第22話 ※三人称
如月司が召喚した式神『がしゃどくろ』の一撃は、同じ階層に立っていた他の探索者たちが立っていられないほどの揺れを引き起こした。ダンジョンの21階層とはいえ、ここまで強い振動を起こしてしまったら地上にまで振動が伝わるのではないだろうかと、戦いを遠くから見ていた朝川七海は現実逃避をするように考えていた。
:やばすぎないか?
:これが個人戦力ってマジ?
ダンジョン配信者アサガオの配信は切れていない。それは意図したものではなく、単純に配信を切る機会を失ってしまったからである。突如として上層から降りてきた圧倒的なモンスターを前に、ランクEXである司以外の全員が命を守るために本能が行動の全てを縛り付けていた。下手に動けば死ぬと、頭よりも先に身体が理解していたのだ。
「……司君」
初めてまともに見る怪物と怪物の戦闘に、七海はただ祈るように名前を呟くことしかできない。自分がどれほど無力な存在なのかを、七海に知らしめるかのように土煙の中から骸骨騎士が高速で飛び出した。
「ちっ!」
司は瞬間的に、がしゃどくろの攻撃速度ではまともに当たらないと判断して式神を消し、魔力を身体に纏わせて走り出した。骸骨騎士の速度は圧倒的で、七海や救助された他の探索者たちには目で追うことすら不可能な速度である。しかし、司はその速度で繰り出される大剣を手の甲で弾き、がら空きになった骸骨騎士の胴体に蹴りを叩き込んだ。
「『
ダンジョンの床に叩きつけられた骸骨騎士の頭上に、牛角が生えた悪鬼羅刹の如き怪物が召喚される。牛頭鬼とは違い、手に持つものがなにもない牛鬼は起き上がって逃げ出そうとした骸骨騎士の頭を掴んで地面に叩きつける。骨が軋むような音と共に地面にめり込んだ骸骨騎士に、牛鬼が追撃の拳を叩き込み、追従するように司が腕を蹴り砕く。
七海はその光景を呆然と見ていた。自分が中層でやっていた探索者としての全てが、遊びにしか見えないような現実が、目の前に広がっている。
:手数無限大かよ
:本人も強いのずるくない?
:アサガオちゃんは速く逃げた方がよくない?
:盛り上がってきたな
:視聴者数めっちゃ多くて草
:伝説の配信で草
:渋谷ダンジョンの異常事態解決に動いてるのUNKNOWNらしいぞ
たまたま目に入ったコメントを見て、七海は如月司という人間がUNKNOWNであることがバレてしまったことに気が付いて慌てて配信を切り、後悔していた。本人は別に隠す意味もないと言っていたが、今まで知られていなかったことが知られるというのは、厄介なことだと思ったからだった。
そんな七海の心配など他所に、再び逃げ出した骸骨騎士に対して司は掌を向ける。空気が震えるような魔力と共に、司の手から放たれた光の帯は、七海が瞬きする間に骸骨騎士の胴体を貫いていた。
「あ」
崩れるような音と共に膝をついた骸骨騎士は、迫っていた牛鬼に足を掴まれた上空に投げ捨てられる。
「『
司の肩に現れた鼬が尾を振るうと、上空で身動きが取れていなかった骸骨騎士の身体がバラバラに切り裂かれ、司は足下に転がってきた頭蓋骨を容赦なく踏み砕いた。頭蓋骨が砕け散るのと同時に、周囲に散らばっていた骸骨騎士の骨が灰になって消え、司の足下には大きな魔石だけが残っていた。
「ふぅ」
牛鬼、鎌鼬、橋姫が消えて、七海たちを守るように立つ牛頭鬼と馬頭鬼だけが残された。あれだけの戦闘を行い、何度も式神を召喚しているはずなのに一切消耗しているように見えない司を見て、七海は恐怖で鳥肌が立っていた。
朝川七海にとって、如月司は命の恩人であり、学校で新しくできた探索者の友人だ。しかし、彼女の前に今立っているのは、まぎれもない日本の最高戦力であるランクEX「UNKNOWN」であると、認識してしまった。
「怪我はないですか?」
「……は、はい」
恐怖に固まっているのは七海だけではなく、助けられた他の探索者たちもだ。誰もがその圧倒的な実力に、理解できないものを見るような瞳を向ける。そして、その瞳を向けられているはずの司は、特になにかを気にした様子も見せない。それだけで、七海は司が誰からも距離を取って生きている理由を察してしまった。
「あ、ありがとう司君!」
「……どういたしまして?」
突然、名前を呼ばれながら感謝の言葉を告げられた司は、一瞬呆けたような顔をしていたが、そこから苦笑いを浮かべながら首を傾げた。
彼が持っている探索者として、そして人間としての孤独故の空虚を七海は感じ取ってしまった。だからこそ、友達であると一度宣言した七海は、どんなことがあっても如月司という人間の友達であるのだと誓った。
「さ、帰りましょう。上層と最上層にもう危険はありませんから」
「でも、階段壊れてるよ?」
「なんとかしますよ」
笑いながら携帯を取り出した司は、慣れたような手つきで通話アプリを起動していた。
「もしもし、終わりましたよ……早くないです。それより、21階層と20階層を繋ぐ階段が崩落したんですけど、どれくらいで直るんですか?」
崩落したダンジョンを直すのは人間の仕事ではない。どうやって生み出され、何故そこに存在しているのか未だになにもわからないダンジョンだが、まるで生きているかのように、モンスターを生み出し、自動で修復していくのだ。とは言え、階段が全て破壊されることなんて滅多にないので、司でも修復されるまでの時間などわかりはしない。
「わかんないんですか? なら勝手に道作りますよ?」
誰かと電話している司の背中を見て、七海は1人で決意を固めていた。如月司という人間を1人にしない為には、まずは自身が力をつける必要があると。
朝川七海は頭のいい人間である。ないものねだりをしても仕方がないことをしっているので、司のように式神を操るようなことはできないと理解してた。ならば目指すべき場所はどこか。七海の頭には骸骨騎士と戦闘しながら見たこともない威力の魔法を放っていた司の姿が焼き付いている。自分が目指すべき場所は、あそこなのだと1人で頷く。
「ねぇ、司く……ん?」
「え?」
七海が考え事をしている間に、司は電話を終えて地面に手を当てて巨大な魔法陣を作り出していた。七海が名前を呼んだことに気が付いて振り向いた司の背後で、地面が隆起して岩の階段が次々に作られている光景に、七海は言葉を失った。
「どうしたんですか?」
「……先は長いなぁ」
自分とEXの差を再び見せつけられた七海は、大きなため息を吐くことしかできなかった。
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