第64話

 八王子ダンジョンの公式最高到達階層は……確かに60ぐらいだった気がする。深層に入るか入らないかの部分で更新が止まっていて、誰も儲からないダンジョンに入りたがらない。だから結局、いつまで経っても最高到達階層が更新されずに八王子ダンジョンは重要な場所じゃないからと言い訳だけ残して、攻略が一切進まない。まぁ、重要なダンジョンじゃないのは事実なんだけども。

 朝川さんは俺が配信で訪れていたり、任務で訪れていたから興味が湧いただけだと思うので、八王子ダンジョンに潜るのはこれで最後かもしれない。


「45階層っと……司君も初めての階層だよね」

「少し前からそうですね。でも……モンスターは少ないし、出てきても弱いしで全くつまらないですね」


:モンスターが出てこないがつまらないは、大分戦闘民族だと思うけど

:でもつまらないよね

:事実だからな

:仕方ない

:八王子ダンジョンだからな

:八王子ダンジョンをつまらないの代名詞に使おうとするな

:俺の近所のダンジョンを悪く言うな!

:近所アニキは電車で渋谷ダンジョンでも行ってもろて


 視聴者も今日は雑談配信のようなノリで見ているみたいだし、本当になんにもないな……八王子ダンジョンって。逆によく60階層まで行った人がいるなと少し感心してしまった……多分だけど、最高到達階層を更新することだけを生き甲斐にしてる人なんだろうな。

 俺は未知の階層を開拓するのが好きだけど、こうも殺風景のまま変わらないダンジョンなんてあまり興味がないので、八王子ダンジョンは下まで潜ったことがない。ダンジョン配信のネタが尽きたら最下層まで行こうかと思ってたけど。


「あれ?」

「どうかしましたか?」

「え……正面からモンスターなんだけど……」


 モンスター? 俺には全く姿形も見えないが……朝川さんは一体なにを見ているんだろうか。


「なんかモヤモヤっとしてて見えづらいって言うか……半透明、みたいな?」


:アサガオちゃん、ついに幽霊が見えたか

:ダンジョンだからな

:ダンジョンは死人も多いからな

:ダンジョンで心霊現象とか聞かないけどな

:みんな命がけでダンジョン潜ってるのに、幽霊なんて気にしてられんわ

:そらそうよ

:八王子ダンジョンの下層で死んだような奇特な奴はいるのか?

:いないと思う

:草

:限界集落すぎるだろ


「いや、本当に見えるんだって……本当だよ?」

「ふむ」


 そう言えば、朝川さんは魔力を目で視認できる特異体質の持ち主だったな。初対面の時にも俺の魔力を「静謐」と表現していたし、どのように見えているかは想像できないけど……もしかしたら魔力だけの生命体がいるのかもしれない。


「ちょっと攻撃してみてくださいよ」

「わ、わかった」


 俺の言葉に頷いた朝川さんが、小さめの火球を手の上に出現させて、それを投げつけるようにして前方に放った。なにもいない場所に放ったので、普通ならそのまま床に着弾すると思ったのだが……その前に見えない壁にぶつかったように空中で弾けた。


「当たったよ?」


 炎の残滓から場所を特定して、すぐさま魔力を練り上げてデコピン感覚で弾き飛ばす。かなりの魔力を籠めたので音を置き去りにしながら、八王子ダンジョンの床を粉砕して階層の端に到達した。


「……え?」


:は?

:見えなかったぞ

:どういうこと?

:なにしたの?

:デコピンで空気でも飛ばした?

:魔力を固めて飛ばしたんだろ

:リーマンがやってた矢の形にして飛ばす奴の球体版みたいな感じ

:威力が可愛くないんだが?

:EXだからね


「どうですか?」

「き、消えた……」

「じゃあ倒せたんですね。なら問題ないです」

「問題しかないと思うけどね!?」


 見えなくても攻撃が通じるなら何の問題もないのでは?

 朝川さんが放った火球が当たって、そのまま弾けた火の粉が付着しているようにも見えたから、魔力だけで構成されていても物理的な干渉は可能なことが推測できる。つまり、攻撃できるんだから倒せる。

 終わり。


「そういうところがEXだねって言われるんだよ!?」

「えぇー……」


 確かに見えない敵と言うのは脅威だろうけど、流石にそこまで騒ぐほどだろうか?

 それとも、朝川さんが騒いでいるのは俺がデコピン感覚で放った魔力弾のことだろうか。あれは魔力操作の一種で、体内の魔力を固めて弾き出しているだけだから、魔法が苦手な人にもおすすめの攻撃方法だけど……魔力が操作できなければまともに放てないと言うデメリットはある。


:アサガオちゃんはやはりこっち側

:アサガオちゃんは良心

:ストッパー役助かる

:如月君はもう少し危機感持って?

:見えない敵は充分脅威だぞ


「そうですね。でも、心臓を抜き取られたぐらいじゃ死なないので」

「死ぬよね?」

「死にませんよ。心臓を戻せばいいんですから」

「戻せないよね?」

「戻すんですよ」


 戻さないと死ぬんだから、気合で戻すんですよ。

 戻してから傷を塞げば別になんの支障もなく動くこともができるようになる。自分ではやったことないけど、他人ではやったことがあるんで大丈夫です。


:???

:わからない

:魔力は万能だからな(思考停止)

:人間じゃないじゃん


「……深層ってそんな場所なの?」

「そんな場所ですよ。俺の配信でもそんな感じじゃなかったですか?」

「うーん……神代さんと司君が無双してただけに見えたけど」

「そうですか? あれでも、2人とも普段より気を付けて行動していたんですけど」


:あれで?

:いや、雑談配信みたいになってたよね

:散歩配信みたいだったよ?

:理解できない

:脳が理解を拒んでるわ

:理解しようとするな……頭がEXになるぞ

:草

:EXはウイルスかなんかなんですかね?


 普段ならもうちょっと雑にモンスターを倒したりしてるぞ……特に神代さんなんかは、かなり手加減して魔法を放ってた印象がある。あの人、普段ならダンジョンの階層なんて関係なくダンジョンを崩落させながら攻略するからな。ダンジョンの人災は伊達じゃない。


「……とにかく、司君も初めてみるモンスターだったんだ」

「見えませんでしたけどね」

「そういうのいいから」

「うっす……そんなモンスターがいるのを知ったのは初めてですね」


:俺も初めて聞いた

:透明なモンスターなんて対抗する術なくない?

:なんでアサガオちゃんには見えたの?

:不思議なモンスターや

:どんな形だったの?


「人型、でいいんでしょうか? 子供ぐらいの身長でしたね」

「アサガオさんは魔力を視ることができる特異体質ですからね……視聴者さんや俺には見えていないものまで見えるんですよ。画面越しに見えるかどうかは知りませんけど」


 魔力弾一発で消し飛ぶぐらいなら危険はそこまでないけど、見えない敵がいるって事実だけでも厄介だと思う。流石にこれは、しっかりと協会に報告しておくかな……この間、相沢さんにも色々言われたばっかりだし。

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