第36話

 あの後、それなりの時間をひたすら朝川さんが戦い続けながら、俺が質問に答えたりどうでもいい雑談をひたすら繰り返して配信が終了した。結果的に見ると、初配信とは思えない程の人数が見に来ていたので、成功と言えるだろう。


「今日は……ありがと、ね」

「……どうしたんですか、急に」

「うーん……いつものことだね」


 いつものこと、と言うのは修行に付き合っていることだろうか。それなら別になんの問題もないだろう。だって俺はその対価として朝川さんに配信の仕方であったり、配信でしてはいけないことなんかも教えて貰ったりもした。個人的な見解としては、そういった専門的なノウハウは俺の持つ深層の情報にも匹敵すると思う。


「司君は、卒業したらどうするの?」

「もう決めました」

「え!? 早いね!?」


 今日、配信して見て色々と感じるものがあったので、俺は既に将来なにになるのかを決めた。

 勿論、こんなことを思い始める前は適当に一日中ダンジョンに潜ってればいいやとも思っていたんだけども、やりたいことが見つかったんだ。


「EXの探索者としてダンジョンの探究をする、とか!」

「俺、配信系の会社を立ち上げて社長になります!」

「……え?」

「会社を立ち上げた時に、まだ朝川さんがフリーだったら誘いますね!」


 配信者を雇って運営している大手の会社は、それほど多くない印象を受けた。しかも、ダンジョン配信を専門で行っているような配信者はみんな個人ばかりで、一般的にはバーチャル配信者がゲームをやったりしているらしい。つまり、ダンジョン配信を中心にした会社を立ち上げれば、充分に参入して行ける機会がある訳だ。


「ん……あはははははは! やっぱり司君って面白い人!」

「え、ちょっと傷つくと言うか……」

「いいと思うよ! 自分の夢ができたなら、しっかりとそれを追いかけるのが!」


 朝川さんは笑いながら走っていった。背中が遠ざかっていくのをぼーっと眺めていたら、急に朝川さんが振り返った。


「じゃあ、私のことちゃんと迎えに来てね!」

「…………はい」


 お姫様みたいなこと言うな……でも、朝川さんを迎えに行くために会社を作る。そういうのも、ありかもしれないな。




「と、言う訳で将来的にダンジョン配信専門の会社を立ち上げようと思っているんですよ」


:いや、どういう訳だよ

:知らんが

:こいつ人の話聞かねぇな

:新しいな


 翌日、1人で下層に潜りながら配信していると、想像以上に人がやってきたので最近できた将来の夢を話したら、なんとなく呆れられた。


「金は充分にあるので、会社を作ること自体は簡単なんですけど……やっぱり黒字で運営したいじゃないですか」


:さらっと金持ち発言した?

:EXだからな

:高給取りなんだろ

:というか深層の魔石って幾らするんだろうな

:下層の中で強いのですら、一個でリーマンの月収の手取りぐらいとからしいぞ

:ひぇ


 コメント欄が勝手に金の話で盛り上がっているけど、俺は金の話なんてしたくないので無視だ。いや、会社の話で金の話題を最初に出したのは俺だけども。


:社長兼任配信者か

:いいんじゃない?

:楽しそうではある

:アサガオちゃんも入れるの?

:話の流れ的にそうだろ

:社長と所属ライバーの恋……同人誌にしていいですか?

:やめろ


「まぁ、その話題はまだ年が変わった1月にでも……そろそろ深層ですね」


 現在、渋谷ダンジョンの60階層。視聴者の言葉を信じるならば、ここから先を配信したことがあるのは、あの傍迷惑……神代璃音だけ。平日の夕方のゴールドタイムとも言うべき時間帯だから、かなりの視聴者が集まってきている。


:ついに

:伝説の配信だろ

:いつも伝説の配信してるな

:下層の時点で伝説なんだよ

:深層はどんな魔境なんだ

:オーストラリアのは面白い地獄とか言ってたな

:渋谷のは?


「ただの地獄です」


:地獄じゃん


 そらそうだ。ダンジョンの深層になにを求めているというのか。それでも、俺は名古屋ダンジョンに比べればまだまだ全然マシな場所だとは思うけどな。


「じゃあ行きますよ。61階層は一面が湖なんですけどね」


:は?

:なにそれ

:急に変なこと言うじゃん

:意味わからんぞ


 そのまんまの意味だ。有名なウユニ塩湖みたいに、一面が鏡張りみたいな浅い湖がひたすらに広がっているのが61階層の特徴なんだから、それ以外に説明しようがない。

 階段を降りて61階層に足をつけると、天井の水晶の光を反射してキラキラと輝く湖が一面に広がっている。本当に、景色だけはとても綺麗な場所だ。


:マジ?

:世界遺産だろ

:遺産ではない

:俺、ダンジョン探索者になるわ

:深層だぞ

:入るにはA以上にならないといけないから無理

:でも行ってみたいな

:地獄とか嘘じゃん

:むしろ楽園だろ


「……いますね」


 コメントで楽園とか言ってる人がいるけど、実際にこの場に立っていないから出てくる言葉だろう。正直に言って、この階層の敵ぐらいなら別になんの問題もなく倒せるだけの実力は持っているけど、面倒なことには変わりがない。

 61階層に降り立って、湖に足を付けた瞬間から俺は放たれている敵意に気が付いている。コメント欄はなおも美しさを語っているが、敵意が近づいてきている。


「おっと!」


:!?

:なにこれ

:やっぱり探索者目指すのやめる

:上層帰るね

:わー

:思考停止しそう


 湖を揺らしながら、足元から飛び出してきたのは長い蛇のような胴体に口だけがついた異形の怪物。これだけならミミズとかワームみたいで済むんだけども、大きさが尋常じゃない。目測だけど、尻尾の先まで大体20メートル弱って所だろうか。ちなみに、飛び出してきたのは1匹だけど、数匹は下に潜んでいそうだ。


:きっしょ

:無理無理無理無理

:生理的に無理

:おぇっ!?

:やばすぎ

:グロ注意

:きっしょ!


 咀嚼しようとしてから、俺が避けたことに気が付いたのか、文字に表せないような奇怪な叫び声を上げながらこちらに向かって突進してきた。手も足も生えてない癖に、高速で突進してくる姿は普通に気持ち悪い。


「『鎌鼬』」


 さっきも言ったが、このレベルの敵なら圧倒できるぐらいの力は持っている。高速で突進してくるワームを鎌鼬が縦に両断すれば、左右に別れた身体が俺の横を通り抜けていった。


:つっよ

:深層なのにワンパンってマジ?

:EXが最高戦力って最近ようやく認識できてきた

:こんな配信無料で見れるの?

:金払わせろ

:草

:深層の攻略情報とか無料で見せていいもんじゃねぇぞ


 なんかコメント欄で色々言っているが、収益化や投げ銭機能に関してはまだ朝川さんから教わっていないので無理だ。こんど学校帰りに教えて貰う約束したから、もう少し待ってくれ。

 そんなことより、今は地面の下に潜んでいる数匹のワームを何とかしなければ。


「ん?」


:おっと?

:おかしいね

:水面から鮫の背びれ見えてるんですが

:もうなんでもありやな

:立ってるぐらい浅い水面なのに、ワームも鮫も泳いでるのか


 そうなんだよな。俺もずっと不思議に思っているんだけど、なんで俺が立ってもくるぶしぐらいまでしかない水面なのに、ワームもあの鮫も普通に泳いでいるのか意味不明だ。あんな風に巨大な生物が泳いでいたら、普通に底なし沼みたいにずぶずぶと俺も沈んでいくと思うんだけど。

 くだらないことを考えてたら、横から新しいワームが飛び出してきたので、鎌鼬で頭を切断しておく。再び新しいワームが俺の正面から飛び出してきたが、近寄ってきていた鮫がワームを食いちぎった。


:モンスターがモンスター食ったぞ

:そんなことある?

:食物連鎖だからね

:モンスターの癖に

:深層ではそうなんやろ(適当)


 これ、実は適当なことを言ってる奴が正解で、何故か深層ぐらいのレベルになってくると、モンスター同士で食い合うことがある。これは渋谷ダンジョンに限らず、世界的な場所で見られる現象らしいけど、その食い合っているのが強さの原因なんじゃないかとかなんとか。

 まぁ今の問題は、ワームを噛みちぎったメガロドンのような大きさを持っている鮫に、蛙のような形で前足と後足が生えていて、こちらを睨みつけていることなんだけども。


:なんか可愛い

:あんよ生えてるやん

:成長途中のオタマジャクシみたいだな

:大きさが可愛くない

:なんメートルぐらいある?

:さっきのワームなんメートル?


「ワームは大体20メートルぐらいでしたね」


:うーんこの

:じゃあ30メートルぐらい

:うわぁ

:やばすぎ


 歩くだけで地面が揺れてるんだから、やばいのは見ればわかる。


「あんまり好きじゃないんですよ、この鮫」


:強いの?

:EXの苦戦が早くもくる?

:深層ってやばい場所なんだな

:再確認しなくてもやばい


 俺はこの鮫が普通に嫌いだ。強いとか弱いとか、大きいとか小さいとか以前の問題だ。


「前に、こいつでフカヒレスープでも作ろうと思ったら、ゲロ不味かったです」


:知らんが?

:真面目にやれ

:は?

:ふざけんな

:逆になんで食えると思ったのか

:頭イカレてるな


 酷い言いようだ。視聴者は俺の味方ではないらしい。

 不味いので、原型も留めないぐらいボコボコにしても問題ない。なのでさっさと片付けてしまおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る