第177話

「ところで、さっき外に飛び出していった筋骨隆々の男は?」

「あ、私の顔を見た瞬間に外に逃げ出したの」


 なるほど……じゃあその男が多分この組織のトップで、七海さんが新しいEX探索者であることを知っていて、すぐに逃げ出すことを判断した訳だ。警察の動きを把握しているなら、当然探索者協会に救援を願ったことも知っていたはずだからな。

 ならその男を捕まえない限りは、この件は片付かないってことだな。


「『一反木綿いったんもめん』『烏天狗』」


 既に相手の顔は把握しているので、今度は太陰に居場所を聞くまでもない。一反木綿と烏天狗を上空から飛ばしてその男を探して貰おう。見つけた瞬間に報告してくるように言ってから、東京の空へと放つ。


「まぁ、数分もすれば見つかると思うので、後はゆっくりしてましょうか」

「そうだね」

「……なにかがおかしい気がするんだが、言ったら駄目なのか?」


 刑事さんからしたら俺が式神を召喚していることが珍しいのかな?


「そもそもなんで空中に座ってるんだ?」

「え、まぁ……流れで?」


 外から中を眺めようとしたら七海さんが暴れ回っていて、そのまま入る機会を逃したと言うか……まぁ、気にするな。

 そのまま数分も警察の人から今回の犯罪組織がやっていたことを細かく聞いていたら、一反木綿から対象を発見したとの報告が流れて来た。言葉として流れて来た訳ではなく、魔力の流れが変わったから見つかったのを俺が察したと言うか……まぁ、そういうコミュニケーションなんだ。

 俺はすぐに一反木綿がいる場所に向かって飛んでいく。今度は街中であるから速度を制限するなんてことをせずに、一気に高度を上げてから加速して一反木綿がいた場所まで数十秒で到達する。そこには、ビルの上をパルクールのように飛び回って逃げようとしている筋骨隆々の男がいた。


「そこまでだな。大人しく捕まるなら痛い思いは──」

「クソっ!」


 目の前に降り立って警告してやろうと思ったら、最後まで言い終わる前に懐から取り出した拳銃を発砲してきたので、反射的に弾丸を手の甲で弾いた。


「は?」

「……一反木綿」


 一反木綿は、元々鹿児島の方で言い伝えられていた妖怪であり、人に纏わりつく妖怪だとされている。俺の言葉に反応して、一反木綿は男の身体をぐるぐる巻きにするようにして纏わりついた。


「暴れるときつく締めて骨の2本か3本は覚悟してもらうことになるぞ」

「わ、わかったから殺さないでくれっ!?」

「いや、殺しはしないけど……貴方がやったことを考えると、二度と外には出れないと思った方がいいですよ」


 多分だけど……死刑まではいかないと思うけどね。



 捕まえた主犯の男を警察に突き出してから、俺と七海さんはそのまま協会まで向かっていた。


「人を制圧する目的で戦ったのは初めてだから、ちょっとドキドキしちゃった」

「それにしては手加減が上手かったね。俺は顔面の骨を複雑骨折させるぐらいするのかなって思ってたけど」

「酷くない? 私は力を制御できない怪物じゃないんだから」

「いや、こうして犯罪を犯した探索者を捕まえることに協力した探索者が、相手を必要以上に傷つけてしまうって話は結構あるんだよ」


 ニュースとかにはならないから特に知られていないけど、警察だけでは対応しきれない事件とかには探索者が協力していたりするのだ。七海さんは今回が初めてだからまだ知らないけど、加減を間違えて相手を必要以上に傷つけてしまうこともあるし、逆に想像以上の反撃を受けて行動不能に陥る探索者だっている訳だ。


「でも、やっぱり人間相手にこの力を使うのはちょっと……気が引けるというか」

「それが正常な感覚だよ。普通は、こんな超常の力を同族である人間に対して簡単に向ける奴はいない」


 それでもやってしまう奴がいるのが、人間の恐ろしい所だ。

 海外では元ダンジョン探索者が街中で暴れて数十人の死傷者を出して、警官によって射殺された事件だってある。ちなみに、元ダンジョン探索者が暴れて警官が普通に射殺できる訳ないので、その国の探索者が始末したんだろうってのは公然の秘密だ。


「今回みたいな事件はあんまり受けたくないんだけど……流石に救援を求められて断るのはちょっと嫌だから」

「だから毎回受けてるの?」

「まぁ……うん」


 結局、誰かがやらなきゃいけないことだからね。それならEXという格別の待遇を貰っている俺がやらなきゃいけないって使命感にも近い感覚が芽生えてしまうのは、陰キャだからなのかな。


「ただ、人は正義の為にならどこまでも凶暴になれる生き物だから……限度は考えてるよ」

「そっか。うん……司君は、やっぱりダンジョン探索で暴れてるほうが似合うよ」

「暴れた覚えはないけど、ありがとう

「え、いつも暴れてるじゃん」


 暴れてないよ。

 ちょっと恋人に慰められて、恋人ってこんな感じなんだなって思ってたのに、余計な一言を付け足さないで。そのせいでちょっと共感し辛くなっちゃうから。


「神宮寺さんとかも、こういう依頼を受けてたりするの?」

「婆ちゃんは……かなりの頻度で受けてるよ。あの人は、昔からよくやってたことだからって……汚れ仕事は私がやるって聞かなくてね」


 多分、ダンジョン黎明期にそういう連中とばかり戦ってきたのだから、若者に任せずに自分で決着を付けようと思っているんだろうけど、ちょっとかっこつけすぎだ思う。それに、俺や七海さんは人を殴ったぐらいで一喜一憂するほど弱くなった覚えもない。


「さ、帰ろうか」

「うん、今日は泊ってくね」

「え」


 聞いてないんだけど。


「言ってないからね」


 なんで言ってなことを平然としようとするの? 同棲はまだ早いって話しなかったっけ? 宿泊なら同棲じゃないから問題ないでしょって思ってるのかもしれないけど、充分に問題だからね?


「七海さんはもう少し物事を考えてから発言して」

「うーん……でも、普通に男女交際してて、お互いに1人暮らししてるんだったら、お泊りするのは普通じゃないかな」

「その普通がどこから来てるのかな?」

「え、大学に進学した友達」


 誰か知らないけど、七海さんに対してなんてことを教えてるんだ。このままだと俺が七海さんに襲われちゃうだろうが。


「据え膳食わぬは男の恥って言うよ?」

「くっそ余計な言葉ばかり覚えて」

「司君は私の母親かな?」


 そりゃあ、そんなことを言われたら俺だって母親みたいにもなるだろ。

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