。鎧のパージ、魔力の噴射、羽を生やして空中を浮遊する……色々なことを戦闘中にやっていたけど、初めての挑戦だったこともあってかなりの魔力を消耗したんだろうな。だからふらついたんだと思うけど……常人より魔力の回復が早いな。
「それにしても……これでライバルが強くなっちゃったな」
「ふふ……アサガオちゃんにも負けないです」
「むー……カナコンさんには勝つもん!」
おー……頑張れ。俺は当然巻き込まれる立ち位置にいるんだけど……なるべくなら俺を巻き込む回数を減らしてくれると助かるぞ。
「流石にカナコンちゃんの消耗が激しいからここで休憩して行こうか。次は100階層だし……ちゃんと準備してから行きたいよね」
「そうですね」
そんなことより、俺はコロシアムの中心で待っていた謎の言語を喋る騎士というのが気になり過ぎているのだが……宮本さんによって倒された死体は、そのまま塵になって消えて行ったので本当にモンスターだったのだろうか。モンスターにしては異質だったが……そんなことを俺が考えてもしょうがないか。
そこから20分ぐらいは休憩していた。宮本さんの消耗がそれだけ激しかったというのもあるが、次が100階層で区切りが良いからというのもあった。
ダンジョンには人工的というか……そういう人間が作りそうな構造をしているものが多い。たとえば、50階層で終わるダンジョンが多かったり、50階層で終了しなくても区切りと言わんばかりに強力なボスモンスターが単体で立っていたり……人間が作ったのならそういう風に作るだろうな、みたいな感じが多い。つまり、相沢さんも俺も、この渋谷ダンジョンの最下層は次の100階層なんではないかと考えているのだ。
「……いつまでもここで待っていてもしょうがないね」
「もし次が最下層なんだとすると、全力をぶつけるだけですから……そこまで心配する必要もないですよ」
「そうだといいんだけどね」
相沢さんだって不安にぐらいなるだろう。なにせ、目の前に広がっているのは渋谷ダンジョンで誰も足を踏み入れたことが無い未知の階層で、前人未到の100階層という文字通りの魔窟だ。どんな存在が飛び出してきてもおかしくはない。
さっきまで以上に慎重に階段を降りていく俺たちを、コメント欄の人たちが冷やかしてくるが……流石に今回はコメント欄を見てだらだらと喋っている余裕は俺にもない。
長い階段を降りていくと……そこには白亜の壁が待ち受けていた。前面が真っ白な壁で覆われた超巨大な階層……奥までの広さは甘く見積もっても数百メートルぐらいあり、天井までの高さも同様に数百メートルぐらいありそうだ。今までのダンジョンの中でもかなり異質なその階層に、俺も相沢さんもまともに言葉が出てこないのだが……七海さんは異質な魔力を感知していた。
「なにか……来るよ!」
巨大な階層にひたすら困惑していたんだが……七海さんが視認した魔力の方向に指を差してくれた。指が向けられていたのは……空間の中心部分。
目を凝らしてもなにも見えない空間が突然歪み、穴をあけて紫色の鎧とマントを纏った角の生えた人型の存在が歩いて来た。体長は大体2メートルぐらいだろうか……片手には大剣を持ち、こちらを視認した瞬間に獰猛な笑みを浮かべた。
『────』
「また訳の分からない言語を……」
大剣をこちらに向けて訳の分からない言葉を口から吐いたと思ったら、そいつが現れた時と同じようにその背後の空間が歪み、龍のようなモンスターや、四足歩行の巨大な犬のようなモンスターなんかが出てきた。
「……まるで物語に出てくる魔王みたいだね」
「角もあるし?」
「そうですね……そして、その魔王さんはこちらとやる気満々って感じですよ」
好戦的な笑みを浮かべていた魔王は、こちらの準備が整うのを待っているらしい。
「あの龍は私がやります」
宮本さんは漆黒の鎧を身に纏ってから重装備をパージさせて羽を生やした。
「じゃあ私はあの犬かな。アサガオちゃんと如月君には魔王様を任せるよ」
「しれっと様つけてるし……まぁいいですよ」
それ以外にもゴブリンのような小さい敵も歪んだ空間から出てきてるし、サイみたいな立派な角が生えたモンスターも出てきているんだが……犬と龍に比べると見劣りするからなんとかなるだろう。
「じゃあ、行こうか」
『────!』
魔王と俺たちが走り出したのは、同時だった。
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