第158話

 迷彩を纏ったゴブリンは、魔力が視認できる状態ではくっきりとその存在が見える。魔力が乱反射して周囲が明るくなっているのに、不自然にぼんやりと浮かんでいるのだ。サーモグラフィーで熱源を感知している時のように浮かび上がるその陰に向かって、魔法を放つ。

 ゴブリンの数はざっと見た感じ50体前後だった。既に半分以上が消し飛んでいるが……朝川さんは結構辛そうな顔をしている。ゴブリンの位置を見抜こうと目を凝らせば凝らすほどに、朝川さんは乱反射する魔力を目にする訳だから仕方ないんだろうけど。俺は貴人から目を借りるような形で瞬時に周囲を把握して戦っているけど、それでもかなり目が痛いんだから朝川さんはマジで大変だと思う。


:動きはゆっくりなのに見えない

:いや、それは単純に透明になっているだけでは?

:いつもの見えないとはまた別の見えないなのよ


「なっ!?」


 朝川さんが透明のゴブリンと戦いながらも疲弊している中、急に砂の中から数メートルサイズの機械兵が3体ほど飛び出してきた。ダンジョンの深層なんて何が起きても不思議じゃないから、俺は別に驚きもしないんだけど……朝川さんはそれによって動きを止めた。


『死にたいんですか?』


 停止した朝川さんを襲おうと動き出した機械兵の手を、貴人が蹴り飛ばした。自分から朝川さんを助けに行くなんて思っていなかったのでちょっと俺の方が驚いたんだけど……貴人が朝川さんのフォローに入ってくれるなら俺も楽に動ける。


「『がしゃどくろ』」


 砂の中から巨大な骸骨が出現して機械兵の身体を両手で抑えつける。がしゃどくろを召喚した余波で大量の砂が巻き上げられたが、瞬間的に貴人の視界を借りてどこにゴブリンがいるのかを把握して、砂の中から強襲する。

 刀を抜き、ゴブリンの胴体を切断するように振るいながら機械兵の動きにも注視する。貴人、がしゃどくろで機械兵を2体抑えつけているが、残りの1体が目のように光っている部分からビームを放ってきた。


「させ、ない!」


 朝川さんが遠隔から俺の前にバリアを張ってくれた。その隙に残っていたゴブリンを始末することに成功した。

 まさか遠隔で防御魔法を張ることができるとは思ってなかった。あれが無かったら俺は普通に弾いていたと思うけど……それとこれは別だ。魔法の精度に関してはもう俺は朝川さんには金輪際追い付くことはできないだろう。

 遠隔に魔法を展開するのってファンタジーのゲームとかだと滅茶苦茶簡単そうにやっているけど、現実ではそうもいかない。まさしく天性の才能と言えるだろう。


「さて」


:かっけぇ

:やっぱり機械ゴーレムも浪漫よね

:【¥10,000】ミニチュアプラモで売ってくれないかな

:機械兵かっこいい

:アンティークって感じね


 歯車を剥き出しにしながら動く機械の巨人。ダンジョンで敵として相対していなかったら、確かに俺もかっこいいなと思えたんだろうが……目の前に立ちふさがるのならただのスクラップも同然だ。叩き潰してやるのがいい。


「うぅ……」

「朝川さんは下がっててください」


 本格的にやばそうなので、朝川さんを背にして1体の機械兵と相対する。貴人は単独で機械兵をボコボコにしていて、がしゃどくろは競り合っているようだ。なら、俺がここで1体を倒してがしゃどくろに加勢するのがいい。

 胴体部分の歯車が回転し始めたと思ったら、左肩部分から銃口が出て来た。反射的に移動して避けようかと思ったが、背後に蹲っている朝川さんを思い出した。

 回転音と共に放たれた弾丸を刀で全て弾いていく。防御魔法を張るよりも、これの方が早そうだと俺が思ったからだ。


:いや、漫画かよ

:【¥6,000】少年漫画定期

:【¥1,000】

:流石にそこまでとは思ってなかったよ

:如月君はどこに向かってるんだ


 時間にして20秒ちょっと、機銃を全て叩き落したら肩の機銃から弾切れのカチっという音が聞こえたのですぐさま魔力を斬撃として飛ばして右腕を切断した。

 切断した右腕が砂の上に落下すると同時に、チャージ音が鳴り響いたので刀を投擲して右目を潰し、機械兵が認識できない速度で刀を引き抜き、左目も破壊した。これで目からビームも放てない。後は動力を止めるなり、どこかにあるであろう魔石を破壊するなりすれば終わりだ。けど、ぱっと見ではどこに動力があるのかなんてわからない。


「えーい」


 だから消し飛ばす。簡単に出せる中で最も高火力だった雷を圧縮したビームで頭から胴体までを薙ぎ払って破壊する。

 ちらっと朝川さんの方を見ると、大きな息を吐きながら鼻血を流していた。脳に相応の負荷がかかっているのか……もしかしたら今回のダンジョン攻略が諦めたほうがいいかもしれない。


『はっ!』


 そんなことを考えていたら、貴人が機械兵の頭を踏み砕いて勝利していた。残る機械兵はがしゃどくろと相撲のように組み合っている1体。俺がそれを破壊しようとしたら、朝川さんが急に立ち上がって手を少し動かした。次の瞬間、がしゃどくろを突き飛ばした機械兵を巨大な爆発の連鎖が包み込んだ。


「……おぉ?」


:え、なに

:なにが起きた?

:爆発すっご

:如月君すごい

:如月君って本当になんでもできるね


 いや、今のは俺じゃない。確かに似たようなことは俺にもできるけど……今の一瞬であれだけ連鎖的に爆発を起こすことなんて不可能だ。

 連鎖的に……いや、今のは連続で同じ魔法を発動させたのだろう。彼女が持っている強みの一つ……魔法の同時多発的な展開。


「……なんか、私の目がおかしくなっちゃった、みたい」


 未だに鼻血を垂らしているのに、先ほどと違ってスッキリしたような顔をしている朝川さんを見て、初めて婆ちゃんや相沢さんに会った時と同じような感覚があった。それは、例えるのならば……存在しないと思っていた自分と同格の人間を、見つけた時のような。

 荒々しく黒い髪をかき上げる朝川さんの身体から、圧力とも呼ぶべきプレッシャーが放たれている。

 爆発によって粉々にされた機械兵の破片が落ちてくる中、確かに俺は……新たな怪物EXの産声を聞いた気がした。


「うん……今ならなんでもできる気がする……さっきまで死にかけてのが嘘みたいだよ」


 穏やかな声と共に朝川さんの顔に浮かんだ穏やか笑みが、俺の目に焼き付いていた。

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