第5話

「はぁ……」


 久しぶりの学校は、精神的にキツイ。ダンジョンで感じるのは肉体的な疲労だけなんだけども、精神的な苦痛は辛い。まぁ、ダンジョンで神経張り巡らせている探索者はこんな学校生活なんか比べものにならない精神的な疲労はあるだろうけど、俺はあくまで式神で攻略してるだけだからなぁ。

 学校が辛いって話は俺の個人的な問題だから別にいいんだけどさ。


「陰キャ君、学校終わったら速攻帰るのかよ」

「……え、駄目なんですか?」


 最近、年上とばっかり話してたから咄嗟に丁寧語しか出てこないんだよ。だからって訳じゃないけどあんまり喋りかけてこないで欲しい。敬語はコミュ障でもある程度会話できるようになる便利ツールなんだぞ。

 普通なら留年してるくらいの日数は休んでいるから、なんとなく俺の存在が不快なのはわかるけどさ。探索者協会からの依頼は全部公欠扱いになってるんだから許してくれよ。補習とか受けてなんとか授業についてきてるんだから。


「あんまり虐めてやんなよー」

「ちょっと話してるだけだろ、な?」

「そ、そうです、ね?」


 いや、虐めと話しの違いがわからん。そもそも陰キャ君呼ばわりに虐め以外の意識があったのか?

 まぁ、ただ仲間内で遊ぶ相手が見つかったってだけだろうな。はぁ……なんで通信制にしなかったんだろう。


「で、聞きたかったんだけど、お前って探索者資格持ってんの?」

「も、持ってますよ?」

「そうなの? なら良かったわ」


 なにが?

 イケメン君の中では探索者資格持ってるなにかいいことあるの?


「俺、探索者ランクCなんだけどさ、探索者資格持ってない奴とか、雑魚過ぎて嫌いなんだよね」

「そ、そうですか?」

「そうに決まってんだろ? お前も探索者資格持ってるからわかると思うけどさ、資格取る試験とか滅茶苦茶簡単じゃん」

「まぁ……そうですね」


 実際、結構簡単だとは思う。やっぱり国としてはガンガン探索者が増えて欲しいから、資格難易度を低く設定してあるんだと思う。学力試験も一応はあるけど参考程度で、資格取得には関係ないし。探索者ランクGの最上層組にはかなり手厚く補助付けてるからね。


「だろ? なのに探索者資格持ってねぇとか、絶対魔力が雑魚なだけじゃん」


 試験も関係無し、誰もが初めてだから講習も手厚くしてあって手に入れた後のサポートも充実している。しかも探索者資格は履歴書にも書ける資格だから、大学生とかがよく取ってるらしい。なのに持ってない人が一定数いるのは、探索者になるための最低限である魔力が足りない人だろう。

 ダンジョンが世界に現れてから、世界中では魔力を身体に持つ子供が生まれるようになったが、その量は生まれつきで違う。ある程度は鍛えれば持って生まれた魔力は伸びるが、どうしても才能の壁というものは存在する。そして、探索者になるには最低限の魔力が無ければ死ぬ職業である。だからこそ、探索者を増やしたい国としても苦渋の決断であっただろうが、検査によって一定以下の魔力しかないと判断された人は、そもそも探索者資格を取ろうとすることもできない。


「低魔力者への差別は、よくないですよ?」

「は? 才能もないゴミにゴミって言ってなにが悪いんだよ」


 こういう人が現れるから、やっぱり世の人は反対していたんだろう。だけど、インフラに関わる事業で、なおかつ命に直結することなのだから仕方がないことなのかもしれない。ただ、個人的にはこういう他人を極端に見下す人間は、好きじゃない。


「もう、いいですか?」

「いいよ。聞きたいことも聞けたし……最上層で死にかけてたら助けてあげてもいいよ? なんて!」

「あははははは!」


 胸糞悪い話だが、高校生でCランクになっているということは、探索者としての才能は有り余っているのだろう。同年代と比べて自分が優れていると明確にわかる指標ができれば、人間はああなる生き物だと思う。


「あ、今から帰るの?」

「朝川、さん」


 イライラとした気分のまま教室から出たら、廊下で他の女子と話していた朝川さんに話しかけらた。クラスのマドンナ、とでも言うべき彼女に話しかけられたら他の男子に目をつけられるかもしれない。


「ふふ……みんな部活行ったから誰もいないよ?」


 周囲をキョロキョロと確認していたら、何故か笑われてしまった。

 この高校は文武両道を掲げているので、事情が無い限りは部活動に強制入部なんだけど、俺は当然ながら探索者として働いているので部活動に入っていない。1年の時には家庭科部に入ってたけどね。


「部活しないで帰るってことは……やっぱり探索者なの?」

「え?」

「私も、探索者で頑張ってるからって、部活動を免除してもらってるんだ」

「そ、そうなんだ」


 そうだよな。朝川さんだって、下層にいたんだから探索者ランクC以上ではある訳だし。朝川さんも部活免除で探索者やってるんだよな。


「渋谷ダンジョンだよね? ここら辺で一番近いし」

「そ、そう、ですね」

「そっかー……もしかしたらすれ違ったりしてるかもね!」


 うーん、昨日会いましたね。貴女は意識なかったけど。

 というか、俺は基本的に依頼で関東圏飛び回ってるし、渋谷ダンジョンも個人で潜る時はまで言ってるから多分会ってないですね。気のせいです。


「じゃあ、気を付けてね!」

「あ、はい」


 でも、いい人そう。朝も助けてくれたし、絶対いい人だわ。惚れちゃう。


 個人的な用事でダンジョンに潜れる機会ってあんまりないから、今日は結構深くまで潜ってみようかな。なんて考えていたのが良くなかったのか、仕事用の携帯が鞄の中で揺れているのを感じる。


「…………もしもし」

『もしもし、司君?』

「そうですけど」


 電話の向こうから聞こえてくるのは大人のお姉さんの声。探索者協会で結構偉い地位についている、俺専用の連絡係みたいな人。


『昨日の今日で申し訳ないんだけど……渋谷ダンジョンの40層まで行ってくれないかな?』

「今からですか?」

『できるだけ早くで。学校終わった?』

「もう終わってます」


 いかん、ため息零れそう。というか40層の話だったら俺じゃなくてBランクかAランクの探索者使ってくれないかなぁ。


『40層近くにね、フロストワイバーンが複数湧いたって報告が上がってるの』

「……わかりました」


 フロストワイバーンかぁ……じゃあ俺が行くしかないなぁ。だって、フロストワイバーンなんて下層の中でもかなり強い部類のモンスターだからね。それが複数なんて……そんなのBランクに任せたら全滅するまである。Aランクを5人パーティーぐらいで編成しないといけないなら、EXの俺1人動かした方が楽だもんな。


『ありがとう。ごめんね? 高校生なのにこんな依頼ばっかりして』

「いえ、仕事ですから」

『……高校生なのよ? もっと青春したいとか、ないの?』

「あんまり、ないっすね」

『枯れてるわね。まぁ、依頼のせいかもしれないけど、青春は1回だけなんだから恋もしてみないと駄目よ?』

「親戚のおばちゃんですか貴女は。切りますよ?」


 全く……余計なお世話、とは言わないけどEXランクになった時にそこら辺は諦めたからいいのだ。その選択を20代後半になってから後悔するんだろうな、とは思うけど、今は子供だからと言い訳して生きていくしかない。


 個人的な用事で行くはずだったダンジョンが、依頼に変わっただけだから別にいいけどさ。自分の意思で向かうダンジョンと、義務感で向かうダンジョンではテンションが全然違うんだよなぁ。

 内心で愚痴っても仕方ないから、家に帰って着替えたらすぐ行くか。

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