第74話

「ちょっと面貸しな」

「え、えぇ……?」


 突然とんでもないヤンキーに絡まれたかと思ったら、婆ちゃんだった。いや、昔からそこらの不良より余程怖い感じの人ではあったけど、相変わらず強引と言うか……やっぱりこの人と結婚した旦那さんはとんでもない聖人か仏だと思う。


 神宮寺楓……日本のダンジョン黎明期の時代から探索者として桁違いの実力を発揮し、日本で唯一となる最下層までのダンジョン攻略を経験している探索者。その実力と【最速の探索者】という二つ名は国内外問わずに有名で、ダンジョン大国Japanで最強の名をほしいままにしている現役の怪物。


「……それで、急にどうしたんですか?」

「うちの生徒共の相手をして欲しいのさ」

「俺が、ですか?」


 生徒、というと謎な感じがするが……神宮寺楓はダンジョン探索者を養成する特別な道場のような場所で師範をしている。俺は別に生徒として行ったことは一度もないんだけど、国内では最大級の養成所らしくとにかく生徒の数が多い。

 相手をして欲しいというのは……恐らくだが簡単な組手の相手ぐらいな感覚だろう。まぁ、それも別に婆ちゃんがやればいいだろとか思ってるけど。


「言っておくけど、本気でやりな」

「え」


 自慢じゃないけど、俺が本気でやったら大抵の探索者は一瞬で倒せると思うんだけど……どうなんだろうか。

 そんなことを思いながら車に揺られて運ばれた先で、俺は普通に受けたことを後悔している。


「なんで、ランクCとかBの相手なんですかね……」

「次」


 普通に騙されたような気持ちで手の中にある木刀を触っていると、婆ちゃんの道場に響くような声と共にガタイのいい男の人が前に出てきた。どうやら素手らしいけど……俺は木刀使っててもいいのかな。婆ちゃんが何も言わないからいいか。


「よろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」


 それで、俺が相手することになっている実力者たちは、この道場出身の高ランク探索者たちらしい。でも、普通に観戦席に俺と同い年ぐらいの若い探索者たちがいっぱいいるから、普通に見せて参考にする為でもあるんだろう。

 俺が個人的に見つけた才能のある人を育てているように、婆ちゃんもやってくる人をみんな育てているんだろうな。それで、新規の探索者希望の人たちに対して年齢の近い俺の戦いを見せようって話か。


「始めっ!」


 審判の人の言葉と同時に、ムキムキのお兄さんが距離を詰めてきた。ちなみに、この組手で禁止されているのは攻撃系の魔法だけ。つまり、目の前のお兄さんも魔力の操作と循環をガンガン使っている訳だ。

 振り抜かれた右ストレートを後ろに下がるような最小の動きで避ければ、それに反応してすぐさま回し蹴りが飛んできた。こういうところがモンスターの戦いとの違いなのかな。まぁ、普通に左手一本で受けられるぐらいだけど。


「なっ!?」

「隙だらけですよ」


 本気でやれと言われたからな。年上のお兄さんとはいえ遠慮せずにやらせてもらおう。俺の警告に反応して防御しようと腕をクロスしたので、その上から左手で掌底を叩き込めば、簡単に道場の壁まで吹き飛んでいった。


「そこまで!」

「……普段から拳に魔力を集中させて、振るっているんだと思いますけど、咄嗟に出た足は少しお粗末な出来でしたね」

「ぐぅ……あ、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

「次」


 こんなんでいいのかな。婆ちゃんは座ってずっと試合を観てるだけで、発する言葉は前の相手が倒された時の「次」の掛け声だけだ。


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「始め!」


 次に出てきたのはさっきよりもほっそりとしたお姉さんだった。両手に短い木刀を持ちながら、ゆらりと構えたら緩急をつけて急速に近づいて来た。人間の錯覚に訴えかけるような動きで、明らかに知性がある相手を想定したような動きに見える。まぁ、かなりの速度で出される連撃も婆ちゃんに比べてしまうと全然なので、木刀を使わずに左手だけで対応できる。


「っ!?」

「お」


 連撃が効かないと判断した瞬間に左手に持っていた木刀を即座に投げてきた。まぁ普通にそれも左手で防いで、木刀を死角にして詰めてきたお姉さんのもう片方の木刀は、魔力を流して強化した木刀で真ん中からしたけど。


「……は?」

「終わりです」

「……ま、参り、ました」

「そこまで」


 木刀を木刀で切断するなんてことをされると、大体初めての人は思考が停止するので、その隙に木刀を首筋に当ててやれば降参してくれる。

 それにしても、どうやら挑んできている人の中にも俺の配信を見てくれている人はいるらしくて、式神を使わずに戦っている姿を見て汗を流していた。まぁ……式神使いは本体が貧弱だと思われがちだよね。でも、俺の師匠は神宮寺楓なんだ。


「……つまらないね。次は私がやるよ」

「……え!?」


 なんで!?

 これって普通に新参の探索者さんに戦いを見せて、ついでに上級者たちにも稽古をつけるみたいな感じじゃないの!?


「なにを驚いてるんだい。こんな青二才共は前座に決まってるだろう……久しぶりに私がやってやるって言ってるんだよ」

「いや……えぇ?」


 やる必要ある? だって俺が式神術無しだったらじゃん。日本最強は伊達じゃないよ?


「私もそろそろ歳だよ……お前も遊んでないで速く日本最強の名を継ぐんだね」

「いやいやいや……俺、まだ18なんですけど」

「若い方がいいに決まっているだろうに」


 どうやら本気、らしい。マジで真正面からこうやって真面目に婆ちゃんとやりあうのは1年ぶりぐらいだけど、正直勝てるとは思わない。今の実力がどうのこうのとかじゃなくて、それだけ俺の中での神宮寺楓のイメージがそういうものなんだ。


「いつでもいいよ」

「……よろしくお願い、します」

「は、始め!」


 審判の始めという言葉と同時に、俺はその場で屈んだ。それとほぼ同時に、いつの間にか背後に回っていた婆ちゃんの蹴りが俺の頭があった場所を通り抜けていった。


「やるじゃないさ」

「何度後頭部に蹴りを食らったと思ってるんですかっ!」


 こちとら無茶な修行の中で何回も婆ちゃんに後頭部を蹴られたし、何度も婆ちゃんの高速移動は見てきた。目が慣れるまで全く抵抗することもできなかったけど、今は違う!

 こうなったら今回こそ婆ちゃんに勝ってやろうじゃないか。喧嘩売ってきたのは婆ちゃんなんだからな!

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