第175話

「ん?」


 今日は配信する予定もなく、事務所の中でパソコンを触って色々とやっていたら、いつの間にかダンジョン協会からメールが来ていたことに気が付いた。スマホのメッセージで送ってこないってことは、信濃さんを通さずに協会が直接送ってきたってことなんだけど……なんか厄介ごとかな。

 ちょっと恐る恐るメールを見ると、そこには【重要連絡】と書かれているメールがあった。ちょっと開くことすら躊躇うようなタイトルにするのやめてくれないかなって思うんだけど。陰キャって業務用のメールとか電話が死ぬほど苦手って知ってる?


「失礼します」

「……マジか」

「社長?」

「あ、すみません。どうかしましたか?」


 メールに目を通して、その内容にちょっと驚いていたら不知火さんが入室してきた。ちらりと視線を向けると、俺がパソコンと真剣な顔で向き合っていることに訝しげな顔を向けられたが、不知火さんが俺のことをどう思っているのか大体わかるからやめて。


「社長にコラボ依頼が来ていますよ。相手は幾つかありますけど……リストにしておいたので、好きに選択してください」

「おぉ、ありがとうございます」

「それで、社長の方はなにを見ていたんですか?」

「まぁ……ちょっと協会のメールをね。ただの厄介ごとだったら無視しようと思ってたんですけど、流石にこれは俺も動いてやらないと駄目かなって案件ですね」


 不知火さんが首を傾げているが、これに関しては上位の探索者にしかわからない事情だから仕方ないな。それにしても、俺に来てるってことは先日書類が通ってEXになった七海さんにも来てるのかな。


「機密事項なら別に聞きませんけど……」

「いえ、別に機密なんて重要なもんじゃないですよ。ただ、八王子ダンジョン内で恒常的に犯罪行為をしている集団の尻尾がようやく掴めたから、その殲滅に協力してくれって話です」

「……それ、かなりの機密情報なんじゃないですか?」

「そんなことないですよ。捕まったらすぐにニュースになるんですから」


 それにしても、犯罪組織ね。ダンジョン内なんかで巧妙な動きをしてたのかな。何も知らない若者を先導してしまえば、犯罪組織のメンバーは別にダンジョンに入る必要なんかないからな。運び屋として使うには、何も知らない高校生は使えるだろう。


「せ、殲滅ってどこで……いえ、聞かなかったことにします」

「ダンジョン内ではないですね」


 街中で魔法を使うのなんていつぶりになるだろうか。どうやら相手は東京都内を逃げ回っているらしいので、追い詰めるところからやらされるかもしれないな。実はこういうことを手伝わされるの、初めてじゃない。

 それこそ、婆ちゃんが若かった頃、まだダンジョンがちゃんと整備されてなかったり、協会が今ほどしっかりした組織じゃなかった時代には、魔法なんかを使って犯罪をする人も多かったらしい。当然、犯罪を単体でやる奴がいるなら複数人でやる奴もいる。婆ちゃん曰く暗黒時代らしいその頃は、犯罪組織とかヤクザみたいな連中のせいでかなり治安が悪化していたとか。

 今でこそ、ダンジョンに出入りした記録が全て取られるし、魔法を使った犯罪をしようものならかなりの重罪になるように法律も制定されている。警察の中にもそれ専用の部署ができるぐらいには重く受け止められている訳だ。それでもまだ悪事を働こうって連中がいるんだから、面白い話だけどな。


「と言う訳なんで、今夜から明日の明け方までは仕事が入っちゃいましたね。明日が出勤しないと思うので、よろしくお願いします」

「が、頑張ります……」


 国からの依頼とか面倒だから受けるのやめようかなって思ってたけど、流石に犯罪組織はさくっと潰しておかないとね。それに、こっちに依頼が来たってことは、少なくとも警察だけで動くと大事になるか犠牲者が出るってことだからな。



 夕方になって、そろそろ協会が指定してきた場所に行こうかなと椅子から立ち上がったら、いつの間にか入室していた七海さんと目が合った。


「司君にも国からメール来てた?」

「来てた」


 やっぱり七海さんにも来てたのか。まぁ、相手が東京のどこに隠れているのかもわからないのだから、救援が俺1人だと心許ないもんな。


「犯罪組織かぁ……手加減しないと戦っちゃ駄目なんだから面倒じゃない?」

「まぁ、面倒ではあるけども……発言がなんとなく戦闘狂みたいになってるの普通に怖いよ」

「事実じゃん」


 いや、事実だけども。

 犯罪組織の壊滅が目的だけど、当然ながら殺しなんてやっちゃ駄目だ。それに、街中であんまり強力な魔法を使っても、街を破壊してしまう可能性だってあるから慎重にやらないといけないし。


「それにしても、今時そんな犯罪組織とかいるんだね」

「年々警察の目も厳しくなってはいるけど、それに伴ってこういうのってアングラ化してくからね。今回のも、単純にダンジョン内で犯罪しましたって話じゃないし」

「……でも、メールには殺人容疑って」

「その界隈ではよくある話、なんだろうね」


 やれやれ……ただでさえダンジョン内でモンスターによって命を落とす人だっていると言うのに、自分の利益の為に他人の命を奪える人間の気が知れないな。


「ところで、犯罪者さんたちってどれくらい強いの? 司君に救援を求めるって、相当じゃない?」

「強さ? まぁ……探索者で言うとDランクぐらいって考えれば充分じゃないかな。そもそも、下層に行けるぐらいの実力のある人だったら、普通にダンジョンで稼いだ方がいいと思うし」

「そっか」


 俺が前に一度だけ相対した犯罪組織のメンバーは、なんかよくわからない魔法武器を振り回してたけど、実力で言うとEとかそこら辺だったし。

 まぁ、現代社会で銃を懐から取り出された時は流石にびっくりしたけど。


「まぁ、さっさと終わらせよっか」

「いや、どこにいるのかわかってないんだけどね」

「大丈夫だって。司君がいるんだからさ」

「はぁ……俺だってなんでもできる万能じゃないんだけどな」

「嘘じゃん」


 え、七海さんって俺のことなんでもできる万能マンだと思ってたの? 俺にだってできないことぐらいあるよ? 俺はスーパーヒーローになった覚えなんて無いし。と言うか、そんななに普通に嘘言ってるのみたいな顔されるとちょっと傷つくからやめてくれ。

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