第76話

「どうやればそこまで強くなれるんですか?」

「その若さでどうやってここまでの力を……」

「あの、いつも配信見てます!」


 打撃による骨の痛みも引いていたので、道場に戻ったらすぐに周りを取り囲まれて質問攻めをされてしまった。強くなる方法なんて、個々人に正解があると思うから俺じゃなくて師範をやっている婆ちゃんに聞いてくれ。

 俺は生まれつき他人より遥かに多い魔力量を持ってて、それを有効的に扱う方法を婆ちゃんに教わり、最終的に式神術による降霊術でEXになった。だから俺が教えられることは、あくまで俺が婆ちゃんから教わったことであって自分でなにかを体験したと言うのは実は少ない。


「力をつけるのに近道なんてある訳ないだろう。こいつは最初から最強だっただけだよ」

「いや、そんなことは──」

「だまらっしゃい……こいつは生まれつきの才能を適切に使う方法を知らなかっただけ。あんたらはそもそも最初の才能が足りないんだから努力で補うんだよ」


 いや……婆ちゃんの中での俺の扱いって、身体能力が高い野生児みたいなもんだったんだな。野生児の俺が現代の武術を身に着けた、みたいな?

 弟子の人たちは、なんとなく納得できているような大人の人たちと、なんとなく納得できていない若い世代にくっきりわかれていた。でも、これ以上婆ちゃんがなにかを言うことはなく、さっきまでと同じようにどっかりと座って道場全体を見渡していた。

 俺が今回この道場に呼ばれた理由なんて知らないけど……まぁ、婆ちゃんとの一対一が終わったから、普通に希望者と一対一でもやるかな。



 結局、一日中希望者と組手をしていた。途中から木刀無しで組手をしていたけど、はっきり言って少しでもやる気を出そうと思える相手はいなかった。まぁ、いたらいたで凄いことだから、別にこれでいいのかもしれないけど。でも、俺と組手をしている最中にどんどんと動きがよくなっていく人というのは、少ないが確かに存在していた。彼らみたいな探索者が、きっと優秀な上位の探索者に成長していくのだろう……多分。


「ん?」


 道場から車で送ってもらい、家に帰ってきた時に携帯にメッセージが入っていることに気が付いた。何件か来ているけど多分、俺にしっかりとしたメッセージを送ってくる人なんて朝川さんぐらいだろうな。


【そろそろ夏休みも終わりだね】

【それでさ、私……今年は海行ってないなーと思って】

【司君もダンジョンしか行ってないでしょ?】


 えーっと……これはどう反応すればいいんだろうか。いや、わかるよ、朝川さんがなにを言いたいかはわかっているつもりだ。要は、一緒に海行かないって話だろう。最近は8月が終盤になっても全然猛暑日が続くような暑さだから、海に行くことはなんの問題もないと思う。一番の問題は、俺が朝川さんと2人で海に行けるかどうかという話だ。

 そんな……陽キャみたいな遊び方できるか? 俺が……朝川さんと一緒に海に行く?


【2人きりだよ?】


 それ、余計な情報です。いや、2人きりじゃないよって言われてクラスメイト連れてこられる方が、俺としてはキツイけども。友人が共通の友人ではない相手と喋っている間、待ちぼうけになるような現象があるけど……絶対ああなると思う。友人なんていたことないから知らないけど。


「どう、返信すれば……」


 いっそのこと、最初からちゃんと断っておけばいいのでは?

 行ってから後悔するぐらいなら、ちゃんと理由を説明してしっかりと断っておけば朝川さんも不快な思いをせずに済むのではないだろうか。よし、これで行こう。


【海が苦手なら別に海じゃなくてもいいよ? 水族館とか】


【水族館にしましょう】


【そんなに嫌なんだ】

【ちょっと笑っちゃった】


 ふぅ……なんとか普通のお出掛けに格下げすることに成功した……本当に成功したか? 水族館ってカップルがデートする場所の定番みたいな感じあるけど、俺ってもしかして誘導されたんじゃ。

 いや、俺の考えすぎだな。勝手に想像を膨らませて変な方向に思考が飛んで行ってしまうのは、陰キャの悪い癖だ。


【じゃあ水族館デートね】


 大丈夫…………騙されては、ないはずだ。

 はぁ……それにしても、水族館か……小学生の時に遠足で行ったきりな気がするな。いや、普通に自分の足で通うような場所ではないと思うんだ。別に嫌いな訳じゃないけど、わざわざ1人で魚を見に行くために水族館に通うって言うのは、ね?

 朝川さんからのメッセージに返信し終えて、ようやく終わったと思ったら新しくメッセージが届いた。なにか言い忘れていたことでもあったのかな。


【おいーすつーくん】


【手短にお願いします】

【どうでもいい要件だったら無視しますからね】


 先制攻撃しておく。

 この人は話が長いのに中身がなかったりするから、あんまりメッセージでやり取りするの好きじゃないんだけど。


【私のことなんだと思ってるの?】

【今度の依頼のことだよ】


 今度の依頼?

 俺、基本的に依頼なんて聞いてないから知らないんだけど……いつのこと?


【知らないです】


【本当?】

【そろそろ札幌ダンジョンを最下層まで攻略しようって話が上がっててね】

【それにEXを全員投入しようって話らしいよ】


 は? 正気か?

 いや、でも日本はダンジョン大国でありながら、神宮寺楓が高山ダンジョンを攻略して以来、一度も他のダンジョンを攻略したことが無い国で、他のダンジョン大国と比べても、人手不足などもあってダンジョン攻略に積極的ではない国だと言われる。

 国としてはそろそろ一つぐらい攻略して、自分たちがダンジョンをちゃんと攻略していますよという姿勢を見せておきたいって感じだろう。札幌ダンジョンが選ばれたのは……恐らくかなり攻略が進んでいるダンジョンだから。


【わかりました】

【信濃さんに色々と聞いておきます】


【私じゃなくて?】


【貴女に聞くぐらいだったら相沢さんに聞きます】


【酷くない!?】

【もしもーしつーくん?】

【つーくん?】


 はいはい、終わり終わり。

 あの人、重要な話は覚えていたりするからいいけど、細かいことなんて絶対に覚えてないから詳細は別の人に聞くわ。

 それにしても、攻略に乗り出したダンジョンが札幌ダンジョンか……本当に攻略できたら、人類としてはかなり久しぶりの、になるのか。責任重大だな……朝川さんには悪いけど、水族館はもっと時間が空いた日にしてもらおう。

 もし今回の札幌ダンジョン攻略が本当だったら、神宮寺楓にとって現役最後のダンジョン攻略になるかもしれない訳だな。ちゃんと……準備するかな。

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