第137話

 自らの身体に深紅の鎧を纏った獅子がダンジョンを駆ける。雨風の中を気にすることもなく疾走しながら敵を追い、ひたすらに敵対者の命を狙っている姿は……まさしく百獣の王に相応しい。

 相対する堂林さんは、ただひたすらに盾で攻撃を受けているが……額を流れる汗の量を見ても、与えられている衝撃の強さは計り知れない。盾が無ければ一瞬のうちに命を刈り取られているのだけは確かだろうな。


「はぁっ!」


 執拗に堂林さんを狙う獅子の横から、天王寺さんが不可視の刃を飛ばすが……獅子はそれに見向きもせずに身に纏った鎧で受ける。ガキン、という金属にぶつかる音だけが響き、血の如き深紅の鎧に……ましてやそれに守られた狩人の肉体には傷が無い。


「んー……魔力で鎧を形成する魔法、かぁ」


 あんな魔法を使うようなモンスターとは出会ったことが無い。似たような魔法で言えば、自らの武器を魔力によって生み出すスケルトン系のモンスターはいるが、それとはまた別の異質な存在と言える。というか、スケルトンは人型だから魔法を使ってもあんまり違和感がないんだけど、四足歩行の獅子が魔法を使って鎧を形成するってのは特別感ある。


:強くない?

:助けた方がいいんじゃないの?

:乗り越えて欲しいんだろ

:まぁ、アサガオちゃんがいつでも助けに入れそうな姿勢になってるし


 コメントを見て、ちらりと横の朝川さんへと視線を向けると……片手に槍を持った状態で、いつでも飛び出せるようにしているのがわかった。さっきまで浮かべていた楽しそうな笑みはなく、その目がひたすらに狩るべき獲物である獅子を捉えている。

 もしかして、俺だけあんまり緊張感ない?


:こっちみんな

:なんだよ

:急なカメラ目線やめろ

:どうしたどうした

:如月君、真面目にやれ

:こいつだけいっつも状況を楽観的に見てる気がするんだよなぁ……もうちょっと緊張感持ってくれ

:でも、速攻で解決できるだけの実力があったら緊張感もクソもないだろ


 そんなこと言われてもな……別に社員を見殺しにするつもりなんてないし、そういう部分の判断ミスはないと思っているので、あの獅子ぐらいなら一瞬で殺されることはないだろうと思っているから、そこまで思っていないだけで。あれが深層クラスのモンスターだって一目で見てわかったら、最初から介入してるよ。

 特異な魔法を使い、単独での強さは下層でもトップクラスだろうが……正直に言うと、俺が渋谷の深層で相手をしていた鮫より弱いと思う。だからもうしばらく様子を見る。


「か、カナコンさん!」

「わかってます」


 猛牛を全て片付けた宮本さんは、焦っている蘆谷さんの言葉に冷静に頷いてから……一足で獅子へと接近した。

 さっきまで堂林さんの攻撃も、天王寺さんの攻撃に対しても特になんの反応も示していなかった獅子だったが、急速に近づいて来た宮本さんの斧を数メートル後ろに飛ぶことで回避した。恐らく、本能的に理解したのだろう……他の探索者と違い、宮本さんの斧は鎧の上からでも獅子の命を刈り取れるということを。その証拠に、さっきまで執拗に堂林さんを追っていた獅子の視線が、宮本さんに注がれている。


:カナコンちゃん来た、これで勝つる

:本当?

:勝てるって

:如月君が見てるんだからだ丈夫だって

:そういう気持ちが駄目なんじゃないかな

:カナコンちゃんなら絶対に勝てる


 視聴者たちが祈るようなコメントを残していく中、先に動いたのはやはり宮本さん。斧を引きずりながら一気に接近した宮本さんは、斧に魔力を循環させて威力を高めた一撃を振るう。まず、普通のモンスターならば反応することもできずに即死するだろうが、獅子はそれを最小限の動きだけで躱し、反撃の爪を振るう。が、これを宮本さんが斧で受け止め、再び獅子の命を刈り取る為に振るう。

 ちなみに、ここまでで数秒の出来事だが……そこから宮本さんと獅子は同時に加速していく。


:見えん

:わからんって

:俯瞰視点でも見えないよ!?

:え、逆にこれ如月君には見えてるの?

:いや、どう見てもアサガオちゃんも視線が動いてるから見えてるだろ

:見えてるほうがおかしいんだからな?


 うん……これに関しては深層に挑むなら見えていて当たり前の速度って訳でもない。身体能力の強化が天才レベルの宮本さんと、恐らく同様に身体能力を強化することに長けているのであろう獅子の戦いだからこその高速戦闘。こんな速度で戦闘するモンスター、深層にもそう多くないと思うぞ。ただ、攻撃方法が身体能力と爪だけってのが弱いよな、あの獅子は。

 一瞬で蚊帳の外へと放り出された堂林さんが、ちらりとこちらに視線を向けた。当然だけど俺は無視したが……あの高速戦闘に加わるってのは無理だろう。多分だけど……宮本さんは朝川さんとの実力の差を感じてちょっと焦ってるのかな。だからあの獅子と一対一を選んだ。


「っ!?」


 だから、視界が狭まって獅子の不意打ちに気が付けない。

 高速の戦闘を続けていた宮本さんは、獅子の爪を1つ切断した。その痛みからか、後退した獅子を追いかけて首を刈ろうとした瞬間に、さっき切断した爪を弾き飛ばされて右足の一部が抉れた。最初から狙っていた訳ではないだろうけど、獅子の方が頭のデキがよかったかな。まぁ、視界が狭まっていたのものあるけど。

 足を抉られてしまえば、さっきのような高速戦闘は不可能になる。その隙に殺そうと獅子が迫ったが、それよりも早く影法師が間に割り込んだ。


「影法師!」


 蘆谷さんの言葉と同時に、影法師は大きく膨らんでその身を弾けさせた。墨汁のように黒い影が周囲にばら撒かれ、獅子の視界を塞いだ。


「いい判断ですね。式神使いに求められるのは、冷静な戦況把握ですから」


 式神の手札を有効に切る為の、だけど。


:カナコンちゃん血が出てる!

:見えなかったけどどうなったの!?

:足が抉れてるんだけど

:如月君?

:おい


「あれくらいならすぐに治りますよ」


 配信で映してないだけど、朝川さんも何度かあれぐらいの怪我はしてたからな。それより……俺が見たいのはここからだ。獅子に1人で挑んで宮本さんが敗北した状況で、他の3人はどうする? その対応が見たい。もし対応できないなら……俺が助けに入ってもう少し下層に潜るのは禁止にするかな。


「……俺が前に出る」

「え、でも!」

「大丈夫……あんまり見えなかったけど、なんとかする方法は思い浮かんだ」


 誰もが尻込みする状況で、真っ先に前へと踏み出したのは……ビビりのはずの堂林さんだった。

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