第69話

「前提として、カナコンさんは魔法を扱うのが苦手ということでいいですか?」

「は、はい……魔力を、練り上げる? という感覚が良く解らなくて……」


:わかる

:俺もそれで探索者諦めた

:魔力って視認できないからなぁ

:血液を練り上げるって言われてもわからないのと一緒だよな

:そこら辺の簡単な方法がマニュアル化されればな

:どうにかなんない?


 実はこれ、結構ありふれた話だ。

 現代の人間は魔力を体内に持って生まれてくるのが普通で、意識的か無意識的かどうかは置いておいても、誰もが日常的に身体の中で魔力を循環させている。まず魔法を操るには、この体内を循環している魔力を自分の意思で操らなければならない。

 ダンジョン探索者にとって魔法とは、武器を持っていない素手の状態でもモンスターに対抗できる唯一の手段と言っていい。


「……見た感じ、魔力を練り上げるのは苦手ですけど、体内で循環させるのは得意ですよね?」

「え……見ただけでわかるんですか?」

「いえ、運動神経だけで納得できる身体能力をしていないことは知っていますので」


 宮本さんは、はっきりと言ってしまうと魔法を扱う才能が全くない。初歩的な魔力を固めて前方に飛ばすぐらいはできるかもしれないけど、朝川さんや神代さんのように、魔力を別の物に変質させて飛ばすようなことはできない。だが、それは魔力を全く扱えないと同じ意味ではない。

 魔力を練り上げるのとはまた別に、体内に流れる魔力を自分の好きなように循環させることができる。これは厳密に言うと魔法ではないのだが、体内の魔力を循環させることで……爆発的に身体能力を向上させることができる。


:魔力の操作と循環って違うの?

:え、同じでしょ


「俺が基礎講座で視聴者の皆さんに教えたのは魔力の操作です。あれは体内の魔力を自らを覆うようにして纏うことで……身体の硬度を上げるようなものですが、身体能力を上げるために必要なのは魔力の循環です」


:なんで基礎講座でそれも教えないんだよ

:それも一緒に教えるべきでは?

:硬くなるだけと、強くなるのは違うって話か

:意図的に強くするのね

:基礎講座では?


「基礎講座で紹介しなかった理由は単純に、結構な高等技術だからです」


:??

:ん??

:一緒じゃないの?

:違うんだ


「魔力の操作は「意図的に汗を流してください」と言ってるのと同じです。そうしたら、多くの人が運動することで身体を温めると思います」


:せやな

:んで?


「魔力の循環は「体内に流れる血流を意図的に、その場で立ち尽くしたままなんの器具も使わずに速くしてください」って言ってるようなもんです」


:無理では?

:無理だろ

:草


「そう言うことです。こればっかりは天性の感覚に従ってやるしかないです……後天的に努力して身に着けたって人は何人も知ってますけど」


 ちょっとややこしいけどそう言うことだ。

 厳密には全然違うんだけど、伝わるならそれでおっけい。今回はあくまで宮本さんをどうやって強くするかだ。


「カナコンさんは、体内を循環させるのが得意みたいですので、慣れれば普通に下層ぐらいなら余裕で行けちゃいます」

「行け、るんですか?」

「行けちゃいます」


 ダンジョン探索者のランクには、明確に何ができたらランクがCみたいな目標は存在しない。だが、目安として宮本さんの持つランクEなら、ゴブリンを複数体同時に相手して無傷で済む、ぐらいと言われている。朝川さんのCなら、ワイバーンを独力で安定して倒せるぐらい。そんな感じで決まっている。

 今のカナコンさんはランクがEなので、ゴブリンを複数体蹂躙できるぐらいだが、これをDにするには、中層最強であるワイバーンとある程度渡り合えると、協会から判断される必要がある。


 と言うことで、渋谷ダンジョンの上層と中層の間……20階層までやってきた。

 ここは上層ではあるけど、モンスターの強さ的には中層と遜色ないレベルになってくるので、思ったより人は少ない……平日の朝だしな。


「じゃあ、今から軽くモンスターを倒してみましょうか」

「は、はい!」


:緊張しないで

:上層だから大丈夫だと思うけどな

:まぁ、視聴者数がいつもとは全然違うだろうからな

:緊張もするわ

:見てる側は関係ないけど、俺だってこんな大人数の前で配信すると絶対緊張する

:わかる

:如月君はよく平気だな

:良くも悪くもマイペースだから

:せやね


 俺はそもそも、見ている人の人数とか基本的に気にしていないだけです。元々はダンジョン探索の様子を録画するため兼一般的な人と交流を持つために始めただけだから。今はそれなりに視聴者のことを考えて配信してるけども。

 しばらく20階層を歩き回っていると、通路の奥からスチールアントが2体ほど出てきた。スチールアントは大きさの癖にしっかりと蟻らしい特性を持っていて、自分が危険な状況になると仲間を呼んだりする習性がある。基本的な攻略法は、仲間を呼ばれる前に瞬殺することだ。


「とりあえずいつも通り、やってみましょう」

「い、いきます!」


 気合の声と共に、宮本さんは背負っていた黒色に鈍く光る両手斧を手にして、一歩を踏み込んだ。急激に魔力を循環させて身体能力を上げながらの踏み込みは、ダンジョンの床に足跡を残していた。


:はっや

:え?


 まずまずの速度で駆けて行った宮本さんは、スチールアントが敵を認識する前に接近して斧を容赦なく叩き込んだ。しっかりと頭と胴体の間にある節を狙って振り下ろされた両手斧によって、片方のスチールアントは戦闘不能状態。


「やぁっ!」


 その勢いのまま振り回された斧は、スチールアントの硬い甲殻を切り裂き、二体目のスチールアントの身体をバラバラに解体した。


:こわ

:ひぇ

:おっぱいだけだと思ってた

:ナマ言ってすいません

:想像以上に強かった

:これは確かになんで上層にいるのか謎だわ

:うーん、今回ばかりは如月君の方が正しいかも


 ね?

 ちゃんと見ると、なんでランクEで燻ってるのか一切理解できないぐらいの強さだと思う。スチールアントの甲殻を簡単に引き裂けるような力を持ちながら、何故彼女はEランクで上層に留まっているのだろうか。

 ただ、少しモンスターに対する知識は足りないのか、一体目に頭と胴体を切り離したスチールアントを放置したまま安堵の息を吐いている。


「危ないですよ」

「えっ?」


 スチールアントは蟻だ。昆虫の神経節は切断されぐらいでは動きは止まらず、スチールアントも胴体と頭が分離したぐらいでは死なない。スチールアントが独特な危険信号を出そうとしたので、魔力を放って残っていた頭を消し飛ばした。


「スチールアントは念入りに頭を叩き潰すのが定石です。そうしないと、無限に湧いてきますから」


:うん

:それで死にかけたことあるぞ

:マジでトラウマだよ

:スチールアントはなぁ……

:あれで噛まれても赤くなるぐらいとか言ってる奴いなかった?

:いましたね

:このチャンネルの主なんですけども


 もう昔のことだからそれは言わないでくれ。

 初心者探索者にはスチールアントは強敵、俺は覚えたんだからな。

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