第20話

 相沢さんから紹介してもらった店に行って7桁するような魔石製のカメラを買い、なんとなく気分がよくなった俺は、いつもよりもテンション高めに学校へと向かっていた。最近は緊急性の高い任務がなく、学生でEXの俺にはあまり回ってこないので学校に行けているらし。受付のお姉さんがなんとかしてくれているんだろうか。今度、差し入れでも持って行こう。


「おはよう司君!」

「おはようございます、朝川さん」

「……機嫌が、いい」


 なんか朝川さんが驚いている気がするけど、まぁ関係ないか。

 新しいことを始めようと思ったのは本当に久しぶりで、なんだかまだまだ未熟だった探索者になりたての昔を思い出してわくわくする。配信の試しをしながら朝川さんのお手伝いもしてあげなきゃな。


「おい」

「え?」


 今後のことを考えながら椅子に座ったら、なんかいきなりイケメン君がやってきた。俺、まだ今日は絡まれるようなことしてないと思うんだけど……なんで、俺はこんなに睨まれてるんだ?


「昨日、残れって言ったよな?」

「そ、それは……朝川さんに言った方がいいのでは?」

「はぁ!?」


 突然、胸倉を掴まれてしまった。なんだか、日に日にイケメン君の暴力性が増している気がするんだけど……もしかしてそういうモンスターの影響とか受けたのかと思うぐらいだ。

 クラスの人たちも、イケメン君がいきなり俺の胸倉を掴んだことに驚いてるみたいだけど、イケメン君のことを本心ではやっぱり怖がっているのか、目を逸らす人が大半だ。


「今日こそ放課後に残れよ? ぶっ潰してやるから」

「わ、わかりました」

「本当にわかってんだろうな。逃げたら追いかけて殺す!」

「ぼ、暴力はよくないよ!」


 間に朝川さんが入ってきた。個人的な心情としては朝川さんが助けに入ってくれるのは嬉しいけど、多分イケメン君と俺の関係を考えると悪手、になるんじゃないかなぁ。だってイケメン君、絶対朝川さんのことが好きで、それと仲良くしてる陰キャが許せないって感じでしょ。今だって、朝川さんの言葉なんて耳からすり抜けて、俺のこと睨みつけて歯ぎしりしてるし。


「絶対に許さねぇからな」

「あ、ちょっと! 栗原君!」

「いいんですよ朝川さん」


 まぁ、なるようになるでしょ。


 あっという間に授業が終わって放課後。先生に職員室に呼び出されていた。朝川さんは「また明日」との文言を残してさっさと帰っていった。


「そろそろ期末試験だからな、出れていなかった時期の授業のまとめと、要点を貰っておいたぞ」

「すいません。本当にありがとうございます」

「気にするな。忙しい探索者、だからな!」


 なんか、担任のこの人は俺が忙しい探索者であることを異様に強調してくるのだが、もしかして学校にまともに来てない奴が嫌いなのかな。まぁ、担任の先生としては嫌わない理由なんてないだろうけど。こういうのを含めて、俺は通信制の高校にでもさっさと転校しておけばよかったと思う。


 30分ぐらい先生にグチグチ言われて疲れたし、さっさと帰ろうと思ったら、ロッカーに入れてあった業務用の携帯に連絡が来ていた。


【電話に出なかったので恐らく授業中だと思いますが、至急折り返し連絡ください】


 メッセージが送られてきている時間は数十分前なので、今から折り返せばすぐに出てくれるだろう。迷いなくそのまま折り返しの電話をする。


『もしもし』

「もしもし、どうかしましたか?」

『ごめんね、授業中に電話しちゃって』

「それはいいですけど」


 いつも通りお姉さんが出てくれたけど、そう言えばお姉さんのこと名前で呼んだことないな。今までずっとお姉さんで済ませてたし、必要ないと思ってたけど、配信とかし始めて迷惑かけるようになるかもしれないから、考えておこう。


『渋谷ダンジョンの上層で魔力異常が感知されたの』

「……規模は?」

『+9よ』


 ダンジョン内に予め設置してある機器がダンジョンの魔力を感知することができるのだが、その数値が異常に高くなったり、低くなったりすることを魔力異常と呼ぶ。通常時を0として、数値が高くなるとプラスで増えていき10まで、数値が低くなるとマイナスで増えていき-10まで設定されている。

 魔力異常によって引き起こされる問題は幾つかあるけど、数値が高くなる場合の基本は……その階層に見合わない強さのモンスターが出現する前兆。異常規模が+9ってことは、ランクSが複数人かEXが必要になるレベル。つまり、上層に深層の中でも強い部類の敵が出現する予兆があるということ。当然ながら、そんなものが上層に出現すれば……全員死ぬだろう。


「避難指示は?」

『大慌てで発令中』

「他のEXは?」

『神宮寺楓と相沢亮介、双方共に札幌の方に行ってるわ。それで』

「……いや、あの人の話はいいです。どうせ連絡取れないとかでしょうから」

『よく知ってるわね』


 最後の1人は本当に自由人だから、そんなもんだろうぐらいにしか思ってないだけだ。数ヵ月前、唐突に「アメリカ留学してくる」とか言って日本を飛び出していったきり、全く連絡が来ないんだから。


「すぐに行きます」

『ありがとう司君。頼りにして本当に申し訳ないと思うけど……』

「いいんです。任せてください、信濃さん」


 一方的に電話を切ってから学校を飛び出す。クラスメイトたちから注目を集めてしまったが、そんなことを気にしている時間はない。なんか放課後に用事があったような気もしなくないけど、今は依頼が優先だろう。

 着替えることもせずにそのまま渋谷ダンジョンまで最速でやってきた俺の顔を見ても、支部長はいつも通りの軽い雰囲気ではなかった。


「来てくれて助かる」

「状況は?」

「まだ異常だけで、実物は現れてない。中層にいた何人かがまだ戻ってきていないし、上層からも戻って来ていない探索者がいる」


 連絡しているとは言え、状況によってはすぐに帰れるものではなかったりするのがダンジョンだ。モンスターに襲われていたり、囲まれて戦っている状況で避難しろなんて言われてもすぐにはできないだろう。順調に避難しようとしても、モンスターはこっちの事情なんか気にしてくれないのだから、普通に襲い掛かってくることもある。

 授業が全部終わってから色々と職員室で時間を使ったし、それ以降も電車で来たりしたので最速って感じではなかったが、まだモンスターそのものは出ていないのか。

 そんなことを思っていたら、また携帯にメッセージが飛んできた。しかし、今度は業務用の方ではなく、個人用の方。


【渋谷ダンジョン、避難命令が出てるよね?】


「……まさか」


 朝川さんからのメッセージに嫌な予感がして、腕時計型の携帯端末から朝川さんの配信を付けると、ライブ配信中の文字。


「避難し損ねている中層の人間が、配信中とは」


 支部長も少し険しそうな顔でこちらの端末を確認していた。朝川さんが学校が終わると同時に教室から飛び出していったのを見ていたのに、何故こうなることが予測できなかったのか。

 仕方ない。他のまだ避難できていない探索者たちも含めて、助けに行くか。

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