第99話

 水の中をひたすらに歩いていると、なんだかファンタジー系のゲームでオープンワールドを歩いているような気分になってくる。まぁ、ゲームの海のように太陽光がキラキラと輝いている美しい景色ってよりは、どんどん暗く冷たくなっていく世界で残酷な感じがするけど。なんか、深海に潜って探索するゲームあったな……下手なホラーゲームよりも怖いって話題になってたけど、確かにこうしてみると、まだ明るさがあるのに既に本能的な恐怖心を煽ってくる光景だ。


:鳥肌立ってきた

:なんか、ひたすら海に沈んでるみたいで怖い

:怖いから如月君もっと喋って

:無理無理こういうのマジで無理

:もっとお化けとかゾンビとかの方が耐えられるわ、マジで根源的恐怖


「…………ちょっと面白いので黙ってていいですか?」


:ダメ

:楽しむな

:いつもの仕返しか?

:くそ許せねぇ

:マジで怖いからもっと喋ってお願い

:海が幻想的に見えるのはまやかしなんだなって……マジで怖いな


 普段は強気で楽しそうにコメントしている視聴者たちが、今回はマジで怖がってるの見るのが楽しいから、しばらくは口数少な目で行こう。

 俺が走っている階層は、現在25階層。既に光が淡くなりはじめ、視界が大幅に制限され始めている。カメラは相変わらず天后に持たせて追従させているけど、そろそろ道中のモンスターを完全無視するのは面倒になってくるぐらいに数が増えてきた。


「『沙悟浄さごじょう』」


 水の中で自由に動ける存在……河童を最初にイメージしたんだけども、流石にインパクトが足りないし、単純に河童だけのイメージで召喚すると戦闘で使えるような気がしなかったので、ここは名前を借りることにする。


:沙悟浄!?

:河童じゃん

:俺の知ってる沙悟浄と違う

:どこが河童なんだよ

:全然見た目違うの草

:如月君、沙悟浄ちゃんと知ってる? その場で適当に作ったのかな?

:いや、すごい忠実に沙悟浄再現されてるだろ

:どこがだよ河童じゃねーじゃねぇか


 俺が召喚した沙悟浄は、髑髏どくろ瓔珞ようらくを身に着け三叉戟さんさげきを持った異形の竜人だ。顔はどちらかと言えばワニのそれであり、牙を剥き出しにしながら水中を自由自在に泳いでいる。

 多分、コメント欄で沙悟浄と違うと言っている人は西遊記の沙悟浄をイメージし、忠実であると言っている人は原典の玄奘三蔵の大唐西域記を知っている人だろう。まぁ、沙悟浄と名前を付けたから厄介なことになっているのは認める。

 俺が召喚したのは、どちらかと言えば深沙大将じんしゃだいしょうの方ではあるが、そのまま深沙大将を召喚しては、大綿津見神の時のように途方もないものが出現してしまうと思ったから、名前を沙悟浄にすることで格を意図的に落としてある。まぁ、それでもやっぱり沙悟浄の見た目は俺が創造したものだが、中身は降ろしてきた「ナニカ」であることは違いない。

 十二天将ほど安定はしないが、降ろしてくる方も中々の精度になってきたと自分では思っている。


:怖い

:如月君の召喚した沙悟浄も、海の中から出てくるモンスターも怖いぞ

:どうなってんだこの配信は

:いつものことでは?

:まぁいつものことなの草

:如月君って本当になんでもありね

:このまま名古屋ダンジョン最下層まで行かないか?

:名古屋ダンジョンは最下層は何回層なんだろうな

:札幌幾つだっけ?

:80ぐらい

:今は?

:26

:遠すぎないか?


 26階層をそれなりの速度で走っていたら、前方から2メートル程度の鮫が突然現れて襲い掛かってきたが、沙悟浄が即座に反応して俺を速度で抜き去り、手に持っていた三叉戟で鮫を両断した。いや、三叉戟なのに両断ってどうやるんだよとか、思っちゃ駄目なやつ?

 完全に俺が生み出した式神とは違い、降ろしてきた方は俺の想像を超える動きをすることがある。今の沙悟浄で言うと、水中だからとは言え俺の動きを超える速度で泳ぐとは思わなかった。これだけの速さがあるなら、34階層はあっという間だな。



「で、ここが名古屋ダンジョンの最高到達階層です」


:お前のな?

:暗くない?

:こっから先見えないだろ

:これ進めるのか?

:無理だろ

:ちょっと人間に攻略できるダンジョンじゃないだろ

:今更なんだけど、如月君ってもしかして……天后の力を使えば地球の深海にも行けるってこと?

:マジかよちょっと如月君派遣してくるわ

:人類の夜明けだな

:本当か?


「……さっさと進んでいいですか?」


 なんで俺が深海探索なんてしなきゃいけないんだよ。そんなことよりも、俺はダンジョン探索の方が好きだぞ。そもそも、深海は未知の領域とか言うけど、ダンジョンだって人類にとっては未知の領域だろうが。

 言及してる人もいたけど、34階層まで来ると暗くてまともに前が見えないぐらいになってくる。とは言え、まだそこそこ見えるから大丈夫だが……このペースで行くと40階層まで行けば文字通り一寸先は暗闇になるだろう。


「魔力で刀光らせながら進んでみますか」


:光る刀でライトセイバー、やね

:ライトセイバーってよりは工事現場のあれで草

:いや草

:誘導棒なw

:それにしか見えなくなってきた

:いや、光の色的にLEDの蛍光灯手に持っているようにしか見えないけど?

:言いたい放題で草


「……よし、これでいいですか?」


:なんで色変えられるのwwwww

:赤色にするなwwww

:マジで誘導棒じゃねーか

:どうなってんだよ

:虹色に光らせろ

:ゲーミング刀にしろ


 要求が多いなぁ……大体、虹色に光らせたらゲーミング刀ってよりは、ライブのサイリウムみたいになると思うけどな。


「じゃあこれですか?」


:UOやめろw

:眩しいって

:オレンジ色に光らせるのもやめろwwww

:なんでもできるなこいつ

:そこで咄嗟にUOが出てくるあたりオタクなんだよなぁ

:わざとやってるだろ


 そりゃあわざと決まってるでしょ。思ったより視聴者のくいつきがよかったから楽しんでるだけで、普通に視界を確保するだけなら白でいいもの。ただ、誘導棒とかゲーミングとかサイリウムとか言われると、なんとなく乗っかりたくなるのがオタクってものでしょう?

 ま、遊ぶのはこの辺にして……普通に白色でいいかな。


:あ、蛍光灯に戻った

:蛍光灯って言うのやめろw

:まぁ視界確保なら白だよな

:そろそろ進むのか

:いや、さっきまでの流れから真面目になるのは無理だろw

:でも深海怖いぞ

:まだ深海ではないんだよなぁ

:ちょっと光あるからね


「俺の予想だと、40階層になる頃には周囲の灯りは全て消えると思います。だから蛍光灯を用意する必要があるんですけどね」


:蛍光灯扱いでいいのか……

:なんでちょっと楽しそうなんだよ

:蛍光灯ネタで楽しそうなの笑う

:最高到達階層で楽しそうに遊んでるの草

:もっと行こうぜ!


 視聴者も期待していることだし、このままどんどんと深海の世界へと足を踏み入れ行くとするかな……マジでなにがいるか誰も知らない、未知の世界へ。

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