第82話

「……なにここ」


 太裳にマップを記録させながらひたすらにダンジョンを歩き、79階層から80階層へと繋がる階段を降り切ったら、だだっ広い空間に出た。天井もそれなりに高く、今まで歩いて来た狭い洞窟とは大違いだ。


「向こう側に階段見えますか?」

「……あるね」

「あるなら最下層ではなさそうですね」


:びっくりした

:76階層から4つ進んだだけで最下層とかだったら笑った

:ありえなくはないんだけどね

:そういう話、海外でなかった?

:最高到達階層の1つ下が最下層だったって話あったな


 ダンジョンの最下層がどこにあるのかなんて、実際に行ってみないとわからない。だから、最高到達階層の1つ下がそのまま最下層だとしても、降りて見なければわからないというものだ。まぁ、深層とかだと1つ降りるだけで命がけのことも少なくないから、たった1つとはあんまり言えないんだけども。

 それにしても、ぼんやり光っている鉱石は相変わらず地面から生えているけど、空間の印象としては渋谷ダンジョンの75階層を思い出す。あそこも突然出てくる広い空間に……強力なモンスター。


「あ」

「ん?」


 神代さんの口から漏れた言葉に反応して前を見ると、全身がクリスタルで作られたかのような騎士像がいた。いや……像ではなく、あれはモンスターだろう。多分だけど、ゴーレム系のモンスターの一種で、魔法を散らすそこら辺のゴーレムと同じ様な力を持っていると思われる。大きさとしては、3メートルあるかないかぐらいなので、そこまで大きいとは思わないが……深層で大きくないモンスターってのは大体面倒くさい奴が多い。


:かっこいい

:ロマンがあるな

:クリスタルの騎士像とかくそかっこいいな

:強そう

:動くのかな?


「取り敢えず、初めて見るモンスターだから様子見──」

「先手必勝!」

「ですよね」


 うん……神代さんと婆ちゃんにそんな理性的なことを求める方が無駄だったかもしれない。神代さんは目が合ったら襲うだろうし、婆ちゃんは敵だと分かれば容赦などなく最初から全力投球の人だ。

 神代さんより後から動き出したはずの婆ちゃんが、先に騎士へと近づいていつも通り顔面に蹴りを叩き込んだ。しかし、そこら辺のゴーレムと違って婆ちゃんの蹴りを受けてもびくともしていない。続いて神代さんが放った炎を圧縮した熱線も、雑に盾で遮られていた。


「少しは戦い甲斐のありそうなのが出てきたね」

「うーん……もうちょっと火力上げた方がいいかな?」

「……私が前線に出ますよ。如月君は援護お願いね」

「了解です」


:EXに対抗できる敵が来た?

:ついに本番か

:ちょっと緊張してきた

:この4人で攻略できなかったダンジョン攻略は未来永劫不可能だろ

:未来永劫は言い過ぎ

:数百年は無理かもしれない

:それはそうかもしれないから何とも言えない


 魔力を散らす特性がある以上、神代さんの魔法でそのまま貫くのは難しいはず。そうすると、物理的な攻撃に頼ることになるんだけども……婆ちゃんの蹴りを受けても効いているような仕草は無いし。


「太裳、相沢さんのサポートを頼む」

『了解しました』

「『貴人』」

『待ってました!』


 うるさい。


:うわ出た

:草

:視聴者も最初は美人だなーぐらいの扱いだったのにどうして

:自業自得では?

:式神の癖に自我が強すぎるのが悪い

:え、如月君初見の私にはただの美人にしか見えないけど

:そのうちわかる


 クリスタルの騎士は、近づいて来た相沢さんに対して剣を振るい始めた。動きはそこまで速くないようだが、剣の衝撃で地面が簡単に割れているのを見ると、攻撃力は高そうだ。とは言え、同じ剣と盾を使う攻撃方法で相沢さんが負けるとは思わないので、俺は素直に後ろからの支援に徹する。

 婆ちゃんは相沢さんと騎士が1対1で戦い始めた瞬間から、隙を見て高速で蹴りを何度も騎士に叩き込んでいる。効いて無さそうなものだが、何度もやっているということはなにかしら感じるものがあったんだろう。


「……なに、してるんですか?」

「え? 魔法使おうとしてる」


:ひぇ

:なにそれ

:太陽でしょ(思考放棄)

:なんで掌に太陽作り出してるんですかね

:怖いよこの人


 なんとなく気温が上がったなと思って後ろを振り返ったら、神代さんが頭上に手を掲げていた。そして、その手の先にはバスケットボールぐらいの大きさがある炎の塊。

 なにをしているのかと聞いたら、当然のように魔法と言っているが、こうやって俺が喋りかけている間にも手の上にある火球は大きくなり続けていた。


「いやーちょっと火力足りなかったかなと思って、もっと強くしようと」

「……貴人、あの炎の制御頼む」

『またこの女ですか。やれやれ……何度主様に迷惑を掛ければ気が済むのか』


 それに関してはお前もなんだけどな?


:何言ってんだこいつ

:お前もだよ

:流石十二天将だぜ……ブーメランの精度も完璧だ


『相沢殿、どうやら背後で神代殿がまた無茶な魔法を使おうとしていますので、背後にお気を付けください』

「う、うぅん……なんで深層の探索してて、味方が後ろにいるはずなのに背後に気を付けないといけないんだろう」

『仕方ありません。神代殿も主殿も適当な性格をしていますから』

「それはそうなんだけどね?」


 おい、太裳。お前は俺の式神なんだから、どれだけ離れた場所で会話していても、内容が頭の中に響いて来るんだからな? そして俺の式神なんだから俺のことをボロクソに言うな。視聴者に聞かれてたらまた俺が色々言われるだろうが。


「いっくよーっ!」


 既に半径が数メートルぐらいの大きさにまで成長している炎の塊を、神代さんは一瞬で野球のボール程度まで圧縮した。圧縮しすぎてちょっと揺れているし、白い光が漏れているような気もするが……あんなもの無造作に放っていいのだろうか。そんな俺の心配なんて知らない神代さんは、貴人のサポートを受けながらも圧縮した炎をクリスタルの騎士に向かって放った。


「うわっ!?」

「『勾陳』」


 洒落にならない威力になりそうだと咄嗟に思ったので、勾陳を召喚して全員を結界で保護する。それと同時に、圧縮された炎はクリスタルの騎士が持つ盾にぶつかり炸裂した。

 結果的に、神代さんの放った圧縮炎魔法は札幌ダンジョンの80階層を一瞬で焼き尽くした。

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