第35話

 炎を吐きながら暴れ回るオルトロスに、朝川さんは防御魔法を展開しながらなんとか皮膚を貫通できないかと試しているようだ。戦闘音でなんて言っているのかわからないけど、配信の方で拾った音声から聞いていたら、折角オーガの皮膚も貫通できるぐらいの魔法を開発したのに防がれたことが、地味にショックみたいだ。


「……なんか来ましたね」


如月司ch

:いや、なんかじゃないが

:半透明の骨じゃん

:前にアサガオちゃんが死にかけた奴では?

:なんかで済ませるな


「これは普通に攻略情報ですけど、アサガオさんにも伝えてあります……あの半透明骸骨は初見殺しなだけなので、そこまで脅威でもないです」


 41層、42層の中だと最大の脅威だとされてきたモンスターだけど、はっきり言って朝川さんが戦っているオルトロスの方が絶対に強い。


「あの骨はアストラル体、と言って魔力を薄く引き伸ばした状態になっているので、ある程度以上の魔力を浴びせれば当たる訳です。こんな風に」


 適当に火球の魔法を放っておく。半透明骸骨のアストラル体に当たり、なおかつ一撃で倒せるギリギリの威力で放った火球で、反応しきれなかった骸骨は消し飛んだ。下層なんてこんなもんだ。


「ね?」


如月司ch

:えぇ……

:引いた

:ね、じゃないが

:馬鹿じゃん

:意味わからん

:初見殺しは充分に脅威では?

:頭おかしいよ、きみ


 失礼なコメントが大量に流れて来たな。こんなの、俺じゃなくて今の朝川さんだって普通にできるぞ。さっきオルトロスに撃ってた雷ビームでも余裕で倒せるはずだ。


如月司ch

:これが俺たちが求めていた下層配信か

:本当にそうか?

:絶対に違う

:もっと苦戦したりするの求めてた

:EXにそんなもの求めるな

:無理だって


「あの、俺もちゃんとした人間ですよ?」


如月司ch

:はいはい

:そっすね

:人間?

:人間は亜音速走れないんですよ?


 鍛えれば視聴者も亜音速で走れるようになるから。


「それにしても、想像以上に死闘を繰り広げてますね」


 オルトロスは確かに強敵そうに見えるけど、朝川さんなら倒せると思ってたんだけど……もしかして実力を見誤っていたかな。いや、多分だけど相性が悪いんだろうな。


「代わりましょうか?」

「うんって言うと思う?」

「頑張ってください」


 受け身を取りながらこちらに転がってきた朝川さんに、一応聞いてみたけど予想通りの返答が返ってきた。まぁ、ああいった強敵と戦うことが成長に繋がると思えば、俺は寄って来るモンスターの露払いだけでいいだろう。


如月司ch

:大丈夫なのか?

:でも押してる感じではあるだろ

:アサガオちゃんの配信見てたけど、速くてよくわかんなかったから引きのカメラ見に来た

:マジで速くて理解できん

:カメラの設定変えた方がいいかもね

:アサガオちゃん……そんなに速くなって


「カメラの設定、あれでも足りないとなると……新しいの買った方がいいんじゃないですかね?」


如月司ch

:アサガオちゃんのカメラ値段やばくなかった?

:やばい

:それより高いの買うの?


「カメラは配信者の命ですよ」


 とはいえ、技術にも限界があるだろうからな。金を出せば無限に性能が上がって行く訳でもないのが難しい所だろうな。


「おっと」


 視聴者のコメントに反応しながら、オルトロスと朝川さんの戦闘を見ていたら突然炎が飛んできた。多分だけど、朝川さんが防御魔法で弾いたものが飛んできたんだろう。まぁ普通に素手に魔力を纏わせて弾いたけど。


如月司ch

:アサガオちゃんが必死になって防いでる炎素手で弾かなかった?

:き、気のせいやろ

:ひぇ

:もう全部お前一人でいいよ

:怖すぎ

:EX恐怖症になる

:ところで、下層でこのレベルってことは深層ってやばい?

:今更


「深層は……なんて言えばいいんでしょうね。魔窟、って言葉がぴったりな場所だってことだけお伝えしておきます」


如月司ch

:意味わからん

:楽しみにしてるぞ

:神代璃音の配信も確かに魔窟って感じだった

:環境がぐちゃぐちゃなんだよな


 やっぱり視聴者的には深層が気になるんだろうな。俺はそれなりの数のダンジョンに潜って来て、深層も結構な数を潜っているけど、未だに法則性なんて一切理解できていない。渋谷ダンジョンの深層は特に深くて謎が多いからな。


「ノーザンテリトリー州のアリススプリングスにあるダンジョンの深層なんて結構面白い地獄ですよ」


如月司ch

:面白い地獄ってなんだよ

:わりと矛盾してないか?

:そもそもノーザンテリトリー州is何処?

:オーストラリアだろ

:アリススプリングスはオーストラリアだな

:ダンジョン大国じゃん

:日本も一応ダンジョン大国なんだよなぁ

:海外のダンジョンとか全く知らないから気になる


 海外のダンジョン配信も一度はやってみたいな。WDAOがあるから、海外のダンジョンに潜るのだって国の許可をちょろっと貰えれば普通に入れるし。勿論、そこで手に入れた素材なんかは正式な手順を踏まないと国外に持ち出せないけど、現地で売っぱらっちゃえば別にいいし。


「海外ダンジョンの配信も、いつかしてみたいですね。楽しい場所が多いですよ? インドのマハーラーシュトラ州のムンバイのダンジョンとか。個人的におすすめなのはアメリカで、テキサス州のヒューストンのダンジョンとかですかね?」


如月司ch

:おーおー

:饒舌ですな

:オタク特有の早口

:海外ダンジョンの中身について語るオタクとか見たくない

:草

:海外行ってみたいねぇ……


「インドとか治安が気になるなら、やっぱりおすすめはアメリカですね。あ、因みに全部深層の話ですよ?」


 インドも治安が滅茶苦茶悪い訳ではないんですけども……日本と比べてしまうとやっぱり、ね。気になるところは多いから、やっぱり多少は治安がいいアメリカの方がいいだろうな。最近は探索者の影響もあって銃社会も落ち着いて来たし。


如月司ch

:ひぇ

:行きたいなと思ったけどやっぱりやめるわ

:深層とか行けないんだよ!

:無理!

:そもそも海外のダンジョンって国際用の探索者ランクがないと無理では?


「安心してください。WDAOに調印してるので、日本の探索者は普通に海外のダンジョンでも手続きを踏めば潜れます」


如月司ch

:久しぶりに聞いたなWDAO

:仕事してたのか

:秘匿だから全然聞かないんだよな

:EXだから内部の話知ってるのか


 そりゃあそうだ。当然だけど話せない内容なんかも滅茶苦茶知ってる。


「あ、オルトロス死んだ」


如月司ch

:草

:ちゃんと見てろ

:雑談に夢中になるな

:思ったより面白いな如月君

:友達感覚で雑談するEX配信者

:新感覚すぎて草

:アサガオちゃんから目を離すな


「……すいません」

「先に謝ったね」


 オルトロスを倒してこっちに近づいてきた朝川さんは、にっこりと笑顔だったけど明らかにちょっと怒ってる。いや、保護者としてついてきたのに配信で雑談に夢中になってた俺が悪いんだけども。


「まぁ、想像以上に楽しそうに配信しててちょっと安心したけどさ。私を放っておくのは、気に入らないなー?」

「も、申し訳ありません」


 今までまともに友達がいなかったから、ちゃんと話を聞いてくれる視聴者の人たちと話すのが思ったより楽しくて……申し訳ねぇ。


如月司ch

:彼女かな?

:彼氏がゲームに夢中な時の彼女

:これは、もしかして!?

:ペロッ、コレハ……コイノアジ!?

:アサガオの方のコメント欄発狂してる奴いるからやめてやれ

:いや草

:青春だねぇ


「ち、違うからねっ!?」


 朝川さんがもの凄く慌てながらカメラに向かって手を振っている。俺も真似した方がいいんだろうか……いや、ちょっと恥ずかしいからやめておこう。この流れは、絶対に茶化されるやつだから。

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