第7話

 上層をさっさと通り抜けて、中層の入口である21階層へとやってきた。ここから先は上層とは違い、ある程度以上の力が無ければあっさりと死んでしまうような世界だ。と言っても、探索者ランクで言う所のDあれば入ることを許されるので、ある程度の才能があれば普通に行ける場所だと思う。

 最上層と上層はダンジョン、って感じの穴倉のような場所だが、中層からはダンジョンの見た目がガラッと変化する。21層から30層までは、森林地帯が続く。

 森林地帯は樹々が乱立しており、如何にも森に住んでいますみたいなモンスターが出てくる。天井には12時間光って12時間眠る特殊な苔が群生しているので、まるで太陽の下にいるかのような明るさを感じる。因みに、12時間光ると言うが、実は外の太陽とはタイミングが違い、5時に急に真昼のような明るさになって、17時になると一気に夜中のように暗くなる。


「よし『雷獣らいじゅう』」


 森林地帯はとにかく周囲への視線が通りにくいほど鬱蒼とした森が広がっているため、普通の探索者ならモンスターの不意打ちに気を付けながら移動しないといけないのだが、俺としては他の探索者から見られる確率が格段に減るので、式神が召喚しやすいというメリットになる。

 雷獣の名前を呼ぶと魔法陣の中から黄色の狼……俺が普段から追従させている雷獣が現れる。召喚された雷獣はすぐに周囲を警戒するように鼻を鳴らしてから、こちらに視線を向ける。


「なんだよ」

「わふっ……」


 ゆったりとした動きでリラックスしているように見える雷獣だが、モンスターが現れれば目にも映らない速度で攻撃を繰り出す、頼りになる式神だ。

 俺の式神は、学校で読んでいた妖怪大全から俺がが、なんというか……地味に性格が俺に似ている気がする。


「さ、今日の依頼は40階層だからな」


 俺が歩き始めれば雷獣はトコトコと歩き始めるが、毛は少し帯電して逆立っている。どういう原理かは知らないが、雷獣はああやって身体を帯電させることで周囲のモンスターを感知してくれる。しかも、雷獣の放つ電撃はコントロールされているので、俺が刀を振り回していても飛んで来ることはない。便利。

 しばらく森を歩いていると、最上層にいたスチールアントよりもデカいネズミが現れた。


「ジャイアントラット……だった」


 ジャイアントラットという直球の名前を持っているネズミなんだが、こちらに気が付いた瞬間にはパリ、という空気を裂くような音と共に雷獣が頭を抉っていた。

 雷獣という妖怪は、元々は落雷によって引き裂かれた大木から想像された存在であるとされる。雲に乗り、雷の速度で移動する雷獣は、人の目ではまともに視認することもできない。


「よしよし」


 ジャイアントラットを瞬殺した雷獣は、逆立たせていた毛を落ち着かせて欠伸をしていた。俺の召喚する雷獣にとって、中層のジャイアントラットなんて敵ですらない。たとえ数十匹ジャイアントラットが出てこようとも、一方的に鏖殺おうさつされるのがオチだろう。それくらいに、雷獣は強い。


 中層をしばらく歩いていると、持っていた袋が結構重くなってきたな。

 海外だと魔法を付与した内部が滅茶苦茶広い袋なんかが考えられてるらしいけど、未だに実用性の目途はないとか。こういう場合、普通の技術とかなら発展するまで待てばできるかもしれないけど、魔法系はそういう素材が見つからないと、だからな。もしかしたら、明日突然できるかもしれないし、100年経ってもできてないかも。

 ないものねだりをしてもしょうがないので、俺はいつも荷物はしっかりと持ってもらっている。


「『火車かしゃ』」


 魔法陣の中から燃え盛る車が出現して俺の前に止まる。火車は生前に悪事を侵した罪人を地獄へ連れて行くとされる妖怪だが、俺はその車の部分にいつも魔石を入れた袋を持ってもらっている。正直、こんな使い方でいいのだろうかと思うのだが、火車は別に不満はないようで、普通に整理してしまってくれる。式神だから当然だが、普通に強いので安心できるし、なにより式神というのは自由自在に出し入れすることができる。

 火車へ事前に預けておいた空の袋を受け取ると、火車を引いている鬼は満足したように頷いてから粒子となって消えた。原理はわからないけど、1回消えた火車を後で呼び出すと何故か普通に預けた魔石を持っている。なのに、もし雷獣が怪我したりした後に消してもう一度召喚すると、怪我は治っている。わからない。


 考えても結論が出ないことなんて、考えるだけ無駄だと思い、そのまま雷獣を引き連れて中層を進む。

 30階層を超えて森林地帯を抜けると、今度はとにかく水が大量に存在する場所へと出る。見た目からして、地底湖の洞窟とでも言えばいいのだろうか。水が何故か淡く光っていることもあって、薄暗さの中に神秘さすらも感じる作りをしているんだが、水の中にもモンスターがいるので不用意に近づくと痛い目を見る。

 まぁ、俺は別に痛い目見ないからいいけど。


 雷獣の強さは深層の敵とも戦えるレベル。つまり、雷獣を一度召喚して戦いを任せてしまうと、深層に行くぐらいまでは欠伸しながら後ろをついて歩くだけでなんの問題もない訳で。しかも今回の依頼は40階層が目標だから、正直楽しくはない。

 そう、楽しくない。俺がダンジョンに潜る理由は金以上に、探索という行為を楽しんでいるからだ。とは言え、3年間も通い詰めているダンジョンなだけあって、渋谷ダンジョンの最上層、上層、中層ぐらいの地形は全て覚えてしまった。ダンジョン内部の構造はよほどのことが無ければ変わらないので、面白くはない。ダンジョンはやっぱり、未知の階層を隅まで探索するのが楽しいのだ。


 なんてくだらないことを考えながらダンジョンを歩き、モンスターを全て雷獣に任せていると目的の40階層まではあっという間だった。ダンジョンは下に潜れば潜るほどに階層は広くなっていくけど、階段から階段まで最短距離で歩けばそこまで時間もかからない……と思う。モンスターを雷獣が瞬殺してるからかもしれないけど。


「ん? 先客か」


 40階層より少し下にフロストワイバーンが複数体って話だったけど、どうやら注意情報は出していないらしい。まぁ、下層まで行くような奴なんてダンジョン側で結構把握しているはずだからな。これが上層とかだったら、探索者協会のホームページで詳細情報を乗せて避難勧告とか出すんだろうけど、下層だしな。それでも出した方がいいと思うけどなぁ……死人が出た後で協会も忙しいとか言い訳にならないだろ。

 人の気配がした方へと視線を向けて、俺は少しだけ後悔した。


「今日こそ下層を攻略します! もう意地です!」


 そこにいたのは、昨日も同じこの場所で見かけた朝川さんだった。

 なんで死にかけた翌日に、同じ場所に来るんですかね。狂人なのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る