第19話

 婆ちゃんがさっそく会議室、というより獅子島さんを凍り付かせてしまったんだけど、どうしようか。俺……助け船出した方がいいかな。


「……あの、俺は最近……ダンジョン配信始めてみようかなと、思ったんですけど」

「そ、そうなのか!」


 明らかに獅子島さんが助かったって顔してるよ。婆ちゃんがもう少し思いやってやれば、獅子島さんも助かるのに……と思ったけど、数年前に出会った時からこんな人だったな。


「UNKNOWN……如月君はダンジョン配信を始めるつもりだったのか」

「まだ、準備段階というか、ダンジョン配信に興味が出てきたくらいですけど」

「あんたが何かに興味を示すなんて珍しいね。ダンジョン、飯、ゲーム、睡眠しか生活リズムにないと思ってたよ」

「事実でも言わないでくださいよそういうこと」


 事実だけども!

 事実はとっても大事だけど、気を付けて言葉にしないと事実は簡単に人を傷つけちゃんですよ!


「ダンジョン配信の為にする危険行為はこちらでも確認しています。個人的には……規制するのも手ではあると思いますが」

「それは駄目だろう。ダンジョンは国の所有物のような扱いではあるが、内部で撮影してきたものなんかを規制できるほどダンジョン内を正確に把握していない。それに、今から規制したところで反発を生み、増加し始めている探索者の数が減ることになる」


 相沢さんの言いたいこともわかる。ダンジョン配信は高性能なカメラを使えば、自動で撮影できたりするから、そこまで危険ではないように見えるけど、コメントを確認するために気を抜いたりするその一瞬が、命取りになる可能性もある。

 うーむ……難しい問題だ。としての相沢さんの立場を考えれば、規制したがるのも……わかる。


「他の国は?」

「有力国の中では、真っ先にアメリカとオーストラリアがダンジョン配信に関する法整備を整えた。アメリカは全面的に許可する意向で、オーストラリアもある程度の規制はあるが、基本的には許可する方針だそうだ」

「……そうなると、日本だけ規制と言う訳にはいきませんね」


 ダンジョンが国内に多い国のことを有力国と呼ぶが、その中でもダンジョンのお陰で一気に国力を上げたオーストラリアはやはりダンジョン関連の話には積極的だ。自由の国とも呼ばれるアメリカも相変わらず全面的にオッケーな立場。後は他の有力国であるイギリス、ドイツ、フランスだけど……まぁ、基本的には規制することはないだろう。そうなると、日本だけ規制すると一気に海外流出する可能性だってある……と思う。


「問題はダンジョン配信そのものではなく、ダンジョン配信に伴った危険な行いということは、単純に危機感が足りないということではないですか?」

「如月君の言う通りだ。ダンジョン配信そのものを規制することはしないが、危険行為は命に直結する。一度、探索者全員に向けて講習会を開き、義務化するのがいいだろうな」


 ダンジョン配信によってダンジョンが身近になることで人が増える一方で、身近になり過ぎて危機感が薄くなってるのは事実かもしれない。でも、その大多数が中層にまで行きつけない探索者たちなのだから、しっかりと危機感は持たせるべきだろう。そこにダンジョン配信は関係ない。


「ダンジョン配信をすること自体には問題ないと言うのが、協会の正式的な見解でいいんですね?」

「あぁ。如月君はなんの心配もなく配信してくれて構わない」

「ありがとうございます」


 相談する相手が違うだろとは思ったけど、こうして協会から直々に許しを貰えると気が楽だ。朝川さんを下層で戦えるぐらい鍛えたら、俺も下層以降の配信を始めてみようかな。こういう言い方はあんまりよくないからもしれないけど、渋谷ダンジョンの下層以降なんて配信している人がいないんだから、宝の山みたいなものだ。


「配信か……人気取りに興味はないが、宣伝になるのならいい考えだとは思う。いっそのこと、協会側で公認の配信者でも雇ったらどうだ?」

「自由にやらせてもらっているとはいえ、一応は国の機関だから不可能だな」

「そういう政府の頭が固い所は、日本らしいな」


 あの人は……確かランクSの人だ。複数人のパーティーで深層の探索も何度か行っているって噂のある人で、それなりに一般人からの知名度も高かったはず。


「あんたが始めるなら、私はその配信のゲスト出演でもしようかね。あんたの師匠ですって」

「師匠って言うほどなにか教えて貰った覚えないですけどね」

「式神術を教えてやった私に失礼な奴だね」


 いや、婆ちゃんは色々と知ってはいるし知識を持ってはいるんだろうけど、俺は直接なにか教えられた覚えは殆どないぞ。大抵、家にある本を持って来てこれでも読んでなって渡すだけだったじゃん。しかも、若い頃に興味があったけど才能が無いから使えなかったとかいう理由だけだし。


「では、今回の会議はこの程度でいいだろう。議事録はいつも通り各自の連絡先に送っておく……質問があったらいつでも送ってくれ」


 ランクがS以上の探索者ともなると、それなりに忙しい人も多いので会議はいつも短めに終わる。今回の会議も時間で見ると30分といったところだろう。

 会議終わったら、配信用にカメラを見に行こう。高級なカメラを店頭で売っているのを探した方がいいだろうな……だって俺、素人だし。


「如月君、カメラを探しているならこの店に行くといい」

「え?」


 会議が終わったのでさっさと帰ろうと思っていたら、相沢さんにいきなり声をかけられた。


「私は配信なんてしていないが、ダンジョン内の記録用に結構いいカメラを使っていてね。おすすめだよ」

「あ、ありがとうございます!」


 この人、やっぱり優しいわ。

 探索者協会はあくまで国の組織だが、それに対して探索者組合は探索者たちの集まりだ。まぁ……労働者組合みたいな感じ?

 昔、国がダンジョン内の資源を回収するために探索者を奴隷の如く扱った時に、常人離れした身体能力や魔法を使った反撃を受けて、短い時間で多数の犠牲が出た後にできたらしい。探索者組合は探索者を守るための組織みたいなものだ。

 相沢さんは探索者組合の組合長をしているランクEXの人なので、ダンジョン内の記録とかに高いカメラを使っていると言うのは納得だ。まぁ、普段は社畜同然に書類仕事ばかりしてるみたいなので、やっぱりこういう大人にはなりたくないの代表みたいな人だけど。


 相沢さんから貰った店の住所を片手に、俺は会議室から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る