第84話

 相沢さんの一撃で殆ど勝負は決していると言えるだろう。ここまで来ると勾陳はもう必要なく、後はなんとかとどめを刺すだけだ。


「水晶の中から血が出てるよ?」

「水晶のトカゲじゃなくて、水晶を纏ったトカゲだったってことですね」

「じゃああの脇腹を狙えばいいんだね!」


 鎧に穴を空けられたトカゲとしては、そこが致命的な弱点になることをわかっているので、当然ながらそこを守りながら戦ってくるだろうけど……そもそもこっちは4人である以上は時間の問題だ。


「『白虎』」


 俺の出せる最速の式神である白虎ならば、婆ちゃんや神代さんの動きを阻害せずに動くことができる。白虎は召喚された瞬間に自身の魔法を使用して、鋼を身体に纏っていく。鋭利な爪に被せる様に新たな鋼鉄の爪を作り上げ、全身を守るように鋼鉄の鎧を纏う姿は、機械の怪物って感じだ。なんか、こういう動物型の機械ってアニメとかによく出てくるよね。

 婆ちゃんが床を割りながら神速で動き出すのと同時に、白虎も同等ぐらいの速度で走り出す。狙いは同じ、相沢さんが穴を空けた脇腹。


「うぇっ!? 魔法弾かれたんだけど!?」

「『青龍せいりゅう』」


 自身の危険を察知したトカゲは、脇腹を隠すように丸まってそのまま相沢さんを押し潰そうと転がり出した。ただでさえデカいのに、水晶で魔法を弾きながら転がって暴れられると面倒だ。神代さんが放った風魔法も容易く弾いてしまうぐらいの装甲を貫くには、やはり相沢さんがなんとかするしかないか。

 まぁ、ここでの俺の役割はあくまでサポートだ。火力は他の3人が補ってくれるなら、俺はその3人が戦いやすいようにサポートしてやれば勝てる。

 召喚した青龍は白虎と同じく四神と呼ばれる四方を守護する神獣。東方を守護する青龍は緑の体色を持つ、胴体が長いみんなが思い浮かべる龍の姿。五行思想で言うところの「木」を司る青龍が操る魔法は、当然ながら樹木を操るもの。


「足元に気を付けてくださいね。ちょっと樹を生やしますから」


 転がってくる巨大な生物を止める方法で、俺が真っ先に思いついたものがこれだった。青龍の力によって地面から生えてきた巨大な樹木が、トカゲとぶつかる。当然ながらただの樹木ではトカゲを完全に止めることは不可能だが、青龍が操る樹木はただの樹ではない。ミシミシと音を立てながらもトカゲの回転を受け止め、四方八方から根を伸ばして四肢を拘束して引っ張る。


「脇腹見えた!」

「白虎!」

「これで狙いやすくなった訳だね」


 婆ちゃんが真っ先に反応して、脇腹に向かって爆裂する魔力弾を叩き込んでいた。なにをどうしたら属性を付与していない魔力弾であんな威力が出るのか、俺には全く理解できないが、婆ちゃんの一撃でトカゲの肉片が飛び散っていた。

 婆ちゃんが離れると交代するように白虎が爪を突き立ててトカゲを貫通していった。ダメ押しに、相沢さんが再び魔力の刃を飛ばして頭を叩き割り、神代さんの良く解らない落雷のような魔法が割られた鎧の間から肉を焦がしていった。


:オーバーキルだろ

:かわいそう

:ちょっとは善戦したからいいだろ

:これが最下層攻略ってマジ?

:さっさと日本中のダンジョンを攻略すべきでは?

:俺もそう思う

:なんか不都合でもあるんですかねぇ

:政治家なんていつも利権でしょ


 もう終わったなと思って腕時計の電源を付けてコメント欄を見ると、ものすごく速度で外国語のコメントが大量に流れているのに対して、常連だと思われる人たちのコメントはものすごいのんびりしている印象を受けた。


「あー! つーくんが余所見してる!」

「余所見もなにも、もう終わったじゃないですか」

「終わったからいいって考えが、もう若者の携帯依存症みたいだね」


 やかましいわ。確かに現代人は隙あらば携帯端末見てるけど、婆ちゃんが若い頃から若者の携帯依存症がとかやってたんだから一生治らないってこんなの。

 そもそも、今回の俺の役割は完全な裏方サポートだったんだから、ちょっと携帯見るぐらいいいでしょ。


:如月君見てるの?

:いぇーい!

:露骨に嫌そうな顔してて草

:おい誰だよいぇーいとか陽キャみたいなことしてた奴

:この配信に陽キャがいるのか?

:そんなのいたら追放だぞここは陰キャコミュニティだ

:陰湿過ぎて陰キャって感じ


「上のマスコミとかどうなってるんでしょうか」

「盛り上がってるんじゃない? 私としては、100階層ぐらいあると思ったのに……81階層で終わってつまんないよ!」

「まぁ、あくまで想定だからね」

「馬鹿騒ぎしてないで、この死体をどうするか考えな!」


 そうだった。最下層のモンスターなんて高山ダンジョンの蟹しか知らなかったけど、このトカゲも完全に絶命しているのに死体が消える様子がない。最下層のモンスターは絶対に死体が残るって訳ではないはずなんだが……だって海外のダンジョンでは、最下層のモンスターでも死体が消えるみたいな話あったし。


「わぁ……この水晶の純度いいなぁ……盾を作り替えられそう」

「また盾新調するの? 相沢さんって盾好きだね」

「そうかな? でも、ダンジョンに潜る中でもっとも信頼できる防御手段だよ?」

「私は普通に防御用の魔法展開すればいいかなー」


「これ……この大きさを全部は無理では?」

「ごちゃごちゃ言うんじゃないよ……とは言え、無理なものは無理かね」

「水晶だけにしておいた方が無難だと、思います」


:あー札幌ダンジョン完全制覇されちゃったね

:EX怖いなぁー

:誰か新しいEX増えないかな

:あの戦い見ても増えると思う頭を疑うわ

:あんなの増えられても困るだろ

:いや、EXって本当にたまたま生まれたバグで構成されてるんだなって

:リーマンが一番地味なことしてる

:地味(クソ硬い水晶貫通)

:地味ってなんだっけ

:地味な奴はよくわからない突きを衝撃波みたいに飛ばしたりしない

:もうニュース記事になってて草

:速報じゃん

:海外でも既に大騒ぎらしいから、明日は札幌ダンジョン制覇のニュースで一日終わるぞ

:映像もいっぱい残ってるしな


 なんか、外も騒がしくなっているらしい。俺と相沢さんの配信があるから、協会もいつダンジョン攻略が終わったのかは把握できていると思うけど、そもそも精鋭の人たちでも80階層までお迎えに来れないから、俺たちは水晶を回収しながら自力で帰るしかないのだ。

 面倒くせぇ……ダンジョン内に一気に下まで行けるエレベーターとか作れないかな……掘削しても勝手に修復するから無理か。ダンジョンって帰りの登る時が一番面倒なんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る