第77話

「札幌ダンジョンの最高到達階層は、76階層……人類が観測したもっとも深いダンジョンの階層はドイツの首都ベルリンのダンジョンで、その深さは97階層だ」

「先日、如月君と神代さんが渋谷ダンジョンで更新した86階層が、観測された日本でも最も深い階層だけど……札幌ダンジョンはそれ以上を想定しているんだ」

「……つまり、なにが言いたいの?」


 ドーナツを食べながら適当に手を挙げた神代さんに対して、説明していた獅子島さんと相沢さんが同時に溜息を吐いた。婆ちゃんは我関せずって感じで、周囲にいるランクがAやSである探索者たちも呆れていた。


「日本史に残る挑戦になると言うことだよ」

「へー……でも、なんで急に?」

「私がそろそろ引退するからだよ」

「えぇっ!? 神宮寺さんがっ!?」


 普段からふらふらとしていて真面目に働いていない神代さんだが、婆ちゃんに対して持っている尊敬の感情は本物である。なにせ、俺が婆ちゃんの推薦でEXになる時に、当時まだランクがAだった神代さんが絡んできて、そのまま殴り合いになったのが知り合った原因だからな。ちなみに、因縁つけられた原因は婆ちゃんが俺のことを後継者だと宣言して、婆ちゃんに憧れと尊敬の念を持っていた神代さんが納得できなかったからである。


「い、引退って……絶対に私より強いのに」

「それはそう」

「小娘が当たり前のこと言ってんじゃないよ」

「えぇ!? ちょっとは私の実力を信じてもいいんじゃないの!?」


 いや、この間殴り合ったばかりだから言うけど、この人引退するとか口では言ってるけど、動きは全く衰えてないから。そもそも、婆ちゃんと神代さんは戦闘スタイルがそれなりに似ているのに、婆ちゃんには唯一無二の高速移動があるから無理でしょ。


「会議を続けるぞ……札幌ダンジョンは氷に閉ざされた洞窟であり、出現するモンスターは無機物のような姿をしたものが多い。協会が定義する「ゴーレム系」と呼ばれるモンスターだ」

「私が普段から使っている魔力を周囲に散らせる盾の素材元……クリスタルゴーレムなんかが代表的なモンスターだね」

「えー……あのゴーレム魔法効きづらいから嫌い」


 魔力を周囲に散らせる特性を持っているのに、効かないじゃなくて効きづらいで済んでいる時点でおかしいんだけどな。

 そんなことより、俺にとっては非常に大事なことがあるんだ。


「獅子島さん、その攻略って配信しちゃ駄目なんですか?」

「…………これだからEXは」


 え、獅子島さん今、しれっと俺のこと問題児扱いした?


「別にしてはいけない訳ではないが……なんだ、もう少し協調性をだな」

「映像記録として残すには丁度いいと思いまーす」

「考えたこともないようなこと言うのやめてもらっていいですか?」

「つーくんはどっちの味方なの!?」


 常識人の味方だよ……すなわち、俺は基本的に相沢さんの味方なのだ。


「いいんじゃないですか、獅子島さん。日本はキチンと活動しているということを知らしめる為にも、如月君の持っているチャンネルの影響力は無視できません」

「私はネットなんて詳しくないけどね、人に見られる部分が多ければ多いほど、不正もしにくくなるってものだよ」

「…………個人としては許可してやりたいが、協会のトップとしては国から意見を貰わないと判断はできない。だが、可能な限り説得して見ると約束する」


 やった。

 渋谷ダンジョンと八王子ダンジョン以外のダンジョンも映せるし、映像としても残しやすくなる。なにより、未到達の階層に足を踏み入れる楽しさを、また視聴者の人たちに見せることができる訳だ。これが楽しくて仕方ない。


「攻略日には、探索者ランクAとSの精鋭で構成した後詰の部隊も背後から向かわせる。EXの4人には先に進んでもらいたい……未開拓の深層は非常に危険な場所だ。くれぐれも注意してくれ」

「未開拓の深層なんて慣れたもんだよ。私がどれだけ国に深層の単独調査を任されたと思ってるんだい」

「あはは……如月君は無駄に先行しないように。神代さんはダンジョンを破壊するような魔法を無暗に放たないようにね」


 え、俺の信頼度って神代さんと一緒に注意されるレベル……かもしれないな。そもそもパーティーで深層に潜るなんてマジでしたことがないから、足並みを揃えるのは苦手だし。とは言え、突出した動きをしないように相沢さんと婆ちゃんの動きに合わせればいい訳だから……なんとかなるか。

 EX4人での行動となると必然的に相沢さんが前衛で、俺と婆ちゃんが中距離からの行動……そして神代さんが後方からの魔法支援って感じか。神代さんが一番後ろとか不安だな。


「配信できたら凄い数の視聴者が集まったりするのかな?」

「……神代さん、ちゃんと相沢さんの言ってたこと聞いてましたか?」

「聞いてたよ。後ろからガンガン魔法撃てばいいんでしょ?」

「聞いてないじゃないですか」


 なにが「聞いてたよ」だ。

 いや、ダンジョンの攻略としては神代さんが長距離からガンガン魔力を放つのが得策なのかもしれないけど、この人はそれでダンジョンを豪快に破壊するからな。


「攻略日は諸々の準備期間も考えて、一週間後……8月の最終日である31日とする」

「夏休み最終日じゃない?」

「いえ、もう一週間あるので」

「そうなんだ。私は大学辞めたからフリーだよ!」


 あーはいはい。マジでなんのために大学に進学したんだあんたは……いや、聞いても碌な答えが返ってこなさそうだから絶対に聞かないけど。

 にしても、札幌ダンジョンか……最後に行ったのはいつだろう。マジで1年ぐらい行ってないからな。

 EXの探索者となってから初めてとなる、国からのダンジョン攻略依頼になる訳だが……はっきり言ってやっていることが国から依頼されて深層に行くのとそんなに変わらないから、緊張もしなければ特別ななにかを感じることもない。ただ、未知の階層に足を踏み入れることができるということだけが、楽しみだ。


「……全く、小娘は足を引っ張るんじゃないよ」

「わかってますよ! 相沢さんもつーくんもいるから大丈夫です!」

「なにが大丈夫なのかわからないけど、私も精一杯頑張りますよ神宮寺さん」

「お前の心配なんて最初からしてないよ。私は小娘が好き勝手にしないか気にしてるだけさ」

「うぐぐ……」


 まぁ、この人たちと一緒ならなにが起きても大丈夫か。最下層がどれぐらいの深さか知らないけど、日帰りで終わりそうで助かるよ。

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