第33話

「じゃあ、準備はいい?」


 現在、渋谷ダンジョンの1層でカメラの準備をしている如月司です。朝川さんに誘われるまま、生配信の準備中なんだけど……もの凄く緊張してきた。多分だけど、俺が一人で準備したり配信するぐらいならそこまで緊張することはなかったのかもしれないけど、やっぱり朝川さんと一緒だから緊張してしまう。人気配信者だぞ。


「始めるね……はーい、今日はアサガオです! 今日は珍しく最上層から映していくよ!」


アサガオch

:おっすおっす

:アサガオちゃんこんにちは!

:学校帰りかな? 頑張ってね!

:アサガオちゃんの配信来た!

:来た!

:今日も可愛いね!


 すっと自然な動作で配信を始めた朝川さんは、普通にコメントを眺めながら頷いていた。


「今日は事前の告知通りだよ」


アサガオch

:男ね

:あーね

:いえーい、キサラギ君!

:映ってないね

:どこいった

:アサガオちゃんはコラボしないと思ってたのに

:男か


 ちらっとコメント欄見たけど、本当に大丈夫なのかこれ。男ってだけで敵視されている気がするんだけども……どうしよう。


「司君、準備できた?」

「だ、大丈夫です……多分」

「あはは、緊張してるみたい」


アサガオch

:初配信はみんなそんなもんだから、気にするな

:キサラギ君のことも気になるから2窓するぞ

:はよはよ

:EXはよ


 ふー……よし、うじうじするのはもう終わりだ。さっさと配信を付けて朝川さんの修行のお手伝いをしよう。俺は配信でも自然体にしていればいいと、朝川さんにはアドバイスされているからな!

 カメラのボタンを押すと、カウントダウンの文字が浮かび上がる。それが0になるのと同時に、配信が始まったらしく朝川さんが満足そうに頷いていた。


「どうも、如月司です。その……アサガオさんに誘われて配信始めました、でいいのかな? まぁいいや。よろしくお願いします」


如月司ch

:おっすUNKNOWN君

:よぉUNKNOWN

:UNKNOWNじゃん

:UNKNOWN(笑)頑張れ


「あの、人の黒歴史である登録名弄るのやめてもらっていいですか?」


 なんでこんな弄られてるの俺。


如月司ch

:ごめんって

:キサラギ君、やっぱり漢字は「如月」じゃないか

:それ以外にあるのか?

:俺は知らないな

:キサラギツカサは、如月司でいいのね

:把握した


 配信用のチャンネル名称はそのまま本名で「如月司」を使ったので、漢字を確認してくれている人が多いみたいだ。なにも登録していないんだから、みんな漢字も知らなくて当然か。


「じゃあ今日は同時配信で下層まで行くよ!」


アサガオch

:なに言ってんだこいつ

:軽いノリで意味わからんこと言ったな

:ひぇ(笑)

:死んじゃうよ!?

:また行くのか

:まだ諦めてなかったのか


「大丈夫だよ、いざという時には司君が助けてくれるから」


如月司ch

:責任重大だなおい

:初配信で既にクライマックスでは?

:がんばえー

:EXは大変ですね

:EXの仕事ではない


「友達ですから。ちゃんと守りますよ……危なくなったらですけど」


 勿論、友達を守ることに苦労なんてない。ただし、これはあくまで朝川さんの修行なので、俺は背後で見守って本当に危ない時だけ助けるという役割だ。


如月司ch

:やっぱりEXらしい性格してるわ

:荒療治かな?

:とんでも修行だぞ


「下層って言っても42階層までしか行きませんからね」

「えー!?」

「50階層なんてまだ行けるだけの知識が足りないんですから。力だけじゃいけないのが下層より下なんですよ」

「はーい……引率の先生がそう言ってるから、今日は42階層までね?」


アサガオch

:如月君ナイス

:手綱握ってて偉いぞ

:いい奴やん

:暴走特急にブレーキがついたのか

:ようやく常識人の友達が……


「みんな酷くない!?」


 手綱でもブレーキでもないんだけどな……まぁ、無視しよう。


「じゃあ一気に下層まで行きますよ。『麒麟』」


 俺がいつも跨っている麒麟を少し大きめに召喚すると、朝川さんがキラキラとした目で麒麟の身体を撫で始めた。


「綺麗な毛並み! すっごい可愛い!」


アサガオch

:これが噂の式神ちゃんですか

:くりくりおめめが可愛いな

:麒麟なんてもっとごっついの思い浮かべてた

:麒麟とかビールしか知らん

:キリン?

:麒麟は中国の守護獣だぞ


「早く乗ってください」

「はーい」

「カメラは手に持っていた方がいいですよ」


 なんでちょっと不満そうなんだろうか。乗っている最中にいくらでも撫でればいいじゃないかと思うんだけども……やっぱり違うのだろうか。

 朝川さんが麒麟に跨ったことを確認してから、首を撫でてやるとこちらの意図を察して普段より少しだけ遅めに走り出した。それでも、下層までそう時間もかからないだろう。


「速いよっ!?」

「これでもいつもより遅いです」

「これで!?」


アサガオch

:酔う

:怖い

:速すぎないか?

:UNKNOWNの依頼達成の速さはこういうことなんですね

:カメラ追い付かない速度だから手に持った方がいいって言ったのか


如月司ch

:おー

:見慣れた上層の景色が通り過ぎていく

:中層も割と見慣れてる

:如月君のチャンネルは探索者多いな

:中層まで行ける探索者が結構注目して見てる感じ?

:今日は下層までだけど、深層まで行ける人間だぞ?


 なんか……こう見ると、チャンネルの人の違いというか……そういうのが見えてくるな。

 多分だけど、朝川さんのチャンネルに多くいるのは、一般的なダンジョンをあまり知らない層の人たちで、元々人気が出た理由であるダンジョンの内部そのものに興味を持つ人たちが主な視聴者なんだろう。あと、朝川さんの見た目。

 一方で、自分の配信のコメント欄を見てみると、流れてくるコメントの内容はちょっとダンジョンの専門的な言葉が多い気がする。中層の内容について話している人もいるし、俺の配信にはダンジョンに潜っているけど下層と深層に興味がある人が主な視聴者なんだろう。


「つ、司君……よくこの速度で動いてる中、携帯見れるね」

「慣れてるからですね」

「そ、そうなんだ」


 深層まで行くときはそれなりに時間もかかるので、雷獣にお供させながらこれより速く走ることが多い。その間、俺は基本的に暇になるのでゲームしたりしている訳だが。今は流れるコメントを目で追っているだけ。


如月司ch

:暇なら質疑応答を受け付けろ

:質問タイムとかじゃなくて質疑応答なのか

:どっちも一緒だろ

:高山ダンジョン楽しかった?

:高山でなに食った?


 視聴者も暇らしいので質問に応えて行こう。


「高山ダンジョンは特にって感じですね。休日に行くと普段とは違う人がダンジョン攻略しているのが見えたので、少し新鮮だったぐらいです。食べたのは運転手さんが苦労してそうだったので高山ラーメン奢ってあげました。もっと高い店に行こうと思ったんですけど、流石に遠慮するかなと思いまして」


如月司ch

:そらな

:高校生に高級料理奢られそうになったら俺でも遠慮する

:年齢って大事なんやで

:高山ラーメン上手いよな

:ちぢれ麵が好き

:高山行きたくなってきた

:リニアで東京から行きやすくなったのに、わざわざ車で行ったのか


 札幌から鹿児島まで繋がる日本縦断のリニアは確かに存在する。

 札幌ダンジョン、仙台ダンジョン、渋谷ダンジョン、高山ダンジョン、名古屋ダンジョン、大阪ダンジョン、広島ダンジョン、福岡ダンジョン、鹿児島ダンジョンを経由するために作られたもの。


「静岡に寄る場所があったので、車で結構な時間かけて行きました」


 こういうのもなんだけど、EXは忙しいのだ。

 それにしても、朝川さんの配信も俺の配信も高山ダンジョンに行った話だけである程度コメント欄が賑わっているのを見ると、やっぱりみんな渋谷ダンジョンばかり見慣れているんだろうなと思った。

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