第97話

「どうも……土曜日ですがみなさんどうお過ごしでしょうか」


:通勤中や

:電車の中

:家の中掃除中

:ごろごろしてるぞ

:毎日が夏休みの俺無敵

:ニートに土曜日など関係ない


「通勤中の方はお疲れ様です。掃除中の人は掃除してから見てください。ごろごろしている人は休日なので肩の力を抜いてご視聴ください。ニートの方は月曜日になったらハローワーク行ってください」


:草

:絶対嫌だぞ

:俺は親のすねを齧って生きるんだ!

:親のすねは無限じゃないぞ

:なんでこんな朝早くに配信してんの?

:今日もコラボか?

:事前告知無しの配信とは珍しいな

:まだ朝の7時やぞ


 今日も今日とて俺はダンジョン配信をしている。最近はマジで、仕事してるか学校行ってるかダンジョン配信しているかしかない気がするぞ、俺。でも、それが楽しいから別にいいかなって……やりたいことをやるのが楽しい訳で。


「事前告知してないでしたっけ? なんかした気になってました……ちょっとSNSに投稿しておきますね」


:物忘れが激しいお年頃かな?

:俺のこと?

:おじいちゃん視聴者はちゃんと認知症対策して

:認知症舐めんなよ、忘れたことすら忘れてるからな

:そうはならんやろ


 よし……SNSには投稿しておいたからこれで大丈夫。にしても、土曜日の朝7時にもなると流石に人が少ないな……深夜に配信している時の方が人が多いくらいだ。やっぱり日本人はみんな夜型になっているのかな……俺も結構夜型だけど、朝は普通に起きれるので無問題。


「で、今日はなんでこんな朝早くに配信しているかと言うと……厄介な場所に踏み込もうと思ったので、頑張って準備してきたからです」


:厄介な場所ってなに?

:渋谷ダンジョンに厄介な場所ないだろ

:もう君が踏破したようなもんでしょ?


 さて……ここは相変わらず人が少ないな。やっぱり途中から全く探索できなくなってしまうという環境が知れ渡って、地元の人もやってこなくなるからかな……まぁ、俺もそこまで滅茶苦茶好きなダンジョンって訳じゃないけど。


「あ、EXの如月司です……入っていいですかね?」

「…………EX!? え、な、なんでこんなダンジョンに!?」

「いえ、ちょっと配信したら楽しそうだなって」

「このダンジョンを!?」


 滅茶苦茶驚かれてるな……まぁ、日に数人来ればいい方のダンジョンだし仕方ないのかもしれないけど……それでも一応、ダンジョン入口の仕事だってあるんだから頑張れ。朝早くにいるってことは夜勤かもしれないけど。

 ダンジョン内で配信する許可を一応貰っておき、ダンジョンの入口までやってきた。既にじめじめとした水気を感じる。


「ということで、今日は名古屋ダンジョンに潜っていきたいと思います」


:は?

:あ?

:頭おかしいよ君

:なんでそんなダンジョン行くことになるんだよwwwww

:草

:視聴者が望んだことだろ?

:名古屋ダンジョンの深層まで行けってよく言ってただろ? 如月君は優しいなぁ()

:そうはならんのよ

:ちょっと待て!

:頭が追い付かないぞ

:なんでそんなホイホイと意味の分からないダンジョンに行くのかな君は

:朝っぱらから寝起きの頭で処理できない情報量を流し込んでくるな


「大好評ですね」


:眼科行け

:頭見てもらった方がいいよ

:精神科行け


 名古屋ダンジョンは本当に人がいない。原因は11階層から先……つまり上層から先の全てが水没しているダンジョンの構造が一番の問題だろう。断言するが、人間はどこまで強くなっても水中で呼吸せずに生きることはできない。魔力はなんでもできるけど、人体の改造なんてできない。つまり、どこまで強くなっても人間が人間である限り、名古屋ダンジョンを攻略することはできない。


「名古屋ダンジョンって必然的にソロ専門になるので避けてたんですけど……コラボばかりで1人で探索したい時にはうってつけですよ」


:そもそも入れないんですがそれは

:精神状態おかしいよ

:なんで水没したダンジョンなんか攻略すると思ってるんですかね

:名古屋ダンジョン攻略して伝説になってくれ

:酸素生成しながら入るの?


 みんな無理だなんだと言いながらも、俺がどうやって名古屋ダンジョンを攻略するのか興味があるって感じに見える。まぁ、ダンジョン配信なんて見ている奴は攻略情報を知りたくてしょうがないだろうな。



 名古屋ダンジョンは最上層だけは水没していないので、攻略する人間もいるのかと思ったけど……そうでもないらしい。やっぱり水没しているから上層には行けないっていうのが大きいのかな。

 名古屋ダンジョンは名古屋港付近に存在しているので、名古屋市営地下鉄で普通に来ることができるのだが……やはり人気はない。交通の便は良い方ではあると思うけどな……少なくとも、稚内とかよりはマシだと思う。


「で、ここが11階層に通じる階段ですね」


:既に水が見えるんですけど

:階段の途中から浸水してるぞ

:わぁー綺麗な水面だね

:早く如月君飛び込んで


「じゃあ行きますか」


 今日は、少なくとも35階層までは行くつもりだ……視聴者によると、この名古屋ダンジョンの最高到達階層は一応俺が記録した34階層になっているらしい。誰も信用してないから、実質10階層が最高到達階層扱いらしいけど。だからこそ、今日はカメラで録画しながら俺が攻略して、真に最高到達階層を更新してやろう、というのが俺の思い。


「『天后てんこう』」


 召喚するのは、十二天将の一柱である天后。パステルカラーである水色の髪色に、深海のように深い青色の瞳を持つ文句なしの美女。俺が名古屋ダンジョンを攻略する際に、必須となる式神だ。


:わぁ

:また美人召喚してる

:こいついつも美人召喚してるな

:ハーレムか?

:くそ……俺も式神ハーレムのためにちょっと式神術ならってくる

:無理定期


『……わたくしの力を、お求めですか?』

「頼む……今日はちょっと長く行く」

『では、そのように』


 天后とは、元々中国沿岸部で信仰されている道教の女神媽祖まそにルーツを持つ。その信仰の理由は……航海、漁業の安全を祈るもの。天后とは、即ち水難から人を守る存在である。日本で言う所の弟橘媛オトタチバナヒメ信仰と同じ様なものだな。

 俺が作り出した式神としての天后の能力は……水から俺を守るというもの。つまり、水没している名古屋ダンジョンも例外ではない。

 天后の魔力を受けて階段を水没させている水の中へと足を踏み入れていく。俺の身体は間違いなく水の中へと沈み込んでいくのだが、呼吸もできるし水が俺の身体を阻害することはない。


:どうなってんの?

:如月君にしかできない攻略法はやめろー!

:なんでもありかこいつ

:そら攻略できますわ

:こうなったら水の中もなにも変わらんだろ

:逆になんで34階層で攻略をやめたのかがわからんだろこれ

:なんで呼吸できてるの?


 俺にもわからん……天后の能力によって俺に対する水の影響は全くないけど、酸素はないはず。なのに俺は呼吸ができている……どうやってるのか、天后に聞いても微笑まれるだけだし、深く考えてないんだけど……どうなってんだろ。やっぱり神降ろしで「ナニカ」を器に降ろしてるから、ちょっと変な力が働いてると思うんだよね。

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