第47話

 ダンジョンの深層と言っても、どこのダンジョンも短いスパンで環境が変わると言う訳ではない。世界的に見ても、渋谷ダンジョンは特別に環境がコロコロ変わる変なダンジョンである。逆に、俺が以前の配信で言っていたグリーンランドのダンジョンは最上層から深層まで全てが氷に覆われた洞窟のようなダンジョンで、環境が変わらないというのも存在する。


 渋谷ダンジョンの砂漠地帯は、68階層から始まって最高到達階層の一つ上にある74階層まで続く。障害物、人工物もとくになにもなく、ただひたすらにだだっ広い砂漠が広がる砂漠地帯は、歩くだけで体力を奪われるような場所であり、ダンジョン探索者として帰り道まで考えるとかなり理不尽なダンジョンと言える。

 ただし、普通の探索者の場合だけだ。


「……なにか喋らないの?」

「砂漠を歩いているだけのこの状況をですか?」


:いや説明しろや

:明らかに異常だろうが

:これだからEXは……

:ちゃんとやれ

:感覚麻痺してますよ

:しっかりしろ如月君


「砂漠を歩く無言配信です。しばらくは環境音として砂漠の音と、時折現れるモンスターとの戦闘音をお楽しみください」


:違う

:違うそうじゃない

:あってるけどあってない

:ちがーう

:なんだこいつ

:こんな配信ありか?


 なんの文句があるのかわからない。だって、みんな深層の景色が見たいって言ってたじゃん。だからこうやって砂漠を歩きながら、絡んできたモンスターを神代さんが魔法で消し飛ばすという光景を配信しているだろうが。

 砂漠で俺と神代さんには、視聴者たちがなにを騒いでいるのか理解できない。


:なんで砂漠で雨降ってんだよ

:なんで普通に傘差してんの?

:こいつらマジか

:頭おかしい

:名誉俺たちの癖に常識が無い

:ある意味名誉俺たちだろ、これ


「雨? 降らせてるんですよ」


 俺は自分の背後を歩く銀髪黒目の美女に視線を向ける。


『主様の説明不足ではあると思いますよ』

「そうかな?」


 俺の背後を歩く美女の名は天空てんくう。十二天将の一柱であり、天候を操る能力を司る式神である。砂漠は暑いので雨を降らして熱を抑えながら歩いているのだが、なにを説明する必要はないと思ってたんだけど。


「……暑かったから雨を降らしました」

「うん。あってるね」


:あってるかどうかではないだろ

:雨を降らしている時点でおかしいだろ

:そもそも雨を自分から降らせられるのがおかしい

:そもそもどこから傘出した

:しれっと天候を操るな

:これだからEXは(n回目)


「そんな言われることありますかね?」

「そんなことないと思うけど……暑いからいつも通り雨降らしただけでしょ? 雨が降ってれば砂漠だってそこまできつくないし」


:そもそも降らせることがおかしいんだぞ

:うーん、この非常識感

:もう諦めた

:怪物に人間の事情を理解する方が無理か


 別に俺がとんでもない高度な魔法で雨を降らしているんじゃなくて、式神を召喚してその能力で雨を降らしているだけなんだから、それぐらいはさらっと納得して欲しい。だってそんなこと言い始めたら、深層のモンスターたちとの戦いなんてもっと超次元的だと思うけど。


「あ」

「ん?」


 コメント欄を見ながら首を傾げていたら、神代さんの声に反応して顔を上げると光を反射するような金属光沢を見せる、巨大なサソリが目の前までやってきていた。


:!?

:きっしょ

:どこからでてきた?

:デカくない?

:やばすぎないか?


「ゆっくりと近寄ってきていたんでしょうね。こいつ……自在に光を反射させて周囲の景色に擬態することができるはずですから」

「そうだっけ?」

「……なんで貴女が知らないんですか?」

「あんまり興味ないから」


 はぁ……頭が痛くなる。

 この人も結構な数のダンジョンの深層に潜っているはずなのに、何故こうもモンスターに対して無知なのか。出会いがしらのモンスターに対してひたすらに魔法をぶっ放してるだけの脳筋スタイルなんだろうな。


:もっと興味持て

:この大きさが擬態はやばくないか?

:なんで擬態解いたの?

:サソリ怖すぎて草

:デカすぎるだろ

:硬そう


「雨が降ってるから擬態を解く必要があったんじゃないですかね? 砂漠で雨なんて降る訳ないんですから知りませんけど」


:降らせてる奴が言うな

:雨降ってますよ

:傘しまってから言え

:説得力全くないな

:如月君はそう言う奴

:理解した

:知ってた

:適当なだからな


「来ますよ」


 当然ながら、モンスターにとってこちらの事情なんて全く関係ない。コメント欄を見ていようが、傘を差していようが目が合った瞬間には向こうから襲い掛かって来る。

 このサソリ……多分、目撃情報が殆どないから正式な名前もついていないだろうな。こいつは質量に物を言わせた攻撃を行ってくるが、実は毒を持っていないので、苦労はしない。

 動き出したサソリに対して、神代さんは遠慮なく炎の魔法を放った。ビームと言うよりは火炎放射のような魔法だが、そんなことは全く気にせずにサソリは距離を詰めてくる。


:すごいな

:やばやば

:視聴者冷静で草

:負けることはないやろ

:確かに

:まだ74層だからな


「……節も硬そうだね」

「なら少し考えて攻撃した方が──」

「──火力だね!」


 人の話を聞かずに、神代璃音らしい大火力の魔法をノータイムでぶっ放した。放たれた魔法は砂漠の地面を一瞬で凍らせていく。振っていた雨も一瞬で凍り付き、雹のように固まったので、俺が風を操って雹をサソリの身体にぶつけていく。

 地面が凍ったことでこちらのことを脅威として認めたのか、サソリはさっきまでのようにひたすらに突っ込んできて攻撃しようとはせず、少し離れたところからこちらの様子を伺うようにしていた。


「なんとかできる?」

「丸投げですか?」

「じゃあ私がなんとかする」


:脅威とか感じないんですかね?

:うーん

:緊張感が足りない

:危機感が欠如しているのでは?

:大丈夫なのか?

:結構強いのでは? このサソリ


「魔法を圧縮すれば普通に貫けるよ」

「……魔法の、圧縮」


 朝川さんが操っていた技術だが、神代さんも使えるのだろうか。


「アメリカの研究であってね。魔法を圧縮することは昔から考えられていたみたいだけど、それができるほどの魔法のセンスを持っていた人がそれほどいなかったんだって」

「アサガオさん、できますけどね」

「本当? 今度会ってみたいな」


 ニコニコと笑いながら、神代さんが普段から扱っていた強大な魔法を圧縮していく。無造作に放つだけで簡単にダンジョンを崩落させる魔法が、あり得ないぐらい小さな魔法へと圧縮されていく。


「風魔法だよ」


 手から放出された神代さんの風魔法は空気を裂くような音と共に放たれ、不可視の刃としてサソリの金属光沢を持つ外殻を、簡単に斬り裂いた。

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