第187話

「この階段長くない? ちょっと疲れてきちゃった」

「うーん……もしかしたら次が最下層かもしれない」


 ダンジョンには共通点があったりする訳じゃないんだけど、やっぱり長い階段って言うと最下層に続いてるのかなーって思うじゃん。RPGとかだとラスボス前の階段が長かったりしない? そういう感じで、最下層に向かうための階段はしっかりとした雰囲気だと嬉しい。


「最下層には最下層ですって看板掲げて欲しいよねー……わかりにくいし」

「そうですね」

「えぇ……司君、それは流石に引いちゃったよ」


 なんの基準で喋ってるのかな?


:まぁ、アサガオちゃんはダンジョンの最下層まで攻略したことないからな

:確かに

:そうだっけ?

:逆に言うと、如月君と神代ちゃんは最下層まで攻略した経験が豊富ってこと?


「豊富ってことはないですけど……それでも、高山ダンジョンの最下層まで行くことは多いですし、そうじゃなくても色々と想像したら面倒だなーって思うじゃないですか」

「だよね? 私もこの間、ダンジョンの最下層まで行ったけど拍子抜けしちゃうんだよねぇ」

「……これ、私の方が正しいよね? すっごい多数決で負けそうなの理不尽だとおもんだけど」


:あってるぞ

:アサガオちゃん、その感性を失わないでいてくれよ

:アサガオちゃんもまだ人間の感性を持っていたようだな

:まるで如月君には人間の感性がないかのような発言で草

:神代ちゃんにはないけど、如月君にはまだギリギリあるんじゃないかな……いや、ないかも

:如月君、言いたい放題言われてるぞ


「遺憾の意」


:適当に済ませるな

:こいつ効いてないぞ

:無敵か?

:草生える

:お前、それでいいのか


 いいんだよ別に。誰に何を言われようとも俺は人間としての感性を持っている……はずだから。いや、持ってなかったらそもそも会社経営なんてできないから。俺、これでも社長として色々と頑張ってるんだからな?

 長い階段を抜けた先には……雪国だった。


「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」

「なんだっけそれ」

「えぇ……神代さん、貴女ちゃんと学校の授業受けてました?」

「あんまり?」

「『雪国』だよ」


:川端康成ね

:国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった。じゃなかった?

:「そこは」いらないぞ

:如月君って本当に勉強できない人間か?


 普通に高校の授業でやるが?

 どうでもいいことを喋っていたら、銀世界の雪を掻き分けて巨大な熊が飛び出してきた。


「……で、デカいね」

「いや、デカいっていうか……デカすぎでしょ」


 詳しく知らないけど、熊ってどんなにデカくても人間の3倍ぐらいまでじゃないの? 俺たちの目の前に現れた熊は、どう考えても20メートルぐらいあるんだけど……SFの人型ロボットかよお前は。


:デカい熊は怖い

:いや、怖いとか言うレベルじゃないだろ

:熊はデカくなくても怖いぞ

:いやぁ……デカいってのは強いってことだな

:雪の中から出てくる熊って……ホッキョクグマかよ

:冬眠しろ

:そうツッコミで草

:いや、確かに黒い毛並みの熊で冬眠もせずにそのまま飛び出してくるとかやばいな


 俺たちが20メートルを超える熊が何をしてくるのかもわからなくて、ぼーっと眺めていたら……急に熊が四股を踏んだ。雪が大量にまき散らされていたが、それ以上に地面が滅茶苦茶に揺さぶられている。


「……どうする? このまま口からビームでも吐いたら」

「いよいよロボットみたいになっちゃうね」

「あー……司君が好きなロボットアニメみたいな感じになるってこと?」

「俺がオタクだってことをしれっとバラさないでくれない?」


:草

:いや、熊を前にして余裕かよ

:明らかに巨大地震並みに揺れてると思うんだけど、なんで3人とも普通に棒立ちしてるの

:人外だから

:いや……君たち、マジで人間やめてるんだなって


 大袈裟だな……地面が揺れているって言っても、熊が四股を踏んでいるんだからいつ揺れるかわかりきってるだろ? だからそれに対して踏ん張るってのは余裕なんだよ。


「ん?」


 そのまま熊が前脚を地面についた瞬間に、地面を蹴って走り出したのだが……体長が20メートルもあるせいか、歩幅が滅茶苦茶に広くて一瞬で詰め寄られた。


「相撲かよ」

「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 高速で走り出した熊に一番早く反応した俺が、反応しきれていなかった七海さんを抱えて横に移動した。神代さんは勝手に動いていたので大丈夫だろうが……この熊、このデカさでこの速さかよ。単純だけど面倒くさいタイプの敵だな。


「取り敢えず攻撃だけしてみるか」

「あ、私をこのまま抱えてくの?」

「……俺の武器として扱っていいなら」

「いいよ!」


 即答されると正直どう反応していいのかわからんが……まぁ、敵が倒せるならそれでいいか。

 熊が俺と七海さん、それと神代さんの2つに別れたのを見て少し迷っているようだった。その隙に、神代さんは走りながら最低限の攻撃を、俺に横抱きにされている七海さんは攻撃だけに集中して魔法を放った。


「避けたっ!?」

「うーん……すごい反応速度だな」


 反応速度というか……本能的な直感だけで攻撃を避けている感じだ。ただ、攻撃の強弱にはあんまり頓着がないらしく、神代さんが適当に放った魔法も七海さんが全力で放った魔法も同じ反応で避けているようだ。そこを突いて弾幕を……いや、面倒だな。全部致命傷になる感じでいいや。


:こいつ面倒だなって顔したぞ

:熊さん逃げて

:ハワイダンジョン壊れる

:逃げろ


「『騰蛇とうだ』」


 七海さんを抱えながら召喚したのは、炎で作られた翼を持つ蛇。赤色の身体から炎の翼が生えている騰蛇は、こちらをちらりと視認してから一気に加速して熊の頭の上に移動した。

 朱雀と似たような能力を持つ騰蛇だが、最大の特徴は周囲の熱を操れるという点にある。

 熊が爪を振り回して雪を大量に飛ばしたが、騰蛇の周囲に近づいた瞬間に空中で水へと変わり、その水が一瞬で蒸発した。それだけではなく、騰蛇が魔力を発するとそこから熱波が発生して周囲の雪が一気に蒸発する。当然、騰蛇の近くにいた熊もその熱を受ける。


「おいおい」

「こ、こっち来るよ!」


 騰蛇の熱波を本能的に察した熊は一気に後方へと逃げ出してから、騰蛇の熱の範囲のギリギリ外側に沿って走ってきた。この熊、マジでデカいだけで魔法も使えないのか?

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