第136話
コウモリの群れに対して、蘆谷さんが限界まで引き絞った弓を解放する。それと同時に、魔力が視認できない俺でも肌で感じることができるぐらいの魔力が解き放たれ、それが渦のようになって空中へと舞い上がって行く。
「……綺麗」
朝川さんが、ぽつりと呟いた。魔力を視認できる彼女には、きっとこの雨とコウモリばかりの空に打ち上がった、蘆谷さんの魔力の軌跡が見えているのだろう。それを差して、彼女は綺麗だと呟いたのだ。
同時に、空中へと巻き上げられていた魔力が発散して……全てが刃のようにコウモリを切り裂いていく。まるでミキサーにかけられた食材のように、渦の中に存在するコウモリが次々に細切れにされて落ちていく。
「魔石の雨ですね」
「なんか嫌だね、それ」
:草
:まぁ、魔石の雨ってつまりモンスターの死骸が雨のように降って来ているってことだからな
:普通にクソデカイコウモリの死骸が大量に落ちてきたらこの世の終わりを感じるだろ
:絶賛世界の終わりを感じているのか、如月君は
いや、別にそんな世界の終わりとかは感じないけど。
細かく切り裂かれたコウモリが空中で塵となって消えていき、魔石だけがひたすらに落ちてくるからそう言っただけで。ダンジョン潜ってたら日常茶飯事……とは言わないが、モンスターが大量に出現するのは結構ありがちなことなので。
数分間続いた蘆谷さんの魔法によって、付近に大量にいたコウモリは全てが消えていた。
「た、助かった……」
「キッシーやるじゃん!」
「ど、どうも……大分、疲れちゃいましたけど」
:そらそうやろ
:あんだけ大規模な魔法使ったらそうもなるわな
:かっこよかったぞナイト君
:憧れるよなぁ、ああいうシチュエーションで解決するの
:男の子なら絶対に一度は妄想したシチュエーションだろ
:そうか?
:学校にテロリストが来るのと同じ?
:一緒にするな
確かにかっこいい感じではあった。だけど、それ以上に俺が驚いたのは……あれだけ無差別に魔法を放っておきながら、コウモリと戦っていた天王寺さん、宮本さん、堂林さんには掠りもしていないこと。つまり、蘆谷さんはあれだけの魔法を仲間に当たらないように調整しながら使っていた訳だ。これは結構凄いことで、俺なんて魔法の威力を上げると制御が効かなくなることもしばしばなので……ちょっと羨ましい。
あのコウモリ、パっと見は100ぐらいだったけど後からどんどん増えていたらしく……落ちている魔石はどう見ても100以上ある。
まぁ……助けに行かなかったのは大丈夫かな、なんてちょっと思ってたけど……これぐらいの数の下層モンスターを殲滅できるなら、後は単体の強い敵にどう対応するかだけだな。
なんて思っていたけど……この富山ダンジョンの下層、単体の強い敵なんて出てこないでひたすらに群れの敵が出てきやがる。
「そっち1匹!」
「はい!」
今度は猛牛の群れ20体程度が現れたが、宮本さんと堂林さんで殆どを倒している。まぁ、20ぐらいだったら宮本さんは余裕で殲滅できるってことだろうな。コウモリみたいに空を飛んでいる訳でもないし、素早く動くわけでもないから簡単に殺せる。
それでも漏れて走ってくる奴は、蘆谷さんが的確に魔法を放って仕留めている。悪くない連携だろう。
「おぉっ!?」
猛牛を相手している姿を見ながら適当にコメント欄を眺めていたら、堂林さんのよくわからない声がしたので顔を上げたら……真っ黒のライオンのような生物がいつの間にか堂林さんに襲い掛かっていた。今度は、群れじゃなさそうだ。
:黒いライオン
:黒獅子や
:黒色の獅子っているの?
:知らん
:ライオンって黄色しか知らないんだけど
:あれ強いのかな
鋭い爪を振りかざして堂林さんの盾を攻撃する。金属と金属がこすれ合うような独特な不協和音が周囲に響いていたが、ライオン側は退く姿勢など一切見せずに何度も連続で堂林さんを攻撃していた。
「ちょ!? ヘルプ!」
「ふっ!」
宮本さんが猛牛の相手をしている以上、空いているのは天王寺さんだけ。短剣を片手に一気に堂林さんの背中へと近づいた天王寺さんは、そのまま堂林さんの盾を使ってライオンの意識の外から奇襲を仕掛けた。
「嘘っ!? 避けた!?」
ライオン側からは、突然堂林さんの背中から飛び出してきたように見えたはずだが、素早い動きで天王寺さんのナイフから放たれた不可視の魔力斬撃をライオンは避けた。眼球を狙って繰り出された斬撃は、ほんの少し顔の皮膚を裂いただけで、血の一滴も流れていない。
:早いな
:あれやばくない?
:如月君は助けないの?
:いや、流石に速すぎるだろ
:今から助けに行くんだったら最初から助けてるだろ
「強いね、あのライオン」
「……そうですね。耐久以外は中層の象より遥かに強そうですね」
どんな魔法を使うのかもわからないが……下層以降のモンスターが魔法を使えないことなんてまずないと思った方がいい。つまり、あのライオンは間違いなく身体能力以上のなにかがある。
堂林さんと天王寺さんが今すべてきことは……なるべく時間を稼ぐこと。数分もあれば猛牛を全滅させて、宮本さんと蘆谷さんが合流する。そうなればあのライオン相手にも余裕で勝てると思うし、情報もない状態でああいう強いモンスターに無策で挑むのは馬鹿のすることだ。
「え?」
この戦いはどうなるかなと思ったら、いきなりライオン側が動いた。身体を少し揺らしながら魔力を放出したと思ったら、全身に外骨格のようなものが……否。あれは外骨格ではなく、鎧だ。黒色の毛並みを隠すように、鮮血で染めたかのようなドス黒い赤色の鎧を纏っていく姿を、堂林さんと天王寺さんは信じられないものを見るような目で見ていた。
天王寺さんの素っ頓狂な声に同意したくなるぐらいに変なことをしているな。しかも……鎧を形成し始めてから全身を覆うまでの時間は約2秒程度。あり得ないぐらい速く自らの身体を覆ったライオンは、ここからが狩りだと言わんばかりに大きな雄たけびを上げた。
:こんなんあり?
:モンスターってやばいな
:あれも魔法なのか
:魔法ってなんでもありかよ
:これ、実はかなりやばいのでは?
:如月君は助けに入る準備しておいた方がいいだろこれは流石にマズいって
「……ここからが正念場ですね」
「うん。これで死にそうになるなら、下層なんて行かない方がいい」
俺も初めて見るような興味深い魔法だけど、あの程度で死ぬとか助けを求めるとかなら、最初から下層なんて行かない方がいい。彼らは、確かに俺が育てたが……元から望んで下層に行くことへ頷いたのだ。これくらいは乗り越えて見せなければな。
勿論、本当に危なくなったら助けるけど。
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