第186話

「……あれ、どうなってるの?」

「そりゃあ、岩盤を泳いでるんじゃない?」


 そんなのは見れば……いや、見てもわからんな。だって複数の背びれがダンジョンの岩盤を突き破るようにしているのに、まるで水の中を泳いでいるかのように動いている。見える背びれは……4つか。


「鮫……じゃなくて、シャチかな?」

「うん……こっち向かってくるね」


 普通に泳いでいただけのシャチ共が、ゆっくりとこちらに向かって泳いで来た。


:シャチって海の生態系トップなんだよね

:怖くね

:大丈夫なの?

:トーテムポールが攻撃してくるようなダンジョンのシャチってどんな攻撃してくるんだよ


「やべ」


 神代さんと七海さんは迎え撃ってやると言わんばかりに構えているが、明らかに泳いでいるシャチの速度が上がったのを見て、俺はなんとなく嫌な予感がした。そこから2人に忠告しようとする前に、4匹のシャチが岩盤から飛び出して一斉に水を吐き出した。

 水そのものに攻撃力はなく、ただの水のように見えるが……それなりに広かったダンジョンの階層に水がどんどんと溜まっていく。その水の中に沈み込んだシャチは、先ほどよりも更に速度を上げながら別れて俺たちの周囲を一定の距離で回転しながら泳ぎは始めた。


「シャチって頭がよくて、集団でわざと波を起こして獲物を狩ったりするらしいですよ」

「つまり?」

「この足元を濡らし始めている水が、なにかしらの狩りの為に使われるんじゃないかなって」

「でも、なにかしてくるような感じは魔力を視てても無いけど」

「ならまだまだなんじゃないかな」


 この程度ではまだ攻撃してこないってことかな。もっとダンジョンに水が満ちてきたら……とんでもないことでもしてくるのかもしれない。バラバラに行動しながらも、何度も水を吐き出して水かさを増やしているからな。

 このままぼんやりと眺めていたら駄目だろうなと思いながらも、こうも距離を取られると近寄って逃げられそうだ。


「よし、同時に3匹別々のシャチを攻撃しますか」

「それがいいね。思いっきりぶつけてやるから」

「司君、その前にシャチが動きそうだよ」


 マジで?


:シャチ、増えてないか?

:4匹から6匹に増えてるな

:えぇ……

:どうやって増えたの?

:出産したんでしょ


 今までなんにもなかったところから急にシャチの背びれが浮かび上がって来て、4匹と同じ様に俺たちの周りを悠々と泳ぎ始めた。


「七海さん、どうですか?」

「…………この水のせいで見えにくいけど、シャチの5匹は魔力で生み出された偽物で、本体は1匹だけだね」

「こんな群れみたいな動きしてる癖に?」

「はい」

「偽物とか見分けるの面倒だから、一気に全部を倒しちゃえばいいんじゃないかな!」


 その宣言と共に、神代さんは手から炎を生み出した。札幌ダンジョンでやったみたいにまた階層でも爆発させるつもりかと思ったら、一気にそれを巨大化させてから泳いでいるシャチに向かって放り投げた。

 放り投げた場所から更に膨れ上がった炎は、一瞬で水を蒸発させながら爆発した。


「……あれ?」

「一定距離で泳いでるんですから、一気に倒せる訳ないじゃないですか!」


:草

:それくらい理解しろ

:なんでもかんでも魔法をぶっ放せば勝てると思ってるからそうなるんだぞ

:どうなってんだお前の頭は

:そんなんだからダンジョン破壊ばっかりしてるとか言われるんだよ

:EXなのに悪口言われてるの草


「むっかー! 私のこと馬鹿にするなー! ちゃんと追尾弾でも放てばいいんでしょ!」


 巨大な炎を複数生み出した神代さんは、一気にそれを投げて泳いでいるシャチへと攻撃を始めた。生き残っていた4匹のシャチのうち、3匹はなんの抵抗もなく炎の爆発に巻き込まれて消し飛んだが、最後の1匹は岩盤の下へと潜り込んだ。

 逃げたのはあの1匹だけど……間違いなくあれが本体だろう。


「まったく、なんとかなったからいいものの、無茶ばっかりしないでくださいよ!」


 岩盤に潜り込んでから俺たちの背後に再び現れたシャチは、口から氷塊を発射してきた。俺たちの足元に水を撒いていたのは、そうやって凍らせるつもりだったのだろうか。だが、その程度の攻撃に当たるほど弱くなった覚えはない。

 飛んできた氷塊を俺が炎で融解させ、それに合わせて七海さんが放った風魔法によってシャチの身体が一気に分割された。


:えぇ……

:一瞬でしたね

:深層でもこんなもんなの?

:これ、神代ちゃんいる?

:いる

:可愛いからいる

:実際結構役に立ってるだろ

:一発の威力はアサガオちゃんよりも神代ちゃんの方が勝ってるからな


「はぁ……さっさと次行きますよ」

「そろそろ終わりそうじゃない?」

「知りませんよ。そもそも今が何層なのかもあんまり把握してないんですから」


:73階層ですよ

:草

:なんでお前は知らないんだよ

:如月君も似たようなもんだなおい

:知ってただろ

:EXの時点でお前も頭おかしいのはわかってたけど、昔からまともに階層覚えてないのはなんとかならないんですかね?

:こいつ、どのダンジョン行ってもずっとそんな感じじゃん

:流石にもうちょっと階層について考えろ


「いや、途中までは覚えてるんですよ? でもモンスターと戦ってたりすると……流石に忘れると言うか……あの、マジで60超えるとどうでもよくなるんですよ、はい……すいません、これは俺が悪いですね」


 流石にこれは言い逃れできないな。確かにほぼ毎回やってるから……もうちょっと記憶しないと。


:謝れて偉い

:まぁ、最下層まで行けば関係ないな!

:後で配信見直せば何階層かわかるしいいんじゃない?

:草

:それでいいのか


「ハワイダンジョンも潜ってからそろそろ3時間ですよね? それくらいの時間感覚はあると思うんですけど」


:そうね

:2時間半って言うには結構経ってるかな

:うーん……普通

:戦っても時間感覚は忘れないのに、階層はすぐに忘れるの草

:ダンジョン探索者って結構忘れない? 俺も中層を彷徨ってる時は結構忘れたりするぞ

:忘れてる兄貴はもうちょっと頑張って記憶してくれ、下層に行っちゃうと死ぬぞ


「あ、普通に気を付けた方がいいですよ」


 俺は最下層まで行ったって死にはしないけど、下層に行けない人は普通に階層を覚えておこうな。


:お前は人のこと言えないからな

:説得力って知ってる?

:鼻で笑ってやる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る