第75話

 平然と音を置き去りにしながら高速で移動する婆ちゃんを、こちらから捉えて攻撃するのは現実的ではない。俺も動体視力がギリギリ追い付くだけで、あの速さに追い付くような移動と攻撃は不可能。つまり、必然的に俺が取れる対抗策は……カウンター!


「私の動きに対応できるつもりかい?」

「っ!」


 婆ちゃんの凄まじい所は、急停止と急加速になんの予兆もない所だ。音を置き去りにする速度を出しながらも、止まる時には全く隙も見せなければ制動距離なんてものも存在しない。婆ちゃんがどうやって高速移動をしているのか、その原理を知っている方からすると、当たり前の話ではあるんだが。

 高速移動と素手を中心に戦っている婆ちゃんだけど、本来の戦闘方法は攻撃魔法を中心とした戦い方だ。式神術を使えない俺と、攻撃魔法を使えない婆ちゃんで、互いに得意分野を縛っている状態だけど、さっきまで戦っていた道場の探索者たちとは比較にならない程に婆ちゃんは強い。

 普段から魔法を行使して戦っているだけあって、魔力の循環があり得ないぐらいに上手いこと。そして、魔力の操作が完璧でその速度も異常なこと。さっき戦ったお兄さんは普段から拳で戦っていたから足への操作が覚束ない状態だったけど、婆ちゃんは普段は魔法で戦っているはずなのに、全身での攻撃があり得ないぐらいに鋭い。


「いいね……まだまだ上げていくよ」

「勘弁してくださいよっ!?」


 正拳突きを避けて即座にカウンターとして振った木刀は空を切った。自分の直感に従ってその場から飛び上がれば、空気を切り裂くような音と共に足が通り過ぎ、着地と同時に木刀を背後に向かって振るえば簡単にいなされた。

 こちらも魔力の循環と操作を全開にして踏み込む。全力で振り抜いた木刀の先が、婆ちゃんの道着を掠ったような感覚があった。その感覚を手で感じると同時に、側頭部を守るように出した左手に衝撃が来た。


「っ!? 絶対折れたっ!」

「折れてない」


 防御した左手が滅茶苦茶痛い!

 けど、動きを全く捉えきれていない訳じゃない。このまま押し切られる前に、こっちから攻撃以上のカウンターを叩き込むしかない。もう、道場の中だから手加減しないといけないなんて考えは、消えた!


「ひぃっ!?」

「ば、化け物だ……」


 婆ちゃんと俺が同時に踏み込んだ衝撃で、道場全体が揺れて足跡の形に床が砕けた。婆ちゃんが音を置き去りにして動くように、俺もできるだけ高速で走り出す。そのまま待っていた方がカウンターはしやすいだろうけど、俺から動くことで攻撃される方向を狭めたい。

 圧縮された時間感覚の中で、婆ちゃんがゆっくりとこちらに掌底を突き出してくるのが見える。それに対して木刀を振ったら半ばから木刀をへし折られてしまったが、そのまま残った柄の部分を婆ちゃんの鳩尾に叩き込む。完全に入ったと思うと同時に、木刀をへし折った掌底が勢い衰えることもなくこちらの脇腹にねじ込まれた。これは……やばい。


「うわぁっ!?」


 痛い……普通に意識が揺さぶられるぐらいの衝撃を受けて、呼吸が安定しない。流石に骨にひび入ったかもしれん。衝撃で観戦席横の壁を貫通して道場の外まで飛ばされたし……でも、今回は痛み分けって感じかな。


「そ、そこまで! 大丈夫ですか神宮寺さん!」

「師範と呼びな……随分と久しぶりに、いいの貰っちまったよ」

「ふぅ……マジで痛い」

「クソガキめ……老人の鳩尾に、遠慮なく木刀を叩きつけるんじゃないよ」


 なにが老人だ。流石に婆ちゃんもちょっとふらついてるけど、そのまま続行できそうなぐらいの体力は残ってるじゃないか。まぁ……こんな狭い道場じゃこれ以上の戦いはできないかもしれないけど。


「ど、道場の床を踏み壊してる……」

「これが、EXの戦い、なのか?」

「若いだけあって、如月司の方が強いのか?」

「いや、神宮寺師範は攻撃魔法を一切使っていないから……」

「そんなことを言ったら、如月司だって魔法は一切使っていないぞ」


「無駄話はそこら辺にしな。続きを始めな」

「俺は少し休憩しますよ……」


 いやー……骨にダメージが入るほどの戦いなんていつぶりだろうか。最近はダンジョンの中で傷を負うような戦いだってしてないからな……いや、でも対人間はやっぱり苦手だな。


「ふぅ……もう私より強い」

「またその話ですか?」

「事実だよ。これがなんの制限もない戦いだったら、勝ってたのはどっちかわかるだろう」

「どうでしょうね」

「ボケるには若いだろうに……式神術はそれだけの力がある」


 まぁ……婆ちゃんが持ってきた式神術に関して書かれていた本、実は秘蔵って書いてあったしな。多分、普通は他人に見せちゃいけないものだと思うんだよ。


「私はあんたを最初から後継者にする気で、EXに推薦したんだ。さっさと最強の名を背負うんだね……いつまでも老骨を働かせるんじゃないよ」

「いやぁ……」


 だって日本最強の名前を背負うことになったら、俺が代表として色んな人と喋ったりする訳でしょ?

 ちょっと俺にはハードルが高いかなぁって……思うんだけども。


「私はそろそろ引退かね」

「え」


 それは、協会がペコペコ頭下げながら縋りついてくるぐらい止めに来ると思うけど。今の世界において神宮寺楓の名前がどれだけ日本のブランド力を高めているのか、それを理解していない訳ではない筈だ。はっきり言って、俺が単純に実力で勝って日本最強になったところで、長年君臨し続けてきた神宮寺楓のインパクトを塗り替えることはできないと思う。


「最後に札幌ダンジョンでも攻略しようかね」

「いや、それをしたら余計に引退できないと思いますけど」


 それ、野球選手が引退試合で全打席ホームラン打つぐらいのインパクトだと思うんですけど。そんなことしたら当然、なんで引退するのって言われるに決まってますよね。本当に引退する気ある?


「とは言え、EXもそこまで増えないし……しばらくは私も現役かね」

「……そうポンポンEXが増えたら困ると思いますよ?」

「ここ数年で2人増えてるんだからもう少し増えると思ったんだけどねぇ」


 それを言われるとなんとも言い辛いけど、俺と神代さんは別として考えてくださいよ。アメリカぐらいの国土が広い国だってEXは10人もいないんですから、日本の面積で4人いたら充分では?


「はぁ……軟弱な奴も増えて来たし、私も本腰入れて鍛えないといけないかね」

「……これ以上厳しくしたら死人がでますよ?」


 この道場はただでさえ、修行とかきつ過ぎて辞める人が大量に居るのに……今から更に厳しくしたら更に人が減ると思うんですけど。

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