第204話

 鎧を修復した宮本さんは、再び白騎士の攻撃を真正面から受け止めてカウンターを放とうとしているが、やはり噴射の加速についていくことができずにダメージを受け続けている。


「このままだと負けます、かね」


 あの鎧のような常時展開型の魔法はどうやっても魔力を消費してしまうから、攻撃を受けたら傷を修復して、そのまま展開を維持なんてしてたらすぐに魔力が枯渇してしまうと思う。元々、宮本さんは体内を循環させる魔力量が多いだけで、総量で言えば通常の探索者よりは多くても、深層のこんな深い所まで潜ってくる探索者と比べるとちょっと見劣りする。

 宮本さんの鎧は防御力を得る代わりに速度を失うものだ。そこは富山ダンジョンで彼女が参考にしたであろう獅子の魔法と同じで、どうしても速度と硬さの両立が不可能なんだ。普通のモンスター程度であれば鎧を纏った状態でも問題なくても、単体性能が高い深層のモンスターだと後手になってしまう。


「助ける?」

「もし、もしですけど……ここで彼女がなにかを掴んだら一気に化けると思わない?」

「……私みたいに?」


 自覚あったんだ。


「如月君は人間は死の間際までいかないと本当の力なんて出ないって言うからねぇ……簡単に言うと火事場の馬鹿力を一度体験すると、それが出せるようになるみたいな?」

「どっちかというと極限の集中状態を一度でも体験すれば、じゃないですかね」


 どちらにせよ命の危険が迫っている時ではあると思うが。そう言う意味だと、今の宮本さんは最初で最後のチャンスかもしれない。彼女の鎧の硬度を考えると、これから先で命の危機まで感じるようなモンスターが現れることなんてないかもしれない。今が……成長する最後のチャンス。


:なんか色々と言ってるけど、それってカナコンちゃんがSランクからEXになるかもしれないってこと?

:ここ数年でEX生え過ぎでは?

:神代ちゃん、如月君、アサガオちゃん

:そんでカナコンちゃんってか?

:なに? 富国強兵政策?

:軍拡だぞ


 魔力噴射と浮遊によって圧倒的な機動力を手に入れた白騎士は、容赦なく宮本さんへと襲い掛かるが……宮本さんは反撃の姿勢も見せずに攻撃をただ受け続けている。だが、時折なにかをしようと細かく動き、白騎士はその動きに一々大仰な反応を見せる。

 まぁ……白騎士はなんとかしてあの黒い鎧を剝がさないとまともに攻撃が効きもしないのに、相手の斧による攻撃は簡単に大地を裂き、白騎士の命を奪いに来るわけだからな。条件だけ見れば白騎士の方が圧倒的に不利なことには違い無い。


「ん?」

「あ」

「え?」


 俺、七海さん、相沢さんの順に疑問、納得、呆然って感じの反応が口から出た。だって……宮本さんの黒い鎧が急にパージされたんだから。


「え、そういうこと?」


 パージされたのは全体ではなく、ひじ関節、肩、膝、足首、手足、脇腹、首などの部位だった。パージされたと言っても全てを剝いだわけではなく、中にも装甲が残っているが……先ほどまでと比べるとボディラインがわかるぐらいには厚さがないようだ。

 俺はそれを見た瞬間に、ものすごいオタク心が擽られたが……同時にオタクだからこそその意図を即座に理解できた。


:かっこいい

:なんか……フルフェイスはやめないところにエッチさを感じるぞ

:どんなフェチだよ

:装甲パージした!!!

:もう機動兵器だろ

:えぇ……


『────?』

「ふぅ……これで戦いやすくなりますね」

『────!』

「すいません、なにを喋っているのか全くわからないんですけど……圧倒させてもらいますね」


 いきなり宮本さんの姿が変わったことに白騎士も困惑しているようだったが、穏やかな声で圧倒させてもらうと宮本さんが言った直後、姿が消えて白騎士は吹き飛ばされた。


「装甲をパージしたことで速度を上げたってこと? でもそれだったら単純に鎧を脱げばいいんじゃ……」

「最低限の防御力と、に必要だったんだと思います」

「え? それって……相手の技と同じじゃ」

「カナコンさん、やるなぁ……」


 そうだよな。相手が魔力の噴射によって速度を確保しているというのならば、自分も同じことができるはずだと考えた訳だ。

 魔力を魔法として変換して外に出力することが苦手だとしても、魔力を一点に向けて発射することはそう難しいことじゃない。


「こうなればさっきの宣言通り、白騎士は圧倒されるだけですね。鎧を着用していない素の速度は圧倒的にカナコンさんの方が上で、更にブーストによる加速も模倣された。ここから勝つ方法は残っていませんよ」


:うぉぉぉぉぉ!

:駆動兵器カナコンちゃんかっこいいぞ

:男の浪漫

:胸が大きいことが男の浪漫だったのに、いつの間にかロボット変形の浪漫になってる

:すごいぞカナコンちゃん


 白騎士は浮遊できることを利用して上空へと逃げ出した。地上スレスレで浮かんでいても、黒い暴君には敵わないと悟ったのだろう。だが……それも今の宮本さんに対しては悪手だろう。


「えっ!? 司君!? 羽生えたよ!?」

「七海さん、落ち着いてください」

「落ち着いてられないよ! 私だってまだ空中浮遊できないのに!」


 いきなり抱きつかれたらびっくりするだろ。

 それで……羽が生えたことだって? まぁ……蝶のような羽が確かに生えているね。

 自分で言うと恥ずかしいんだけど、宮本さんは俺の配信をずっと見ているぐらいの熱心なファンだ。ネットで言う所の信者に相当するかもしれない。そんな彼女が、俺が配信内で言及した技術を真似していない訳がない。彼女が自らの体内の魔力を完璧に操って、空中浮遊を可能にしたんだ。

 あの蝶のような美しい羽は、恐らく彼女が空を飛ぶためにイメージした飾り。本当ならなくても飛べるが……イメージが重要な魔力の運用において、形から入るってのは大事なことだ。

 因みに、七海さんが中々浮遊できないのは人間が単独で飛べる訳ないじゃん的な現実的思考があるからだと思われる。何回も目の前で見せてあげたのにな。


:綺麗

:カナコンちゃん推しになっちゃう

:推せ

:草

:羽まで生えるのかよ

:EXって自由だな

:既にEX扱いしして草


 浮遊した状態で一気に加速した宮本さんに、白騎士は反応することもできずに斧による一撃を受けた。加速の勢いをそのままに乗せた宮本さんの一振りは、白騎士の肉体を上半身と下半身に分断し、その衝撃波がダンジョンの天井に直撃して大きな傷跡を残すほどの威力だった。


『──、──、────』

「私も楽しかったですよ」


 相変わらずなにを言っているのかわからない言語だったが、宮本さんは鎧の頭部分だけを器用に消してから落ちていく白騎士に微笑みを見せた。

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