第165話

「次の目標は海外進出……というか、俺が海外のダンジョンを攻略しながら配信したいです」

「……そう、ですか?」


 俺の言葉に事務員を兼任しながら、配信者としての俺のマネージャーをしている不知火さんが首を傾げた。多分この首傾げは俺が何を言っているのか理解できないってよりは、そもそも海外のダンジョンってものがイメージできていないんだと思う。無理もない……そもそも俺が配信を始めるまで、まともに深層で配信している人間なんて日本にいなかったのに、急に海外のダンジョンもなんて言われても実感も湧かなければ具体的なことを考えることもできないだろう。

 以前から、海外のダンジョンをなんとか配信できないだろうかということは考えてきた。そして、恐らくだがちゃんと国や自治体に許可を貰えれば可能であると俺は判断した。


「まず、最初に進出するべき場所はオーストラリアですね。あそこはダンジョンが出現してから、新たに先進国として名乗りを上げてきただけあって、何処の国よりもダンジョンに関する法整備が進んでいる国ですから。そんな事情もあって、あそこは特別な許可なんて貰わなくても、オーストラリア国籍でない人間もダンジョンで配信なんかしていいって決まってるので」


 その代わり、オーストラリア国籍がないダンジョン探索者が魔石を換金して手に入れた金額の一部を、国に納めることになっている。ただ、そこら辺の手続きも向こうのダンジョン受付の人がパパっとしてくれるので、それほど手間にはならない。後は手に入れた特別な素材とかに制限がかかったりするぐらいなもんだ。

 こんな感じなので、あらゆる面から考えて、海外のダンジョンで配信をするならまずはオーストラリアからと考えた。アメリカとかもっと複雑だし。


「……その、はっきり言って私のキャパを遥かに超えているので……なんとも言い様がないというか」


 ごめんね。


「わかり、ました……なんとか色々と考えてみますけど」

「日程の調整とかは自分でするので大丈夫です。問題は……みんなが付いてきたいって言うことだと思うんですよねぇ」

「それは、そうでしょうね。誰だって海外のダンジョンに行けるなら行きたいと思います」


 だよね。

 単純に金を目当てにするんだったら、ダンジョンのお陰で円の価値もそれなりに高いから国内のダンジョンで適当に潜っていた方が効率良かったりするんだけど、みんなはただ珍しいダンジョンに潜りたいって言うと思うんだ。


「去年までだったら海外行こって思った瞬間にパパっと行ってたんですけど」

「既になにかがおかしい」

「最近は社長になったりしましたから、そうもいきませんよね」


 今も平然と海外に行ったことを気ままに投稿したりしている神代さんのSNSを見ていると、ちょっと羨ましく思ったりするのだ。

 今でこそ自分の好きって感情だけで会社を立ち上げ、仲間と一緒に色々としているけど……昔はボッチでひたすらにダンジョン潜ってたからな。俺が行ったことが無い大陸は南極大陸だけだ。


「今回はマジでちょっとしたお試しみたいなもんなんで、1人で行きたいんですけどね。向こうで知り合いの探索者とかがいる訳でもないので」


 正確に言うと、顔を合わせたことがある有名な探索者は幾らでもいるが、あくまで顔を合わせたことがあるってだけだからな。オーストラリアで言うと規格外ランクを持っているおっさんとは知り合いだし。


「俺がオーストラリアに行っている間、ちょっと不知火さんには俺の代わりをしていて欲しいなーって」

「……それは、手当てでますか?」

「はい、出します」

「ならやります」


 おぉ……事務員さんに頼むことじゃねぇよなぁとか1人で思ってたけど、手当てを出せばやってくれるらしい。もう副社長みたいな役職あげてもいいんじゃないかなと思うけど、役員を作るにはちょっと会社が小さすぎるからなぁ。かといって全員役員ってするには人が多くなっちゃったし。


「結婚資金の為にも貯金はいくらあっても嬉しいので、賃上げも期待してます」

「まだ会社立ち上げて2ヶ月なのにもう賃上げの話するんですか?」


 せめて来年になってからにしてくれ。

 ん? というか今、なんて言った?


「結婚資金?」

「はい?」

「いや、今、結婚資金って……結婚するんですか?」

「……将来するかもしれないじゃないですか! 素敵な彼氏ができて私もゴールインする時がくるかもしれないんですよ! 朝川さん、社長でEXランクが彼氏かぁ羨ましいなぁとか思いながら私だって頑張ってるんです!」


 あ、地雷ですね、はい。



 不知火さんをなんとか宥めて、退出させてから俺は携帯電話を取り出して電話帳の中から名前を探し出して通話ボタンを押す。


『もしもし?』


 呼び出し音を少し待っていると、電話が繋がって疲れ果てた社畜のような萎びた声が聞こえた。


「まだ火曜日ですよ? 疲れるには早いんじゃないんですか?」

『月月火水木金金月月火……本当だ、火曜日だね』

「いや、それは10連勤って言うんです」

『そっか。3日ぐらい圧縮して過ごしてたから気が付かなかったよ』

「それは2徹って言うんです。休んでください相沢さん」


 電話の向こう側から聞こえてくる空回りの笑い声に、流石にちょっとかわいそうだなって思った。探索者組合の長って滅茶苦茶大変なんだなって……最近は協会が色々と動いてるからなぁ。前より更に忙しくなったんだろうな。


『まぁ、冗談は置いておいて』

「冗談で済んでますか?」

『探索者は一般人より強靭な肉体を持ってるんだよ?』


 いや、探索者は超人ではあるかもしれないけど、人間だから。睡眠をとらないと死んじゃうからね。


『それで、どうしたの?』

「来週ぐらいからオーストラリアに行こうと思ってて、先に伝えておこうと思いまして」

『オーストラリアに? なんでまたオーストラリアに……配信?』

「そうです」

『あー……わかった。色々と問題が起こっても君には連絡行かないようにするね』


 オーストラリアにいるのに、いきなり日本の問題に対処しろって言われても知らんからな。帰りは何時になるか分からないけど……流石に配信するだけなら1週間も滞在しないと思う。


「ありがとうございます……俺に仕事があったとしたら、神代さんにでも押し付けておいてください」

『無理無理。だって彼女ガーナにいるもん』

「なんでガーナなんですか? ダンジョンありましたっけ?」


 なんでアフリカ?


『ないよ』


 なんであの人、ガーナにいるの? 自由過ぎないか?


『傷心旅行だって言ってたよ。大事に思ってた弟君が知らない間に彼女作ったから』

「帰ってきたら頭叩いておきますね」

『昔の家電じゃないんだから治らないよ』


 無理か。

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