第2話


 何だろう……なんか……ふわふわと変な感覚がする。ずっとこのままでもいいような……心地良い感覚が……。

 まどろみに身を任せていると、


「全…………んぞ……」

「外…………はず…………」

「そも………な………人族……」

「わか………………聞………………か?」


 聞き覚えの無い誰かの声が耳へと届く。

 それと同時に私の意識が覚醒していった。


「う、うーん」


 なんかうるさいなあ。というか、私いつ寝ちゃったんだっけ? たしか、ソファで『レジェンドチャンピオンズ』をやっていたはずだけど……ん? ベッド? しかも私のとは全然違う?

 目を擦りながらゆっくりと上半身を起こすと、そこに広がっていた光景は全く予想していなかったものだった。


「おお! 目が覚めたみたいだな……医者の話では問題ないとのことだったが、よかったよかった」


「そうですね、本当によかったです。自分のこととか、なぜあんな場所に倒れていたのか分かりますか?」


「質問はまだ早いんじゃないか?」


 私に話しかけてきているのは、青と緑の身体に尻尾と翼が生えた二匹のドラゴン。

 大きさは二メートル~三メートルぐらい? 超巨大なぬいぐるみみたいなサイズのドラゴンがそこには存在していた。

 夢みたいな光景にポケっとした状態のまま思わず呟いた。


「ドラゴン?」


「む? たしかに私はそうだが……ぬお!?」


 私の呟いた一言がドラゴンに肯定されるのと同時に飛び起きる。


 うえっへーい! 


 これは夢だと確信した私は半分寝ぼけたまま、目の前にいたドラゴンへと思いっきり抱きついた。

 ドラゴンが現実にいるわけ無いんだからコレは夢! 夢なら何やってもいい。そうに決まっている!!


「なっ!? ひ、人の子!? いきなり何を!?」


「うわー、鱗がすべすべだー。なのに固―い! ああ、ちょっとひんやりしているのも良い感触……頬ずりしちゃお!」


「ひょえ!? く、くすぐったい!? おい、何を黙って見とるんだ!? 早くこの人の子を引きはがしてくれ!?」


「いや、どうやって引きはがせと!? 攻撃されているわけでは無いのですから諦めて受け入れるべきなのでは?」


 んー? なんかドラゴンたちは喋っているし、全然夢から覚めないぞー? 

 なら、このまま好き放題しちゃおーっと。

 それにしても、この鱗綺麗だなー。飴細工みたい……舐めちゃお。ペロ――やっぱ、味はしないねー。


「な、何しとるかー!?!?」


「きゃいん!?」


 軽く一舐めしたところで、激昂したドラゴンが翼を広げて私を弾き飛ばした。

 完全に油断していた私は軽く吹っ飛ばされて、尻餅をつく。


「あ、ああー。何しているんですかお父さん……キミ、大丈夫かい?」


「何かされたのはこっちだというに……。それに加減はしたぞ」


 飛ばされた衝撃とお尻の痛さに私は辺りをキョロキョロと見回す。

 木造と思われる広い家に――、ベッドに――、ドラゴン。視界に入ってくる光景は非現実的だけど、木の匂いもするし、パチパチと暖炉から音はするし、これって……?


「あれ、痛い……もしかして夢じゃない?」


「夢? もしかして寝ぼけていたのかな?」


「食いもんの夢でも見ておったのか? それにしては、具体的に鱗とか言っておったような気がするが……」


 ドラゴンたちの声で現実だと理解してしまった。じゃあ、私はあれか? 憧れのドラゴンを前にしてあんな……失礼なことを?

 それをハッキリと意識した瞬間――


「すいまっせんでしたー!!!」


 私は思いっきり土下座したのだった。



 ――――――――



 今の状況が現実だと言うことを理解して土下座をした私は改めてドラゴンたちから話を聞いている真っ最中だった。


「えっと……私は倒れていたんですか?」


「そうだ。この村の真ん前でな。純粋な人の子がこの村に来るのは珍しいからな。何があったのかと驚いたが……」


「怪我もなく、ただ眠っているような状態でしたので、こうして保護と同時に様子を見ていたというわけです」


 そう語るのは青いドラゴンと緑のドラゴンだ。この二人? は親子で青い方が父親の『ベルディアス・ドラグニカ』さんで、息子の緑の方が『グリデュシア・ドラグニカ』さんだそうだ。


 すっごい言いにくいので、私はベルさんとグリさんと呼ぶことにした。

 ベルさんはこの村の村長でもあるらしい。住人の大半がドラゴンという私にとっては垂涎ものの村だけど、どれくらい偉いのかはよく分かんない。

 で、私としては村の前で倒れていたとか言われてもよく分からなかったりする。

 最後の記憶は家で『レジェンドチャンピオンズ』をプレイしていたところで途切れているからね。それ以上のことは分からないのだ。


 だから、正直にぶっちゃけることにした。ベルさんとグリさんが私の事を心配している感じは伝わってきていたし、私だけではこの状況はどうにもならないと想ったからだ。


「人の子……竜姫と言ったか?」


「はい」


「お主は別の世界からやって来たと……本気でそう言っているのか?」


 ベルさんが瞳を細めながら私に近づいて来た。細められた瞳に見つめられながらも私はハッキリと答え、頷く。


「はい」


 数十秒くらい見つめ合った後、ベルさんは瞳を元の状態に戻すと、私から離れた。


「そうか……信じよう。だが、竜姫――お主が帰る方法は儂らには分からん」


「そうですね……別世界の存在がやって来た、という話は聞いたことがありません。ここが片田舎だからというのもあり得ますが……」


「若いときはあちこち言っていたが、そんな話は聞いたことが無いぞ」


「……そう、ですか」


 ベルさんとグリさんの話を聞いて私はガックリと肩を落とす。憧れのドラゴンと


「だが、創世神様ならば分かるかもしれん」


「創世神様……?」


 聞いたことの無い単語に首を傾げるとベルさんが説明してくれた。

 創世神様とはこの世界を生み出したすごい神様で、今もなお世界の中心である世界樹の上にいるらしい。

 世界で大きな争いがないのは今も創世神様がいるからってことらしい。

 会うには特別な許可が必要でベルさんもグリさんも会ったことは無いらしい。


「え、じゃあ。私じゃ会えないんじゃないですか?」


 この世界で長年生きているベルさんとグリさんが会えていないのに、異世界からやって来たぽっと出の小学生が会えるような存在だとはとても思えなかった。

 そう聞くと、会う機会はあるらしい。


「いや、一年に一回行われる創世神様へ捧げる祭りで、試練へと挑めば会える」


「僕達、ドラゴン族や獣族とかと人族がパートナー契約を結んでね、参加するんだ」


 それだけだとなんとなくしか分からなかったが、さらに詳しく聞いてみると、一応理解出来た……と思う。

 どうやら、争いの代わり――というわけではないみたいだけど、スポーツに近いのかな? 人とそれ以外の種族が魔法で契約をしてパートナーとなり、創世神様が世界の何処かに用意した七つのほこらを攻略するお祭り……大会でいいのかな?


 ほこらをクリアすると証がもらえて、全部集めると創世神様の元で最後の試練に挑むことになるらしい。

 出場条件は種族によって異なるみたいだけど一定の年齢以下って事だけらしい。大人はダメってことみたいだ。種族によっては挑戦事態が成人の儀として扱っているところもあるんだとか。


(なんか……『レジェンドチャンピオンズ』と似ているような?)


 創世神様とかはいなかったけど、世界各地のダンジョンや大会へ育てたモンスター達と挑むのが『レジェンドチャンピオンズ』のメインストーリーだった。

 おまけにドラゴンとかがちょっと弱い扱いなのも似てたりする。


(そんなとこまで似なくて良いのになぁ……)


 なんで異世界でもドラゴンが使いにくい種族扱いされているのか。

 少し微妙な気持ちになりつつも、それしか手がかりが無いのなら、私も参加したい! ベルさんとグリさんに伝えて見たのだが……。


「ゴメンね。今年の出場者は決まっちゃっていてね」


「種族領の大きさで代表の人数が決まっているからな。今から増やすのは無理だ。来年なら大丈夫なんだが……」


「ガーン!?」


 じゃあ、私はすぐ帰れないどころか、手がかりすら来年にならないと掴めないってこと……。

 思いっきりショックを受けていると、部屋の扉がいきなり開いて、何かが私の顔面に飛び掛かってきた。


「わぷ!?」


「キュウ? キュウウウ?」


 飛び込んできた何かは鳴き声を上げながら、私の首筋を撫でる。


「ちっこい……ドラゴン? あはははっ! くすぐったい……んー、元気づけてくれてるのー?」


「キュワウ!!」

 そうだ、とでも言わんばかりに鳴く白い鱗を持つ子ドラゴンを私は撫で繰り回す。


「むう、相変わらずこの子竜は騒々しいな」


「まぁまぁ、自分が竜姫を最初に見つけたので、心配だったのでしょう」


「キミが見つけてくれたのー。そっかーありがとねー」


「キュワ、キュワー!!」


 グリさんの言葉を聞いて、さらに撫でると子ドラゴンは喜んでいるのか尻尾が元気に揺れていた。かわいい。

 そんな私達の様子を見てベルさんはどこか驚いたように呟いていた。


「この光竜の子がここまで懐くとは……」


「光竜?」


「この子の種族だな。一月ほど前に生まれた子なのだが、本来ならもう数ヶ月は後に生まれる予定だったが……ある日、タマゴにヒビが入っておって、村中慌てたもんだ」


「あれは、肝が冷えましたね。早生まれとはいえ、こうして元気というか、今は元気すぎるくらいですが――代わりといってはなんですがまだ喋れないのですよ」


 へー、と聞きつつ。子ドラゴンに問いかけてみる。


「ねえー、キミのことなんて呼んだら良い?」


「キュウ? キュワワー!」


「うーん、分かんないや。コーちゃんって呼んでも良い?」


「キュワウ!!」


 光竜だからという理由でコーちゃんにしてみたのだが、あっさりとOKがでてしまった。頷く姿もとても可愛い。


「じゃあ、今からキミはコーちゃんだ! よろしくね、コーちゃん!」


「キュワウ、キュワー!!」



「……惜しいですね。我々に忌避感のない彼女なら代表にふさわしそうなのですが……」


「うむ……だが、取り決めもある。他の子らをないがしろにするわけにはいくまいよ」

 コーちゃんと戯れていた私は、ベルさんとグリさんの言葉は聞こえなかったのだった。


――――――


 その後も、ベルさんやグリさん、それ以外のドラゴンたちとも村で交流してみたのだが、結局、私が元の世界に帰る方法どころか、手がかりすら見つからない。

 やっぱり創世神様とやらに出会うしかなさそうだった。


 ベルさんやグリさんはこのまま保護してくれると言っていたが、ただお世話になりっぱなしじゃ嫌だ! と私が言うと、私でも出来る仕事……というかコーちゃんを含めた子ドラゴンたちと遊ぶことだった。


 ええ!? そんなご褒美いいんですか!? 目を輝かせると襲うなよ……とは注意されたが――それが私の仕事だった。


 一週間ほどこのドラゴンの村で暮らしたが大分馴染んで来たと思う。

 例の創世神様に捧げるお祭りがそろそろ始まるそうで、村の中も騒がしくなってきた。

 出場者なのか村の中には人族の子供もちらほらと見える。パートナーはこれから決めるらしい。


 私も出たかったなー、と思いながらコーちゃんと歩いていると、


「全く、家の取り決めとはいえ、わざわざドラゴン領から出場しなければならないとはな。面倒でしか無い」


「そうですよね。ドラゴンをパートナーにして、全部のほこらをクリアした人はいないんでしたっけ?」


「私、一個でもクリア出来るか不安です……」


「はっ、俺には家から連れてきた、ワルキューレがいるからな。ドラゴンに足を引っ張られようと問題ない。なあ?」


『お任せ下さい。我が主』


「ゲドラ様は良いですよね」


「お前らも外で他のパートナーを見つければいい」


「それしかないですよね……」


 出場者らしい少年とそのお付きっぽい二人組の腹が立つ会話が聞こえてきた。

 そのドラゴンを下にみる物言いに私が一言、文句を言ってやろうとしたんだけど、ベルさんが近くにやって来て止める。


「竜姫……いいんだ」


「………………」


 不服だったけど。ベルさんにはお世話になっているので、今はこらえることにしようとはした――次の言葉が聞こえてくるまでは。



「ドラゴンなんか盾にでも使えば良い。それだけ出来れば十分だ」


「「なるほどー」」


 すっごいむかついた!! 


『レジェンドチャンピオンズ』でも非人型ユニットをバカにする奴らはいたけど、こうも露骨に……リアルの異世界で聞くとは思わなかった。


 完全にぶち切れた私は奴らの前に飛び出した。


「た、竜姫!?」


 ベルさんが声を上げるが、気にしない。私はドラゴンをバカにされて黙ってなんていられない!!


「ん? なんだ貴様は?」


「私がやる!」


「は? いきなり何を言って……」


「今年の代表選には私が出る!! アンタなんかをドラゴン領の代表にしてたまるもんですか!!」


「キューワ!!」


 私の宣言に会わせてコーちゃんも小さな雄叫びを上げるのだった。

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ドラグライク・ファンタジア 海星めりい @raiki

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