第83話

「……天災め」


 口からちょっと悪口がぽろっとこぼれてしまった。でも、今回に関しては仕方ないとしか言い様がないだろう。だってとんでもないことをやらかしてくれたんだから。


:えげつない

:人間じゃない

:人間ってこんな魔法放てるのか

:俺の知ってる魔法と違う

:え、個人戦力でこれってやばくない?

:こんなのが後3人もいると言う事実


 やり方はまずいし仲間を巻き込む気かとか色々と神代さんに対して言いたいことはあるけど、まずは炎の中から歩いて来るあのクリスタルの騎士をなんとかすることからだろう。

 圧縮されてから一気に膨張した炎の奔流をもろに受けたクリスタルの騎士は、魔力を散らす身体の作りのお陰か、それとも単純にそれだけ強いからなのか……左腕が完全に溶け落ち、身体全体が歪んでいながらもまだ歩いていた。ただ、ギリギリ立っているだけで既に戦う余力はないだろう。


:あれ受けて生きてるとか誰が勝てるんだよ

:これは未開拓領域の恐ろしさですわ

:マジで深層ってやばいところなんだな

:こういうのは見てるとワクワクするけど、もし自分が遭遇したらって思うと鳥肌立ってくる

:ダンジョン探索が進まない訳だな


 ボロボロの姿で歩くクリスタルの騎士に、相沢さんが剣を振ってとどめを刺した。これで80階層は攻略完了……どれくらいの頻度で復活するか知らないが、こういう広いフロアに強いモンスターが出てくるような階層は、基本的に他のモンスターが湧かない。インターバルが長いなら休憩ポイントとしても使えそうだけど……それもわからないか。


「……はい、これで終わりだね」

「呆気なかったね!」

「貴女はちょっとは反省の色を見せてください」

「す、すいません……」


:如月君には弱くて草

:一応悪いとは思ってたのか

:自覚あったんだ

:これで自覚なかったら人間として終わってるだろ

:充分人間として終わっているのでは?

:ダンジョン崩落させる時点でね

:実力も人間じゃないぞ

:それはみんなそうだから関係ない


「さっさと次に進みますか? それとも少し休憩してから行きますか? さっきのモンスターのインターバルもわかりませんけど」

「うーん……帰り道に会うのも面倒だから、さっさと進もうか」

「そうさね。出現間隔なんてのは必要な時にまた測ればいいだけさ」


 まぁ、今回の目的は札幌ダンジョンの最下層まで行くことだけだからな。別れ道も含めてダンジョン内の全てを制覇したい訳じゃなくて、最下層まで攻略すれば後は帰るだけなんだから、俺としてもさっさと進む方がいいと思う。

 パーティー内の意見として、さっさと進む派が3票で決まり。今の神代さんには投票権はないので全会一致だ。


 そして進んで階段を降りた81階層は、再びだだっ広い空間だった。


「あー……」

「……」


:なんか言え

:さっき見なかった?

:無限ループかな?

:階段降りたよな?

:同じ光景ではないんだけどね


 この81階層が80階層と違うのは、空間がとても明るく照らされていること。奥の方に大きな水晶のようなものが見えて、それがLEDライトぐらい眩しく発光している。だからなのか、空間全体が明るくなっているように見える。そして広さも先ほどより更に広く、高さもさっきより遥かに高い。天井が少しぼんやりして見えるぐらいだ。


「階段、なさそうだね」

「ここが最下層ですか?」

「多分……いや、あの大水晶の後ろまで見ないとわからないけど」

「気を付けな……殺気が伝わってくるよ」


 それはわかっている。この81階層に足を踏み入れた瞬間から、こちらに向かって殺気がビンビンに伝わってくる。今のところモンスターの姿は見えないが、向こうがこちらを補足していると考えるべきだろう。

 念のために勾陳で全員の周囲に結界を張りながら歩きだす。こんな状況ではいつ、どこからなにが飛んで来るかわかったものではない。

 なんて考えていたら、目の前にあった大水晶がそのまま動き出した。いや、予想通りではあったし、こういうダンジョン探索系のゲームではよくある話なんだけど……本当に水晶そのものがモンスターとは思わなかった。


「……竜?」

「どっちかというとトカゲ?」

「いや、どっちも同じようなものじゃないですか?」


 のっそりと動き出した大水晶は、四足歩行に尻尾がついているトカゲのようなモンスターだった。頭から尻尾まで10メートルはある巨大さに目を奪われてしまうが、それ以上に背負っている大水晶が眩しい。


:トカゲ?

:ドラゴンとは呼べないような……

:角無いしトカゲでしょ

:うん

:デカすぎて怖いよ


 静かに口から息を吐きながらこっちに向かって歩いてきているけど、明らかに殺気ビンビンだし、どうやって襲い掛かろうか悩んでいる風にしか見えない。


「ちんたらしてるんじゃないよ」


 相手の様子なんてお構いなしに、婆ちゃんはいつも通り神速で接近した。さっきのクリスタルの騎士の硬度が頭に残っているのか、今度は蹴りではなく至近距離から魔力の塊を弾き出すようにしてトカゲの顎に叩き込んだ。


「『大百足』」


 婆ちゃんの先制攻撃を合図に、俺が大百足を召喚して突進させる。相沢さんも同じように盾を構えながら一気に接近していき、神代さんが手から稲妻を走らせる。

 トカゲは婆ちゃんの魔力弾を受けながらも対して効いている様子はなく、突っ込んできた大百足を前脚で取り押さえてから頭を噛みちぎり、相沢さんには口から結晶を吐き出して牽制。神代さんの稲妻に関してはそもそも防御の姿勢を取ることすらしていない。

 流石に最下層のモンスターなだけあって、一筋縄ではいかなさそうだ。ちょっと本気を出さないと攻撃が通らなさそうなので、配信のコメントは見ていられない。腕時計の電源を落として戦闘に集中しよう。


「か、硬い……また大規模な魔法使う?」

「いえ、あれはそんな魔法放っただけで死んでくれるように見えませんけど」


 俺と神代さんがどうしようと相談している間に、相沢さんが片手直剣を魔力で強化しながら斬りつけているが、結晶で作られた身体に有効打を与えることができていない。


「生意気なトカゲだね」


 さてどう攻めようかと考えていたら、婆ちゃんがおもむろに両手を前に突き出した。なにをするつもりなのかと思ったら、周囲の壁に生えていた水晶がバキバキと音を立てながら婆ちゃんの前に集まっていき、一つの塊となった。


「上手く避けなっ!」

「わかってます!」


 集められた結晶の塊を、自身の魔力で強化した婆ちゃんはそれを水晶トカゲに叩き込んだ。雨のように降り注ぐ水晶の欠片一つ一つが、洞窟の地面に陥没するような威力のなか、相沢さんは退くことなく水晶トカゲに近づいていき、右手に持っていた剣を突き出した。平凡な突き攻撃では水晶トカゲに傷を与えることなんてできないが……相沢さんが突き出した剣の先から圧縮された魔力の刃が飛び出していき、水晶の鎧を砕きながらトカゲの脇腹を貫いた。

 いやぁ……2人ともやっていることが割と滅茶苦茶じゃないか?

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