第200話

 90階層の主と思われるペンギンは、こちらを見つけた瞬間に大きな鳴き声を発してから襲い掛かってきた。偶には人間を前にして逃げ出すようなモンスターがいてもおかしくないんじゃないかと思ったけど、流石にここまで巨大なペンギンにもなると人間如きを恐れることはないか。


「またこんなデカい奴っ!?」

「文句言うな」

「だってハワイの熊よりちょっと小さいぐらいじゃん!」


 七海さんがなんか文句言っているが、ダンジョンのモンスターはこちらのことなど気にしてくれないんだから仕方ないだろう。文句を言ったからって、ダンジョンがコンプライアンスを気にして出現するモンスターを変えてくれる訳じゃないんだから。いや、逆にそんなダンジョンあったら見てみたいけどな……人工のダンジョンとかあったら面白そうじゃない?


「私、突っ込みますね」

「え?」


 デカいペンギンを前にどうしようかと考えていたら、宮本さんが一言だけ宣言して突っ込んでいった。90階層の敵に対しても全く恐れるような姿勢も見せずに、ひたすらに突っ込んでいくその勇気は素晴らしいものだと思うが、ちょっと無謀じゃないか? 情報もない相手に対して無暗に突っ込んでいくのは蛮勇だと思う。


「私が援護するから、如月君はペンギンを倒す方法でも考えておいて」

「え、考えるも何も……騰蛇でも突っ込ませれば早いんじゃないですか?」


 ハワイの熊はそれで倒せたし、それでいいんじゃないかな。朱雀か騰蛇でも突っ込んませて適当にぶち殺せばそれで終わりだろう。


:おい

:最初からやれ

:ならやれよ

:草


「『騰蛇』」


 やれって言われたから召喚した。

 召喚された騰蛇から困惑するような感情が伝わってきたが、お前はなにも考えずにペンギンを倒せばいいよ。

 宮本さんが突っ込んできたからなのか、ペンギンは奇声を上げて口から氷塊を吐き出した。氷塊、と一言で表すと可愛いものだが、乗用車ぐらいの大きさがある氷塊だから……押し潰されたら普通に死ねると思う。そんな降り注いで来た氷塊を、宮本さんは左手で受け止めてから投げ返した。


:?

:あのー……

:カナコンちゃん、やっぱりゴリラになったね

:ゴリラだってあそこまで酷くないよ

:もう立派な規格外の探索者なんじゃないかな……少なくとも、俺にはまともな人間には見えないんだけど


 俺にもまともな人間には見えないよ。身体能力を魔力で向上させたって言っても、あそこまで行くか?

 氷塊を投げ返されたペンギンは、反応することもできずに顔面に氷塊が激突して後ろに倒れた。その隙に、騰蛇が残りの氷塊を空中で融解させてからペンギンの腹を貫き、それに続いて宮本さんが振り下ろした斧が氷の大地を砕きながらペンギンを真っ二つにした。


「……なんか、出力上がってませんか?」

「上がってるような気がする」


 ヘルプに入ろうとしていた相沢さんも、宮本さんの斧が繰り出した一撃の威力に唖然としているし、宮本さん自身もなんとなく手を握ったり開いたりしている。えー……なにが起きてここまで宮本さんが強くなったのかわからないけど、とにかくよかったんじゃないかな。


「司君、私……この吹雪の中でも実は魔力だけは普通に見通せるんだけど……ちょっと目が慣れてきたな」

「なにが言いたいのかな?」

「察してると思うけど、ペンギンが後6……7匹いるね」


 おぉ……大家族だな。

 なんてくだらないことを思った瞬間に、吹雪の向こうから大量の氷塊が飛んできた。8割は前方にいる宮本さんと相沢さんを狙ったものだが、2割はこちらに向かって飛んできている。ペンギンはこちらの位置を把握しているのだろうか。

 車ぐらいの多きさがある氷塊に潰されたら、俺だって無事で済むかどうかわからないんだから勘弁してほしいものだ。騰蛇には相沢さんと宮本さんを守ってもらい、こちらを自分でなんとかしよう。


「任せて」


 俺が魔法を放って氷塊を破壊しようと思った時には、既に七海さんの周囲に展開されていた槍が動いて氷塊を貫いていた。槍で貫いたぐらいでは氷塊はなんともならないだろうと思ったんだが、槍によって貫かれた氷塊が内側から爆散した。


「貫いた物体に魔力を置いてきて、それを遠隔で爆破させたの。そう難しいことじゃないけど、これなら二段構えで威力が出せるでしょ?」

「いや、難しいことでしょ」


:草

:如月君からしてもそう思うんだから、アサガオちゃんはとんだ魔法強者だな

:魔法特化でも、神代ちゃんは威力特化でアサガオちゃんは工夫特化なんだね

:やっぱり最強じゃないか

:アサガオ最強アサガオ最強

:いつもの


「私だって威力ぐらい出せるもん」


 コメントに張り合うな。

 こちらに飛んできた氷塊に気を取られている間に、宮本さんと相沢さんがペンギンの半数を消し飛ばしていた。宮本さん……もう立派なEX規格外なんじゃないかな? これ、推薦したら充分EXになれると思うよ。


 10分もすればペンギンは片づけられていた。潜れば潜るほどに火力が増している宮本さんのことを恐ろしいと思いながらも、同時に頼もしいとも思う。未知の深層に潜る時に、頼りになる仲間がいると言うのは大切なことだ。


:これで終わり?

:ほーん

:90階層も呆気なかったですね

:呆気なく見えるだけで、クソデカペンギンがクソデカ氷塊を延々と撃ち続けてくるダンジョンとかクソでは?

:クソクソうるせぇな

:クソデカペンギンで草


 モンスターの脅威度で言うと、確かにかなりのものだと思う。あれだけの大きさがある氷塊なんて、どれだけ魔力で身体能力を強化しても無傷では済まないだろうし、半端な実力ではあっという間に物量で押し潰されて終わりだ。まぁ、それを片手で受け止める人はおかしいけど。宮本さん、もしかして車を片手で受け止めて、ビルを斧で両断できるのでは? 多分、地上で放し飼いにしていい生物ではない。まぁ……それに関してはEX全員がそうかもしれないけど。


「この吹雪で視界が悪いのに、次の階段探すの? 階層が広いかどうかもわからないのに……」


 いくら魔力が視認できるからと言っても、別に万能って訳ではない。階段が強力な魔力を放っている訳でもないので、七海さんでもこの吹雪は参ってしまうだろう。


「しばらく、吹雪が弱くなるのかどうか観察してみましょうか」


 渋谷ダンジョンの攻略を始めて……大体4時間ぐらいだろうか。砂漠を放浪していた時間もそれなりに長かったし、86階層に入ってからは殊更慎重に進んでいたのでちょっと攻略スピードは大分落ちている。朝の7時頃から潜っているから……そろそろ昼時だな。


「昼食タイムにしましょうか」

「賛成かな」

「この吹雪の中で!?」

「ペンギンが出るかもしれないのに!?」


 おぉ……さっきまで張り切ってた七海さんと宮本さんに驚かれてしまった。

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