第134話

 象が現れてから大体20分が経過したけど、未だに4人は象と戦っている。とは言え、既に巨大象は満身創痍で暴れているだけだが……手負いの獣は恐ろしいと言うしな。


「頑張れー」

「フレー、フレー」


:後ろが雑過ぎる

:実力を知っているから単純に応援しているんだろうけど、知らない人が見たら完全に見殺しにしてる薄情な奴らだよな

:みんなはダンジョンで苦戦している人がいたら助けてあげようね

:でもモンスター横取りされたってキレる奴もいるから気を付けようね

:そんな奴いるのか……

:ダンジョンマナーで人の獲物を横取りしないってのはあるんだけど、戦っている本人が命の危険に瀕していたり、通路を塞いでいるようなモンスターは速めに討伐することが推奨されているぞ


 象が鼻を振り回しながら前脚を地面に叩きつけて階層を揺らす。しかし、堂林さんは振動に揺らぐことなく、振り回されていた鼻を冷静に盾で受けてカウンターとして槍を突き出す。槍の穂先が鼻に刺さり、少量の血を流しながら象が後退したところに背後に回り込んでいた宮本さんが大斧を力強く振り抜いて後足に傷をつける。


「っ!」


 多分、宮本さんは足を切断するぐらいの勢いで振り抜いたと思うんだけど、やっぱりあの象は特別硬いらしく深めの傷を作るだけで止まっている。反撃と言わんばかりに象が自身の真上に向かって水を噴射して周囲を一斉に攻撃する。


「させません!」


 噴射された大量の水は、当たれば四肢が飛びそうなほどの切れ味を持っている。堂林さんは盾があるのでなんとか防げるだろうが、宮本さんはそのまま突っ立ていれば全身をバラバラにされかねない。しかし、それをさせないために動いたのが蘆谷さん。弓の弦を軽快に弾き、それに合わせて空気が揺れる。上に放たれた水の刃が、空中でどんどんと相殺されていき、堂林さんと宮本さんに当たることはない。


「任せろー!」


 さっきまで戦線に参加せず、蘆谷さんの後ろでなにかをしていた天王寺さんが飛び出していき、スカルドラゴンの骨で作られたナイフを構える。


「凄い魔力量……あれがスカルドラゴンの素材かぁ」


 魔力を視認できる朝川さんは、そのナイフを見てそう呟いた。その言葉から推測するに……硬くてまともに攻撃が効かない象を倒すために、天王寺さんは戦線に参加せずにひたすら魔力をナイフに込めていたのだろう。スカルドラゴンの骨は魔力を吸収する……スカルドラゴンはその特性をいかして、吸収した魔力を自身の魔力に変換して放出していた。ならば、その骨から作られた武器に魔力を吸収させ続けるとどうなるか。


「ハァっ!」


 掛け声と共に突き出された小さなナイフ。そこから放たれた魔力の奔流は……硬い鎧で守られていたモンスターの肉を抉り、絶命させるには充分な威力を持っていた。 


「うわぁっ!?」

「おっと、大丈夫か?」

「……パンダの癖に生意気!」

「なんで俺は罵倒されているのかな?」


 反動で後ろに転がってしまった天王寺さんは、堂林さんに受け止められたことで複雑そうな表情を浮かべてぷんすこと怒っていた。

 天王寺さんの魔力を最大まで溜めた一撃により、顎から背中に向けて斜め方向に穴が開いた象は、そのままゆっくりと塵となって消えていった。

 俺はあの象を見た時に、このダンジョンの中層最強格の敵であると思いワイバーンと同レベルだと思ったが……あれはワイバーン数匹分の強さがあった。まぁ、渋谷ダンジョンのワイバーンはそれなりの確率で数匹の群れでいることがあるから、それと同じか。


「どうでしたか? 社員たちの戦いは」


:すごかった

:小並感

:いや、もうマジで下層探索者なんだなって

:俺、一瞬で追い抜かれちゃったよ

:一ヶ月で遥か彼方までいっちゃったな

:本当にすごいな、如月君

:如月君人を育てる才能あるよ


「そうでしょ? 私も司君に育てて貰ったんだから」

「言い方」


:草

:間違ってはない

:嘘は言っていないけど、明らかに誤解させるために言ってます見たいな

:流石に草

:その言い方されるとなんだか如月君がお父さんみたいに見えてくるわ


 俺は別に朝川さんのお父さんではない。ダンジョン探索者として魔法の扱い方、魔力を増やし方なんかは確かに教えたけど……朝川さんには基礎的なことなんてまるで教えていない。だって最初からできていたから。

 ただ……弟子じゃないのかと言われると、やっぱり弟子ではあると思う。


「社長片付いたぞー」

「見てましたよ。ちょっと時間かかったけど、よかったですよ」

「いや、あれは時間かかるって……社長ならもっと上手くできた?」


 いや、それを俺に言うのか。


:美美香ちゃん……その男は上手くできるとかそんなレベルじゃないよ

:多分だけど、アサガオちゃんでも瞬殺できるレベルだとは思う

:やっぱりEXとは比べちゃ駄目だよ

:あの象、如月君なら硬いとすら思わなさそうだよね


 傍から見てて、単体としての強さはマジで下層と比べても遜色ないレベルだとは思ったけど、だからって俺が苦戦するかと言われると……ねぇ?

 しかし、こうやってみると実力が顕著になっているな。堂林さん、天王寺さん、蘆谷さんはなんだか疲労しているように見えるけど、宮本さんは苦笑いを浮かべながら息切れすらしていない。この人、マジでさっさとAになれそうだな……普通に強い。


「ん? なんか揺れてない?」


:ん?

:ダンジョン内で地震か?

:お、どうしたどうした?

:やめてくれよなぁ

:ダンジョンで地震って起こるの?

:こっちは連戦続きで疲れてるのに


 朝川さんが言った通り、ほんの僅かにだが地面が揺れている。4人も微妙に感じているような感じていないような、って顔をしている。

 俺ものほほんと、揺れてるなーぐらいの感覚でいたら、4人の背後……俺と朝川さんの視線の先の地面から岩を跳ね上げながら象が飛び出してきた。


「はぁ!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 さっきまで4人が戦っていた象より更に一回りデカい気がする。まぁ、モンスターにも個体差ってもんが存在するしな。って、そんなことじゃなくて……堂林さんと天王寺さんは硬直状態で、蘆谷さんは慌てて弓を構えようとしている。そんな中、宮本さんが斧を構えて走り出そうとした横を、既に朝川さんが通り抜けていた。

 地に足をつけ、こちらを視認した象が鼻を揺らし始めた時には、既に象の腹下に潜りこんで顎に手をつけていた。


「今はみんな疲れてるから」


 次の瞬間には、象の顎から頭を貫通する魔法が階層の天井に向かって放たれた。一本の柱のように空へと伸びていくその魔法を見て、宮本さんを除いた3人が唖然としている。まぁ、あれだけ自分たちが苦労していたモンスターを一撃で倒されてしまえばそうもなるか。でも、宮本さんの少し悔しそうな表情が……なんか頭に残った。

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