第180話
宮本さんの動きが劇的に良くなったことはない。それだけ、体内の魔力循環量を増やすと言うのはあまり意味のない行為なんだが……強くなることに貪欲なのはいいことだと思う。
実際、体内の魔力量を少しずつ上げている宮本さんの動きに、目に見えた変化はない。さっきと同じ様に、下層のモンスターを一方的に蹂躙しているだけだ。
「……いっそのこと深層まで行ってみますか? 八王子ダンジョンだったらそこまで危険性もないですよ?」
「行けば強くなれるなら」
いや、行ったからってすぐに強くなれる訳じゃないけど……さっきから宮本さんはなにかをしようとしていると思うんだ。動きが変わったというか……なにかを試そうとして失敗しているって感じ。それなら深層まで行ってしまって、そこで命がけでやってみるってのはありだと思う。俺がいるから深層に行くのは別に問題ないし。
:簡単に深層に誘う如月君
:まぁ、いつものことや
:正直、アリバ内では下層が当たり前ってなってるからな
:おかしいでしょ
:その感性は貴重だからちゃんと持っておくんだな……ずっと如月君を見てると忘れてくるからよ
俺には宮本さんが何をしようとしているのかは理解できない。理解する気もないからだ。これは、宮本さんに対して興味を持っていないとかではなく、なにかを掴もうとしている時に俺が変なアドバイスをするのは逆効果だからだ。特に、宮本さんは俺の言っていることが全部正しいと思っちゃうような性格だから。
宮本さんが頷いたのでそのまま深層へとやってきたのだが……深層に入ってから露骨に宮本さん進む速度が遅くなった。俺は後ろからずっとついていっているだけだが……モンスターと戦わなくても下層までと警戒の強さが段違いだ。正しいことではあるんだろうけど、人間は気負っていると筋肉が萎縮してしまうから適度にリラックスした方がいいんだが。
「あれは?」
「んー? あれは……なんですかね?」
しばらく八王子ダンジョンを歩いていると、視線の先に小さな影が見えた。遠くから見た感じ、なんとなく人にも見えるし、犬のようにも見える。
俺と宮本さんが首を傾げながら瞬きしたら、既に背後に回り込まれていた。
瞬き程度の時間で後ろに回り込まれるような敵の動きを、俺が見逃すはずがない。明らかに背後に瞬間移動した動きなんだが……回り込んでからの攻撃が遅すぎて普通に見てから掴めてしまった。
「あー……なにこれ」
機械兵のようでありながら、カマキリのような鎌を手に持つ謎のモンスター。真っ白で光を反射する姿をしているが……瞬間移動ができるような敵には見えない。
試しに掴んでいた鎌を力のまま放り投げたら、空中でパッと消えたので右側に裏拳を放ったら頭が潰れた。
:なんで瞬間移動先がわかったの?
「勘」
:えぇ……
:どういうことだよ
:お前、やっぱり別世界のなにかを受信してないか?
:流石に理不尽過ぎて草
:君さぁ……もうちょっと人間らしくする努力とか、ないの?
:なんでそういうことするのかな……だからEXはどいつもこいつも頭がおかしい連中だって言われるんだよ
まぁ……頭がおかしい連中だってのはあんまり否定できないのかなって最近は思ってきたよ。だって実際に七海さんとか見てると、EXに覚醒した瞬間からちょっとおかしくなったところとかあるし。やっぱりどこかイカレないとEXになんてなれないんじゃないかな? 俺はなにを失ったのか知らないけど。友達? 最初からいねぇよ。
「如月さん、いつの間にか囲まれてますけど」
「え? 八王子ダンジョンでそんなことありますか?」
:事実として囲まれてるだろ
:なにこれ
:よくわからん
:ブリキ兵みたいな?
:こんなモンスターもいるのか
ブリキの兵士のようなモンスターに囲まれていた。俺が良く解らない敵と戦っている間に囲まれたってことかもしれないけど、八王子ダンジョンにそんな複数もモンスター出てくるのかな……深層だからかな?
「カナコンさん、どれくらい行けますか?」
「……半分以上は」
「じゃあ3割だけ片付けるので後は頑張ってください」
ここで俺が全部片づけては流石に意味がないだろう。だって深層まで来たのは宮本さんがなにかを掴もうとしているからなんだから。ただ、6割を相手にできるって自信があるのならば、7割までは戦ってもらおう。
一番手前にいたブリキの兵士がぴくりと動いたのと同時に、宮本さんが斧で頭を叩き割った。その動きを察知して、大量のブリキの兵士が一斉に襲い掛かってきた。絵面だけ見ると、おもちゃの兵隊が動き出す映画みたいだな。
「『白虎』」
召喚された白虎はすぐさま俺の前を塞いでいたおもちゃの兵隊を蹴散らし、地面から大量の剣を生やして全体の3割を片付けた所で消えた。相変わらず、人の指令を的確にこなしてそのまま消えていく仕事人みたいな奴だ。
:3割はって言ってたのに、ものの数秒で終わってて草
:えぇ……
:やっぱりおかしいよ君
:カナコンちゃん頑張れ
「うっ!?」
宮本さんは普通の探索者と比べても別に動きが遅いとかはない。あれだけの重量巨大武器を持ちながら、他の探索者と比べても問題ない速度で動いていること自体がおかしいんだけど、速度そのものに問題はない。ただ……やはり魔法が使えないという一点だけで大量の敵を殲滅するのが難しくなる。
ブリキの兵士どもは全員が銃剣を持って突撃しているが、5割が近づく前に斧に吹き飛ばされ、1割がその衝撃だけで圧されているが、やはり残りの1割が斧をかいくぐって攻撃してきている。宮本さんの自己評価は正しかったと言えるだろう。
:これは助けに入る案件じゃないの?
:違うらしい
:如月君って結構鬼畜だよね
:それはアサガオちゃんも言ってた
:荒療治が多いと言うか……師匠が神宮寺楓なだけはあるなって
荒療治とは言うが、今の宮本さんに最も必要なことではあると思う。斧による攻撃だけでは対処できないのが今の敵ならば、それをなんとかしないと。速度ではこの数は振り切れない。
簡単なのは、斧に魔力を乗せて周囲を全て吹き飛ばすことだが……それには緻密な魔力操作が要求されるし、なにより宮本さんが一番苦手な体外での魔力操作が必要になる。この機会に修得できるといいね……なんて傍観していたから、宮本さんが何をしようとしているのかに全く気が付かなかった。
「ん?」
最初に違和感……次に嫌な予感。
宮本さんの身体から魔力が大量に放出されたので、まさか体外での魔力操作を手に入れたのかと思った。しかし、周囲のブリキ兵を全て吹き飛ばして中から姿を現したのは……富山ダンジョンで見た獅子のように、魔力で生み出された漆黒の鎧を身に纏った鬼神だった。
もしかして……やばい方向に進化した?
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