第111話
「で、ただの面接なのになんで来たんですか?」
「同僚になるかもしれない人だし、見ておきたいじゃん?」
2月も終わり、俺の同級生たちも完全に殺気立ちながら受験勉強していたけど、前期の受験が終わったこともあり、みんなそれぞれ穏やかな顔をしながら卒業の準備をしている段階である。一部絶望している奴もいたけど、多分駄目だったんだろうな。
そんなこんなで色々とみんなが忙しい時期、俺は渋谷駅近くのオフィスビルで契約した事務所予定地を整理していた。仕事をする上で色々と必要な棚とか、そういうものを移動させたりしていたんだけど……何故か朝川さんが手伝ってくれている。ちなみに、この後はパソコンを使って面接の予定がある。
面接と言っても、正直そこまで見るような部分はないから面接テンプレの質問なんて全くするつもりはないし、長くても1人15分程度でいいやと思っている。人を見る目に自信がある訳ではないけど、悪人か善人かぐらいはわかるつもりだ。
時間になったのパソコンの前に座り、カメラを起動して面接を受ける人と通話を繋げる。画面が繋がると、明らかに緊張した面持ちのスーツを着た若い成人男性が映った。ラフな格好で全然いいと説明しておいたのだが、なんとなくスーツを着たがるのは日本人の性なのか。
「どうも、如月司です」
『ど、どうも……本物だ』
「本物です」
いや、ここで偽物出てきたら変だろ。
「名前だけ自己紹介してもらえますか? 履歴書貰ってるので他はいいです」
『あ、はい……私の名前は、ど、
「……パンダ?」
『パっ!? な、何故それを……』
堂林凛太郎と名乗った男性の履歴書を見ると、年齢は今年29歳になるダンジョン探索者で、探索者としてのランクはDと上々なのだが……滅茶苦茶聞いたことあるような声だなと思って、当てずっぽうで言ったら当たった。
「パンダってことは
『え、俺が初手なんですか!?』
「そうですよ。一々全員面接してたら面倒なんで、書類で結構な数落としましたから」
まぁ、俺の想像を遥かに超えるぐらいの数、書類が届いていたことの方が驚いたけど。それでも、履歴書とダンジョン探索者資格を見れば大体どういう人間かはわかるつもりだ。それで貴重な人材を逃がしていたとしても、ただの俺の責任だからな。
さて、パンダこと堂々鈴々さんは既にダンジョン配信者として活動している人だ。元々「企業所属になりてー」とか言いながら配信しているとは聞いていたけど、まさか本当に応募してくるとは。堂林凛太郎という名前からとって堂々鈴々とつけたんだろうが……鈴々って名前がパンダみたいと視聴者に言われてから急速にパンダというあだ名が広まったとか。
「じゃあ面接続けますよ?」
『は、はい!』
「パンダって呼ばれてることは受け入れてるんですか?」
『え、かなり個人に限定的な質問……ま、まぁ……視聴者が呼びやすいならいいかなーと、思ってます』
「へー、採用」
「え、結構雑じゃない?」
『うわっ!? あ、アサガオさんまで……』
雑、とは言うけど……この人の人気と実力を考えると採用しない理由がないだろ。おまけにパンダ呼びも視聴者のことを考えて受け入れるぐらいの度量があるなら、企業所属になってもパンダとしてやっていけばいい。
「堂林さんはそのまま、堂々鈴々として活動してもらいます。その方が視聴者の数を引っ張ってこれますし、貴方は以前から企業所属になりたいと言っていましたから、別に違和感ないですし」
『め、めっちゃ詳しい』
「そりゃあ、有力そうなダンジョン配信者はそれなりに調べてますから」
人気ダンジョン配信者は基本的に、どいつもこいつも決まったダンジョンの中層探索を配信している人が多いが、この人は色々なダンジョンを巡る面白い人だ。なによりこの人には、探索者としての伸びしろがある。
「じゃあこれで終わりってことで、色々な書類とか……紙がいいですか? 電子でいいならすぐにでも送りますけど、紙だと郵送になります」
『か、紙で……』
「わかりました」
『こんな緩い感じでいいのか……』
「個人の事務所なんてこんなもんじゃないですか? 他は知りませんけど……俺はわざわざ時間掛けるようなことでもないものは、どんどんと省いていきますから」
『これが若者……おじさんには眩しい』
本当に面白い人だな。俺の周りにはいなかったタイプの人間だと思う……相沢さんに近いかもしれないけど。
一言、二言喋ってから通話を切る。1人目から良さそうな人を掴まえることができてちょっと嬉しい。
「そんな感じなんだ」
「いいじゃないですか。そこまで自分の目が腐っているとは思ってませんし」
「うーん……腐っては無いけど、たまに変な方向に飛んでくよね」
「思考が?」
「視点が」
そうかな?
そうかも。でも悪いことばかりだとは思わないから放置。
「じゃあさっさと次の面接しますか。なんかみんな待機してくれてるみたいだし」
「ところで、すぐにああやって合格がどうかみんなに教えるの?」
「はい? あんなすぐに採用するのは堂林さんが実績持ってるし、絶対にいい人材だと思ってるからですよ。他の人は普通に合格か不合格かネットで送りますから」
さて、これで所属配信者は4人……後2、3人は欲しい所だな。それもできれば……まだ探索者ですらないような初心者。既に能力が高い人をそのまま所属配信者にするのは、メリットも大きいがデメリットも一応あるからな。それに、今までダンジョン探索者として活動していなかった人が、この企業の所属したら実力者になれるって思われることが後続にとって大事だと思う。
「そう言えば、この企業の名前なんだけど」
「どうかしましたか?」
「early birdってなに?」
「早起きって意味ですよ」
早起きは三文の徳……俺が好きなことわざだ。だからってシンプルにearly birdってつけてよかったかなとか色々と思ったけど、まぁ……こういうのって結構適当でも成り立つしな。
人に覚えてもらいやすい名前ってのも大事だと思うし、早起きするのは実際にいいことばっかりだから別にいいのだ。
社訓としても使おうかな……早起きは三文の徳って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます