第156話
「……なんか、虫ばっかりだね」
黒砂の中から飛び出してきた小型のワームを裏拳で吹き飛ばしながら朝川さんが呟いた。
既に鎌倉ダンジョンに潜ってから20の階段を降りて、中層に入ってきているのだが……やはり事前情報通り景色は全く変わらない。出てくるモンスターも大して強くないので、朝川さんは乱反射して視界を乱している魔力を直視しないようにしながらモンスターを叩き潰しているらしい。
「砂漠って虫がいるイメージありません?」
「あるけどさ……サハラギンアリとか」
「あー……滅茶苦茶足が速いやつでしたっけ」
「そうそう」
でも砂漠の虫って言ってまずそんな意味わからない虫が出てくるのはおかしいと思います。
:高校生が下校中にだらだら喋ってるみたいな会話してんな
:しゃーない
:【¥1,000】
:2人にとっては中層なんて下校と変わらないくらいなんだろ
:景色変わらないしな
:【¥2,000】これ八王子ダンジョンとどっちがキツイ?
「個人的には有機的なものも感じることができない八王子の方がきついですね。こっちはまだ砂漠なので色々と感じる部分はありますけど、あっちはなにもないんで」
「私は八王子ダンジョンの方が楽。少なくとも魔力が乱反射して目に襲い掛かってこないから」
それにしても魔力を乱反射するって、なにかしらに流用できそうな感じするけどどうなんだろう。この砂漠の砂に向かってビーム放ったらそこら中に反射したりするのかな。ちょっと気になってきたな……やってみようかな。
「あ、司君がまた悪いこと考えてる」
なんでわかるの?
:草
:おいおい
:【¥50,000】表情だけで相手がなに考えてるのわかるとか熟年夫婦かな?
:流石に正妻は違うな
:【¥100】
:【¥1,000】俺も負けてないからな!
正妻ってなんだよ。まるで妾がいるみたいなこと言うなよ……俺には妾なんていないんだから、それは悪質なデマなんだぞ? いや、そもそも俺は朝川さんと結婚なんてしてません。
砂の中からまたミミズみたいなよくわからん奴が数匹飛び出してきたが、朝川さんが全部の頭に掌底を叩き込んで吹き飛ばした。そんなに吹き飛ばされたら魔石も回収できないんだけど……多分、中層のあんな弱いモンスターの魔石とか回収しても意味ないでしょぐらいに考えてるわ。
:魔石は?
:ちゃんと金は回収しろ
「あんな弱いモンスターの魔石なんて大した価値にならないからいいんです」
:えぇ……
:富豪の考え方
:あんなはした金、別に痛くも痒くもないわってか?
:1年前まではその中層の魔石で喜んでたのに
:人は変わるものだよ
「はっきり言いますけど、21階層なんて全く見どころないですからね。ダンジョンの完全制覇を目指しているから今回はちんたら歩いてますけど、多分普段ならもっとぶっちぎってますよ」
「そうそう」
黒色の砂漠を歩くなんて経験がないから俺は結構楽しく歩いているけど、視聴者からしたら退屈な時間だと思う。どこまで行っても続く広大な砂漠ってのも……歩いていると中々楽しいんだけどね。あくまでそれは歩いている側の感想だから。
「あ、なにこれ?」
「ナマズ?」
いや、砂漠のど真ん中にナマズは出てこないだろ。
なんかチョウチンアンコウみたいな提灯を頭からぶら下げながら飛び出してきた……トカゲ? 魚? みたいな奴はこちらに気が付いていないらしい。
:デカい
:強そう
:本当に強いか?
:でも21階層だからな
朝川さんが動く前に、俺が指を弾く様にして魔力の塊を弾き飛ばすと、その胴体にデカい風穴ができてそのまま倒れ伏した。
「よわ」
「そりゃあそうですよ。まだ21階層なんですから」
:だからって指先一つで消し飛ばすのはちょっと
:なんでや、ちゃんと指弾いたから二本使ってるやろ
:指先一つと指二本は殆ど一緒では?
:EXは気持ち悪い
:いや、アサガオちゃんも似たようなもんでは?
気持ち悪いってのは心外だけど、普通の探索者ではないことは自覚してるから無視だ。
「あぁぁぁぁぁぁ!? 砂を巻き上げないで!」
「……大変そうですね」
階層が50を超えた当たりから、段々とモンスターの大きさがどんどんとデカくなっていき、深層である61階層に到達して一番最初に出てきたのは……数メートルサイズの蟻だった。
大量の砂を巻き上げながら地面から飛び出してきた蟻に対して、朝川さんは半ば発狂しながら風の弾丸を飛ばして胴体部分を消し飛ばした。
しれっと深層のモンスターをワンパンしている姿を見ると、少し見ていない間に本当に強くなったんだなって思う。だって前は富山ダンジョンの巨鳥ですら倒すのに苦労しそうだったのに……今では蟻をワンパンだよ?
:きっしょ
:なんかこんなデカい蟻、ゲームで見たぞ
:【¥1,800】
:宇宙から侵略者がデカい虫を落してくるゲームはNG
:あれ、苦手な人は一生できない感じのゲームなんだからな
:でも楽しいだろ
:うん
砂を巻き上げられると更に視界が悪くなるらしく、50階層を超えた当たりから明らかに朝川さんの顔色が悪くなっている気がするが……本当に車酔いみたいな感じなんだろうか。だとしたら結構大変じゃない? 車酔いって堪えようとしていると首の後ろあたりが段々と冷たくなっていって最終的に胃液が上がってくるって感覚なんだけど。
「しょうがないか……『貴人』」
『呼ばれました……が、なんですかこの状況』
:如月君の最強マスコットじゃん
:マスコットではない(本人談)
:【¥5,000】はよ貴人とツーショットのグッズ出せ
:如月君×貴人のカップリング厨いるじゃん
:えぇ……
:生モノはNG
:いや、貴人は生モノ扱いでいいのか?
『随分と苦しそうですねぇ……』
「……うるさい」
『あ、これ本気でやばいやつですか?』
「うん」
多分、吐く2歩手前ぐらいじゃないかな?
「貴人を呼んだのはさ……魔力を視なくても良くなる方法がないかと思って」
『あー……貴方様が言いたいことはわかりましたけど、とても感覚的な話ですよ?』
「それでもいいから」
名古屋ダンジョンを攻略している時に発覚した衝撃の事実なんだが……貴人は朝川さんと同じ様に魔力を視認することができるし、暗闇を見通すこともできる。ただ……俺の推測通り、この魔力を乱反射する黒砂の砂漠の中でも平然としている貴人と、乙女の尊厳的な意味で死にかけている朝川さんの違いは……恐らくその目を意図的にオンオフ切り替えることができるかどうか、なんだろうな。
「なんとかならない?」
『はぁ……貴方様の頼みなので何とかしてみます』
え、俺のお願いじゃななかったら聞いてなかったの? いや、式神としては正しいのか?
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