第176話

 流石に生の人間と戦うような様子は生配信で見せられないから、今日はカメラも持たずに東京の

 今、俺が歩いているのは東京都新宿区歌舞伎町……所謂、夜の街って場所だ。昔から治安が悪いとか色々と言われている所だが、眠らない街って言葉はカッコイイと思う。ただ、警察が色々と調べた結果……今は件の犯罪組織が隠れているらしいことがわかったので、ちょっと嫌な場所なことに変りはないけど。

 俺の年齢が今年で19歳になったばかりなので、当たり前と言えば当たり前だが……俺はこういう場所に来たことが無い。歌舞伎町に来たことが無い訳ではないけど、夜の歓楽街に来るのは初めてだ。最近では買春とかが問題になってるみたいな話は聞いたけど……思ったよりガヤガヤしてて活気のある街にしか見えないんだけど、それは俺が上を歩いているからかな。


「……ん?」


 なるべく夜の暗闇に溶け込めるように黒い服装で上空を歩いていたら、地上では見知った顔が私服で歩いていた。あの人は確か……警察の人だったと思うけど。

 相手も俺の視線を感じ取ったのかこちらを見上げて、表情を引き攣らせていた。なんで?

 警察さんが路地裏に入ったので俺も目の前に降り立ったら、やはり引き攣らせた表情のままこちらに近づいて来た。


「……まさか、君がそのまま出てくるとは思ってもなかった」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。EXで人間離れした君が、そのまま出てくるとは思ってもなかったってことだ」


 なんじゃそりゃ。協会に救援を要請したのは警察なんだから、普通に俺みたいなのが出てくるに決まってるだろ。


「それで、相手は?」

「まだ見つかっていない。どうやらうまく潜伏しているらしくてな……こっちの動きも結構筒抜けらしい」


 内通者でもいるんじゃないの?

 冗談かどうかもわからないことはさておき、警察の動きが筒抜けなんだったら、このまま放置していても全く進展は無さそうだな。なら、こちらからアプローチをかけてみるか。


「俺が探しますよ」

「は? ど、どうやって?」

「俺は探索者で……魔法使いですよ?」


 ちょっとかっこつけた。やっぱり男としてはこういう夜の街で人知れず悪と戦う、みたいなシチュエーションは楽しいじゃん?

 それは置いといて……実は協会から、派手に爆破とかしなきゃ今回の件について、地上で魔法を使ってもいいって許可は貰ってるからな。探索者らしいやり方で探させてもらうとするか。


「『太陰たいいん』」

「ひっ!?」


 俺が式神術を発動すると同時に、背後の空間が歪み、個人を識別できないような黒い人間の形をしたなにかが現れる。それを見て警察さんは顔を青褪めさせていた。


『質問は?』

「俺が追ってる犯罪組織に関する有力な情報、ない?」

『ふぅむ……』


 個人を識別できないような特徴のない影の式神。名を『太陰』と呼ぶ。十二天将の一柱であり、ありとあらゆる学問を把握しているため、喚者の質問に応えてくれるという戦闘能力が一切ない式神。

 俺は太陰に対して犯罪組織の情報がないか聞いたが、これに関しては学問とか全く関係ないので的確な回答が出てくるとは思っていない。ただ……俺が見逃しているような些細な部分まで知っているから、一応は聞いてみただけだ。


『怪しい動きをしていた連中は10組って所だねぇ……その中でも、ダンジョンに関する犯罪を行えそうなのは……1組だね』

「じゃあそれじゃん」


 ダンジョンに関する犯罪を行えそうとは、他人よりも保有している魔力が明らかに多いと言うことだ。ダンジョン探索者を見分ける手っ取り早い方法が、魔力量を感じ取ることなんだからな。まぁ……そんなの七海さんみたいに魔力が視認できなきゃ話にならないけど。


「じゃあちょっと行ってきますね」

「お、おい!?」


 太陰を消して再び空を飛んだ俺は、太陰が指し示してくれた方向へ飛ぶ。ここまで対象が絞れているのならば警察なんて必要ない。俺が制圧した連中を警察に突き出せばいいだけだからな。


 しばらく浮遊していると、築年数がかなり経っていそうな建物を発見した。太陰が指し示した建物はこれで間違いないだろうと思って、窓から中を覗こうとしたら……筋骨隆々の男が窓を突き破って飛び出してきた。


「え、なに?」


 そのまま何事もなかったかのように3階から飛び降りて無事に着地した男は、路地裏に向かって逃げて行った。驚きながら窓の中に視線を向けると、そこには厳つい顔をした男を片手で投げている七海さんの姿があった。


「あ、司君」

「なに、してるのかな?」

「ここが犯罪組織の隠れ家だって、警察の人に教えて貰って」


 俺よりも速くこの場所を突き止めた警察の人がいたのか……やるな。じゃなくて、なんで七海さんが1人で無双してるのかな?


「ぐっ……この、アマ!」

「はいストップ」


 状況が上手く呑み込めていないんだが、取り敢えず男が全員七海さんにやられて話を全く聞けませんでしたってなるのは困るので、七海さんに向かって行こうとした勇敢な男の全身を、俺が指から出した魔力の糸で拘束した。


「おぉ……司君、魔力の使い方が慣れてるよね。なんでも変質できちゃう」

「ありがとう、でいいの?」

「な、なんで!? 動かねぇ!?」

「あんまり暴れると腕が飛びますよ」


 それなりに細く作ったから、あんまり暴れられると四肢が切断されちゃうかもしれないのでやめて欲しい。そうやってちょっと脅したら、顔を青褪めさせて大人しくなった。


「お、お前……如月、司だろ」

「ん?」

「クソ……EXが動くなんて聞いてねぇぞ……」


 なんか……人の顔を見て勝手に観念したらしい。というか。裏社会でも俺の名前ってそんなに有名になってるの? なんか……それはそれで嬉しいような、嬉しくないような。


「警察だっ! 大人しく……してるな」

「あ、刑事さん遅いですよ」

「いや、君が速すぎるんだが」


 どうやら七海さんは警察から場所を聞いて、すぐさま向かってきたらしい。ただ、ダンジョン探索者の中でも最上位に位置する七海さんが本気で走ったら、そりゃあパトカーでも追い付けないだろうよ。


「死ねっ!」

「『勾陳』」


 刑事さんがやってきてちょっと場の空気が和んだ瞬間に、倒れていた男の1人が起き上がって魔法を放とうとした。同時に、俺が勾陳を召喚して刑事さんにとその後ろにいた警察官さんたちに結界を張り、七海さんが男の頭を床に叩きつけた。


「……死んでないよね?」

「まぁ、これくらいはたんこぶで済むんじゃないですか?」


 コンクリートに叩きつけられた訳だけど……この男も探索者っぽいし、たんこぶで済むんじゃないかな。

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