第126話

「『影法師』」


 蘆屋さんの影からずるりと人影が這い出てくる。彼にとっての式神が……これ。言うならば自らの影……それを操ることで手数を増やすことができる。最初は10センチ程度だった影法師も、1週間もすれば50センチ程度まで大きくなっている。単純に影法師が成長したとか、蘆屋さんが飛躍的に強くなったとかではなく、単純に式神術の扱い方が上手くなってきただけである。


「この影法師、なにができるんですか?」

「……なにができるんでしょう?」

「そこは自分で決めないと……」


 式神術においてもっとも重要なものは、実力よりもイメージ力だ。自分が生み出し、召喚する式神がどんな特性を持ちどんな力を持っているのか。それを想像しなければただの木偶の坊を増やすだけの術になってしまう。


「『影法師』」


 ちょいと見様見真似で俺も影法師を作り出してみるのだが……意外と難しいな。まず、自分自身の影から式神を生み出すという発想が俺にはないし、そもそも影だけでなにができるかと考えた時に……俺が想像できるのは精々が肉弾戦ぐらいなもの。つまり、俺が召喚した影法師は近接戦闘ができるだけの影。それなら自分で戦った方が早いと思う。


「イメージを増大させるなら……ちょっと思い浮かびましたけど、あんまり口にすると蘆屋さんのイメージに影響が出そうですし……」

「そ、そうですよね」


 イメージで作り出すということは、逆に言えば変な想像を一度してしまうとそっちに思考が引っ張られてしまうのだ。まぁ、変なたとえだが……妖怪を生み出そうとした時に妖怪の美少女擬人化ゲームでも見てたら、妖怪なのか美少女なのか中途半端で判別できない気持ち悪いものが生み出されると思う。そういうイメージに悪影響を及ぼすものを見ながらとか、教えられながら生み出すと大変なことになる。一度生み出してしまえば、自由自在に召喚はできるのだが。


「社長は、どうやって式神を作っているんですか」

「最近はあんまり周りに流されずに作れるようになりましたけど、昔は結構影響されやすかったので……ネット断ちから始めてましたね」

「ネット断ち!?」

「はい。そこから、本の挿絵を付箋とかで見えなくしてあるものを事前に用意して、資料を何度も読んでから想像するんです」

「そ、想像以上にハードですね」

「まぁ、今は別にネット断ちしなくてもできるようになりましたけど、覚えたての式神は俺も酷かったものですよ」


 なんか犬なのか猫なのかはっきりしない生物ができたり、擬人化を見ていたせいで見た目だけ可愛くてなんの能力も持たないせいで、全く使えない式神を生み出したりと、俺だって失敗まみれだった。世の中の人間、失敗を経験せずに成功を成し遂げた人っていないんだなって。


「だから、今はとにかく試行錯誤の時だと思います。蘆屋さんがどうやって影法師を戦力として使える形にするのか……それは自分の頭から捻りだすものですから」

「自分の……頭から」


 結局、式神術なんて自分で生み出して自分で使役する自己完結型の魔法だ。ならば必要なのは経験者のアドバイスよりも……自分自身との対話。自分のイメージを増大させ、それを形にする力が必要だ。

 俺は蘆屋さんに関しては全く心配していない。何故なら、彼は既に自己のイメージだけで魔法を発動させるだけの才能を見せている。特に、弓から矢のようにあらゆる魔法を放つあの能力……あれだけの自由な発想ができるなら、蘆屋さんはなんの心配もない。必ず、自らの力でだけで自分が思う最適解を選び取るはずだ。



『やぁっ!』


:草

:掛け声一つで下層のモンスターを消し飛ばすCランクがいるらしい

:もうAだよ

:まだ申請通ってないから一応Cだぞ

:アサガオちゃんがんばえー


 なんか……企業所属になってから朝川さんのコメント欄、客層が変わったな。具体的に言うと、俺の配信のコメント欄にいるような人たちが増えて、以前から「アサガオ」を応援していた人たちが減った気がする。原因は間違いなく俺なのはそうなんだけど……多分、ネットでよく言われるガチ恋勢が消えた、のかな? その分、俺のアンチスレに人が増えているんだろうけど。

 企業としての活動を始めてそろそろ1か月だが、今のところ大きな問題はない。企業所属になったことで一気に人が雪崩れ込んできたのか、堂林さんと宮本さんのチャンネルは簡単に10万を超えたし、新しく開設したばかりの天王寺さんと蘆屋さんのチャンネルは既に5万を超えている。俺と朝川さんのチャンネルはそこまで大きく変動していないけど、やはり少しずつ増えてはいる。


『Aになったら司君と2人で、深層に行く予定があるから……少しでも頑張らないとね! だから今日はこうして慣れ親しんだ渋谷の下層で魔法開発してるんだから!』


:開発? モンスターの虐殺じゃなくて?

:合ってるでしょ

:あってねぇよ

:ある意味あってるだろ

:モンスターが実験台にされているだけで、魔法の開発はしてるぞ

:俺は探索者だからわかる、さっきから魔法が少しずつだけど調整されていることが

:本当か?

:全く違いがわからないけど


『結構変えてるよ? 出力とか、衝撃の指向性とか……色々と考えることはあるから』


 それにしても、朝川さんは魔法の開発が好きなんだろうか? 魔力を圧縮することで威力を高める方法は、アメリカで研究されているらしいけど、そんなことを知らずに朝川さんは自分で勝手に編み出していたし。やはり魔力が視認できるというだけで、魔法開発にはアドバンテージになる訳だな。

 俺が見た感じ、今の朝川さんは狙いを絞って自動追尾させようとしているんじゃないかなーと予想。理由は、さっきから無駄に魔法を拡散させているからだ。


『むむむむ……ちょっと違うなぁ』


:なんか知らないけど頑張れ

:知らんけど

:関西人か?

:魔法の違いがそもそもわからない……

:魔法の基礎は協会に教えて貰おうね


 ちょっとアドバイスしておくかな。


如月司ch:魔力は地球上に存在する原子とは全く違う動きをするので、時にはもっと自由な発想をするといいかもしれません。指向性を持たせて追尾させようとするなら、いっそのこと距離そのものを縮めたりとかするといいかも?


『えっ!? 司君!?』


:社長!?

:社長配信見てて草

:待って社長いて草なんだけど

:追尾?

:社長暇なんか?


『な、なんで私が魔法を追尾させようとしているのがすぐわかるのかな……ああいう所本当にすごいよね』


:ね

:配信見てても全くわからんかったぞ

:合ってるのか

:へー

:如月君って単純に知識量が違うのかな


『魔力を拡散させて、それを一気に追尾させるようなことを考えてたんだけど、そっか……そんな直線的じゃなくてもいいのかー』


 ここまで教えてあげれば後は自力でなんとかするだろ。正直、朝川さんに俺がしてあげられるアドバイスなんて限りがあるからな。

 社員の育成も始めてから1か月だし、そろそろ何処かしらのダンジョンを真面目に攻略するのもありだな。

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