第37話

「いやー鮫とワームは強敵でしたね」


:強敵(瞬殺)

:強敵(三枚おろし)

:強敵とは?

:理解不能

:草

:強敵の概念壊れる

:深層も余裕だな!

:錯乱してる奴いるぞ


 食べても不味いだけなので鎌鼬に三枚おろしにさせたけど、恨みつらみを込めてもっとボコボコにした方がよかったかもしれない。

 それにしても、ちょくちょく英語のコメントが混ざっている気がするけど……もしかして海外の人も一定数いるのだろうか。英語は読めない訳ではないが、喋るのは得意じゃないし、それなりの速度で流れていくコメント欄で英語に反応できるだけの読解力は流石にない。


「英語の人たちのために、渋谷ダンジョンの深層ですって英語で配信名に書いた方いいですかね?」


:それすると人がいっぱい来るだろうね

:でも英語のコメントで埋まるかも

:如月君は読めるの?


「英語はある程度しか読めないです……ところで、呼び方は如月君固定なんですね」


:だって言いやすいし

:司君よりね

:UNKNOWNよりマシでしょ

:如月君の方が親しみあるぞ

:ファイト如月君

:クラスメイトかな?


 うーむ、視聴者がいいならそれで別にいいけど。なんとなくつまらないと思うのは、やはり中二病が抜けきっていないのか。


「取り敢えず、今日はお試しということで65階層ぐらいまで行きますか」


:お試しでいく数字じゃないぞ

:そもそも41ですらおかしいんだけどな

:頭壊れちゃう

:もう深層の配信でしか満足できない身体になっちゃう


 これだけの需要があるなら、やっぱり下層以降に潜る人たちも配信をするべきだと思うんだけど……彼らは多分、自分の手札を相手に見せるのを極端に嫌うんだろうな。ゲーム廃人がやたら自分の編成とか装備を他人に見せたがらないのと同じようなことだな。


 61階層はウユニ塩湖のように浅い湖のような、広い水溜りのような場所が延々と続く場所なだけあって、出てくるのは水棲系が多め。さっきのワームや鮫みたいなのや、俺の前に突然現れたトカゲのようなよくわからない奴とか。


:これなに?

:イモリでしょ

:イモリ(明らかに10メートルサイズ)

:イモリって目、4つあったっけ?

:ある訳ねぇだろ

:キモイ色してんな

:視聴者がちょっと耐性ついてんの草


 下から生えてきたイモリのようなよくわからんモンスターは、確かに視聴者の言う通り気色悪い色をしている。具体的に言うと、蛍光緑と蛍光ピンクがぐちゃぐちゃに混ざったような目に悪い感じの色。


「自然界だとこういう目立った色をした生物って大抵毒を持ってると思うんですよ」


:毒を持ってる生物はこんなにデカくならないだろ

:せやな

:蛍光色は毒持ち

:警戒させるための色って言うね


「こいつ、毒持ってますよ」


 このイモリもどき、以前にも出会ったことがあって、その時は突然毒を放出されて面倒な思いをした。

 巨大イモリが身体を震わせると突然、黄色いガスのようなものが身体から噴出される。このガスが、一呼吸するだけで意識が朦朧とするぐらいのヤバイ感じなんだ。


「『烏天狗からすてんぐ』」


 ガスが周囲にばら撒かれたので、風を操って毒ガスを吹き飛ばす。そのために烏天狗を召喚した訳だ。

 山伏装束で神通力を扱うとされる烏天狗は、猛禽類のような翼で暴風を引き起こす。俺が生み出した烏天狗は、風を操ることに特化させた式神だ。

 ガスが晴れたところに鎌鼬が突っ込んでイモリをバラバラにしていく。トカゲみたいな奴は生命力が強いと勝手に俺が思っているので、丁寧にバラしてもらった。


:儚い命でしたね

:イモリくん

:毒、終わっちゃった

:天狗かっこいい

:俺も式神使いになる

:こいつ無敵か?

:なんでも持ってるなお前


 コメントは勝手に盛り上がっているけど、正直に言ってしまうと61階層ぐらいで何を言ってるんだと。深層に突っ込んでくる無謀者ならともかく、深層にある程度慣れている探索者にとって61階層は面倒な敵も多くない安全地帯みたいなものだ。


 結局、俺にとってはいつも通り何事もなく65階層までやってくることができた。深層は下層までと違い、頻繁に環境が変化する。ウユニ塩湖のような環境は62層までで、63層からはまた違う環境に変わる。具体的に言うと、63層から65層は……火山地帯だ。


:地獄じゃん

:前から地獄って言っただろ

:これほどとは思わなかったぞ

:文字通りの地獄とは思わないじゃん

:見てるだけで暑いわ

:ダンジョンって怖いね


「確かに暑いですね」


 65階層まで来ると階層の広さも途方もないものになっているし、なにより63層から65層に続いて広がるこの火山地帯が、まっすぐ進ませることをさせないので、余計に広く感じる。道は狭いのに。

 そこら中からドロドロとした溶岩が噴き出しているのを見ると、地獄というのはあながち間違いではない表現だと自分に感心してしまったな。


「お試しで65階層まで来ましたけど、どうですか?」


:すごく……お腹いっぱいです

:楽しくは、あったよ?

:うーん、この

:なんとなく感覚ずれてないか?


「探索者なんてそんなもんです」


:一緒にするな

:ひぇ

:みんなこんな奴だと思うなよ

:当たり前だろ

:こんな奴がホイホイいたらダンジョン全て攻略されてるわ


 それにしても、今日の65階層は一段と暑いな。こういう時は、大抵がいるんだけども。


「ん……いましたね」


:なにが?

:なにも見えないぞ

:視力どうなってんだよ

:もうなにが来ても驚かないぞ


 俺の前にあった山が、動いた。


:は?

:え?

:は?

:誰だよ驚かないとか言った奴

:意味不明なんだよなぁ

:地獄ですわ


 火山、を背負った亀のようなモンスターがこちらに向かってのそのそと歩いてきた。のそのそと、なんて可愛い表現をしているけど、牙を剥き出しにして、背中の火山から溶岩を垂れ流しながらこっちに向かって来てるんだけども。


「デカいですね……首が疲れるぐらいには」


:いやなに笑ってんだよ

:首が疲れるであれを済ませるな

:深層ってこんな場所なのね

:そりゃあ、誰も撮影したがらないわ

:うーん

:逃げた方がいいのでは?


「今日の目的はあれなので、逃げませんよ?」


 元々、そこまで明確な目的があって潜った訳ではないけど、あの火山亀は放置しておいてもどうせ俺か婆ちゃんあたりに討伐しろって依頼が回って来るんだから、今のうちに俺が始末しておいた方が速い。

 数十メートルサイズの亀だが、存在するだけでただでさえ暑い65階層が地獄のような気温まで上昇してしまうので倒すのは早いうちがいい。


「さて……」


 あの亀は流石に生半可な火力じゃ倒せないし、油断するとこっちが焼き尽くされる可能性は充分にあり得る。65階層に出現しているが、明らかに強さ的には80階層クラスだろう。そうなると、こっちも本気で相手をする必要がある。

 久しぶりに、やる気を出さないとな。

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