第34話
「高山ダンジョンって食べ物ばっかりだよね」
「まぁ……そうですね。基本的には」
学生の朝川さんは、自宅から近くて通いやすい渋谷ダンジョン以外にあまり縁がないんだろう。というか、学生じゃなくても縁がある人は少ないんだろうな。コメント欄で、色んなダンジョンの話を聞きたいって視聴者の要望もちらほら見受けられる。
「今まで行ったダンジョンで、一番変な場所は?」
「……?」
え、どういう意味で言っているのか理解できないんだけども。
如月司ch
:変な場所、とは?
:環境とか?
:渋谷ダンジョンはオーソドックスだから、的な?
「環境で言うんでしたら……やっぱり、名古屋ダンジョンじゃないですか?」
「へー」
如月司ch
:名古屋ダンジョンとかダンジョンの名前がついてるだけでしょ
:あそこはねー
:レアメタルが採掘できるとかじゃなかった?
:行ってみればわかるよ
:名古屋住みワイ、名古屋ダンジョンの環境がきつ過ぎて探索者を諦める
アサガオch
:レアメタルが取れるって本当?
:普通に覇権レベルのダンジョンじゃん
:国はちゃんと攻略して
:できないんだよなぁ
:あんなダンジョン無理無理
:EX行かせれば余裕でしょ
「結構知らない人多いんですね」
「そ、そんな酷い環境なの?」
「調べればわかりますよ」
名古屋ダンジョンの環境がとんでもないことなんて、普通に一般常識だと思ってたんだけど……まさか知らない人がこれほどいるとは。
当たり前だけど、俺は名古屋ダンジョンにも行ったことがある。その時は中層に辿り着いた時にはもう帰りたいって気持ちでいっぱいだったけど。
「そろそろ着きますよ」
「え、もう?」
「もうです」
階段を幾つ降りたのかは全て把握しているので、自分が何階層にいるのかはしっかりと把握していた。麒麟は今、39階層を疾走中だ。
「はい、41階層への階段です」
「わー……この角度で階段を見ると、死にかけた思い出が」
アサガオch
:アサガオちゃんのトラウマポイント
:トラウマになってる人はここまで来ないんだよ
:伝説の配信が思い出されますね
:またドラゴン湧いて来るよ
:やっぱり帰ろう
いや、死にかけた以降もそれなりの回数下層まで一緒に来ているでしょうが。今まで麒麟に乗せたことは一回もなかったけど、配信外では何回も修行で訪れている。
「と言う訳で、ここからようやく配信のメインです」
「いつも通りの修行……ううん。開発した高威力の魔法で頑張るからね!」
如月司ch
:がんばえー
:ふぁいとー
:緩いな
:下層に挑む緊張感が如月君からまるで感じられない
:そらEXだからな
探索者ランクEXのことなんだと思ってるんだ?
俺だって人間だから、怖いとかの感情ぐらい持っているんだが。ホラー映画とか苦手だから見れないし。
考えてみて欲しい。他人からすれば怖い場所だとしても、登校したりする過程で通い慣れている路地裏を歩くことに、一々恐怖を覚えたりしないだろう。それと同じで、俺にとって下層は深層に向かうまでの通り道でしかない訳だ。
「41階層はそこまで強いモンスターも多くないですから、修行するなら42階層がおすすめです」
「……それ、視聴者に言ってる?」
「はい。下層の攻略情報とか、好まれると思いまして」
「うーん……危機感に対する認識のズレ」
如月司ch
:そもそも修行目的で下層とか行かないんすわ
:自殺スポットの紹介ですか?
:名所やね
:下層で修行とか笑っちゃうな
:ゲームのレベル上げ感覚で下層に行くな
「レベル上げに行くのは俺じゃないですけどね」
如月司ch
:そういう問題ではない
:えぇ……
:やっぱり頭おかしいよ
:EXだからね
何故なのか。EX探索者に対する風評被害はやめよう。
「敵!」
「ん」
下層に踏み入った瞬間に、通路の奥から顔がどう見ても顔が2つある犬がやってきた。頭が3つならケルベロスだけど、2つならオルトロスだろうか。
今、あの仮称オルトロスを見て、なんとなくそろそろ妖怪以外の式神……具体的に言うと、海外の神話とかに出てくる怪物なんかも作れないかなと思ってしまった。まぁ、作るには俺の知識が微妙に足りないから、また本でも買ってきて色々と読み漁らないといけないな。
「あの犬は攻略情報とかあるの?」
「初めて見ましたね」
「ふーん……え?」
「え?」
如月司ch
:草
:いや草
:知らないんかい
:どうなってんねん
:攻略情報 とは
:えー……
いや、俺だって下層についてなんでもかんでも知ってる訳じゃないし、深層に比べると知識も浅いと思う。浅いと言っても、環境や下に向かうルートは頭に入っているけど、モンスターは上層でもちょくちょく新発見のモンスターとか現れるんだから、暗記するのは無駄だと思ってるから。
「わ、わかった……なんとかしてみる」
アサガオch
:つっかえ
:ちゃんと守れ
:初めての敵はお前が倒せ
:アサガオちゃん気を付けて!
オルトロスはこっちを認識した瞬間に、すぐさま走ってきた。近づいて来ると意外とデカいけども、オーガほどの大きさではない。ただ、見た目以上に鈍重な動きをしながらも、両方を口から火の粉がチラチラと零れている。
まぁ、オルトロスがなにかしようとしても、魔力の流れを知覚することができる朝川さんの方が反応できるだろうから、大丈夫だ。
如月司ch
:如月君を見に来たのに
:まぁ下層だし
:初配信だからな
:仕方ない
アサガオch
:前より格段に強くなったな
:男の影響
:なんかいやらしい言い方するな
:でも下層で死にかけてたのが嘘みたい
:動き速すぎてカメラぐるぐるしてる
オルトロスの先制で放たれた炎を、複数枚展開した魔力の盾で防ぎながら朝川さんは指先に圧縮した雷撃をビームとして放った。聞いた話では、圧縮する過程でかなりの集中力を必要するらしく、得意の同時展開が5までしかできないのがネックなんだとか。まぁ、そもそも魔法を圧縮するなんて考えが、俺にはなかったんですけども。
銃のように構えた指先から放たれたビームを真正面から受けたオルトロスだけど、どうやら皮膚はかなりの硬度らしく貫通することなく少しの焦げ跡を残すだけ。
「あれ、結構強いかもしれないですね」
如月司ch
:冷静に見てるけど大丈夫か?
:助けに入る?
:まだだろ
:流石にね
「過保護になり過ぎたっていいことないですし……っと」
余波の炎がこっちまで飛んできた。
正直、見た感じ下層の一番上で出てくる強さではなさそうだけど、今の朝川さんなら勝てるような気がする。そして、あれと一対一で余裕を持って倒せるようなら……既にランクCで収まるレベルではないだろう。
如月司ch
:舐めてたけど、アサガオちゃんは普通に化け物クラスですね
:そもそも基礎の動きが、どっちも高速過ぎてよくわからん
:あの犬強くない?
:下層だから
:アサガオちゃん槍持ちながら魔法撃って、更にあの速度で動くのかよ
「あの犬、名付けるならオルトロスって感じですけど……少し鈍重ですね。強力なことは間違いないですけど、急所を一突きすれば倒せると思います」
如月司ch
:えぇ……
:鈍重ってなんだっけ
:はえーよ
:急所を一突き(無理)
:どこだよ急所
「……心臓?」
いや、どこだろう。俺なら真っ先に2つの首を切断しようとするけどな……真正面から近寄るのはリスクがあるだろうけど、その分だけメリットも大きいから。でも死なないなら安いもんでしょ。
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