第71話

 いつもの渋谷ダンジョン中層、森林地帯にやってきた。とは言え、宮本さんは初めての中層だろうから、それなり警戒して探索することになる。まぁ、中層の上の方なんて上層の一番下とモンスターの強さそのものにそこまで違いは無いから、宮本さんの実力なら余裕だと思うが……中層からは地形ががらりと変わって死角も増えるし、モンスターの数も段違いになるから大変ではあるかもしれない。ただ、やっぱり死線をくぐり抜けないと実力なんてつかないと思うからいいだろう。


「魔力の操作や魔力の循環、そして魔力を練り上げての魔法の使用。なにをするにしても、ダンジョンでは魔力を自由自在に操ることが求められます」

「は、はい!」

「それはつまり、体内にある魔力量が多ければ多いほど、有利になるということでもあります」


:せやな

:魔力量は正義だぞ

:魔力量が多い奴が優秀な探索者、魔力量が少ない奴はただの雑魚

:モンスターも魔力量が多いやつのほうが強いからな

:ダンジョンはとにかく魔力量だな


 俺が朝川さんに魔法の威力を上げるよりも先に魔力量を底上げした方がいいと言ったのは、結局こういう所にある。まぁ、朝川さんは魔力が視認できる影響で、教えるまでもなく操作も循環も問題なくできたけど。普通の人間が見えないあやふやなパワーを操ろうとしている中でも、彼女は見えているものをひょいっとやっているだけだからな。やっぱり朝川さんって天才だろ……魔力が見えるっていうのは共感覚の一種なんだろうな。


「ほ、本当に森なんですね……いえ、他の人の配信なんかで見慣れてはいるんですけど……その、地下にこんな明るい太陽のようなものと、森林があるのが不思議で」

「……まぁ、そういうのは学者が考えることですから」


:つまりよくわからんと

:まぁ、探索者が考えることではないかもしれない

:確かに学者の考えることではある

:如月君、実は興味ないことにはとことん興味を示さないタイプだろ

:オタク特有の熱があるものとそれ以外の対応の差やぞ


 素人の俺がどれだけ考察してもあんまり意味はないだろう。だから俺はダンジョンの仕組みとかは最新の論文に目を通すぐらいするが、その原因とかにはあんまり興味が無い。だって俺にとってダンジョン内の現象は「そうだから」で終わっている。


「ん?」


 茂みの中から視線を感じるけど、敵意と殺意がのせられていない。モンスターではなく、人間っぽいな……こんなダンジョンの中層でなんてそういないと思うが。

 それとは別に、前方からモンスターが近寄ってくるのが地面の細かな振動でわかる。振動の大きさからしてそこまで大きなモンスターではないが……それなりに数が多いな。


「も、モンスターが来ました」

「……え? カナコンさんが全部相手するんですよ?」

「え」


:でた

:いつもの鬼畜で草

:知ってたよ

:うん

:如月君の修行なんていつもこれだよ

:本人が昔、神宮寺楓にやられたことらしいから

:加減しろEXども


「大丈夫ですよ。中層だからってそんな簡単には死にません……四肢が無くなる前には助けますし」

「えぇっ!?」


:えぇ……

:四肢って

:逆に四肢が無くなるレベルじゃないと助けないのか

:とんだ鬼畜野郎や

:女性にモンスターをけしかけて興奮してたってSNSでバラまこ

:異常性癖じゃん


 性癖ではありません。これはちゃんとした修行です……これぐらいできないと、下層なんて夢のまた夢ですよ。少なくとも、ダンジョン探索を専業にして生きていくには、中層の最下層まで行ける実力がないとキツイと思うし。

 そう考えると、本当に探索者が増えない理由なんて金が貰えないからでは?

 多くの探索者が上層に留まっていると言うのに、何故政府は魔石の買取価格を上げる訳でもなく、中層の探索者を増やすこともしないのだろうか。


「ひぃっ!? なんですかあのよくわからない植物は!?」

「……さぁ?」


 モンスターの特徴とかは全部理解しているつもりだし、咄嗟に現れた時の対処法とかは知ってるけど、流石に中層域のモンスター全ての名前は覚えてない。


:なんで知らないんだよw

:エッグプラントじゃん

:あれエッグプラントって名前なんだ

:つまり茄子じゃん

:そうだよ

:どこに茄子要素があるの?

:ナスに擬態してるとかじゃなかった?


「緑色のナスみたいなので擬態してるからじゃないですか?」


:あーそれだ

:ここまでカナコンちゃんの心配をするコメント無し

:一個ぐらいあるだろ

:あったか?

:なかったぞ

:草

:エッグプラントなんて強くないからヘーキヘーキ


 予想通り、そこまで大きくない植物系のモンスターであるエッグプラントが10体ぐらいやってきた。植物の癖に足みたいなので移動するの、マジで意味わからないと思う。

 頭の先にナスみたいなのをぶら下げているが、普段はあれで擬態して隠れている。大きさ的には120㎝ぐらいの大きさだけど、植物なので適当に切り裂けば普通に勝てる。つまり、宮本さんも斧を振り回せば勝てる。変な魔法とか使ってくる訳でもないし。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」


:最早悲鳴で草

:でも一振りで2体倒したぞ

:やっぱりカナコンちゃん強くない?

:普通に強い


 想像以上に、魔力の循環が上手い。そうじゃなければ、数メートルを一歩で詰めて、大振りな斧の一撃でエッグプラントの身体を真っ二つには裂けないだろう。強くないとは言っても、中層のモンスターなのでスチールアントよりは普通に強いはずだけど……見た感じ、そこまで苦戦する要素もなさそう。こうなってくると、問題はモンスターが使って来る魔法への対処かな。

 中層の始めであるここら辺ではそんなことしてくる奴もいないけど、中層の下の方に行けばワイバーンみたいに平然と口から炎を吐いてくるような奴もいる。あれにはやはり魔法への対抗策が必要だ。


:悲鳴みたいな声をあげて突っ込んだのに既に全滅させてて草

:草も生えん

:怖い

:普通に俺より強い

:生意気言ったわ

:視聴者が分からせられるのか

:ここの視聴者いつもわからせられてるな


「……Cには少し足りないですね」


:そうか?

:うーんどうだろ

:ちょっと物足りない感は確かにある

:よくわからん


 魔力の循環は確かに上手いが、そもそもの魔力量が足りないのと、あれだけでは少し爆発力が足りない。中層までならそれだけで足りるが、下層以降のモンスターと戦おうと思うなら、ある程度の爆発力が必要だ。朝川さんが威力を上げるために魔法を圧縮することを考えたように、下層と中層では要求される火力に差がある。まぁ、皮膚が硬くて厚い奴とかも出てくるしな。

 ただ、宮本さんは魔力の循環による身体能力の向上で戦っているから、実は斧を切れ味が凄まじいものに変えるだけで下層まで行けると思う。けど、それは道具に頼った攻略になってしまう。


「や、やった……なんとかなりました!」


 さて、俺はどうするべきかな。

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