第3話:幼馴染の嘘
陸翔が私に嘘を吐いた。
幼い頃からずっと一緒で何でも話していたのに。今まで陸翔が嘘を吐いた事なんて無かったのに。
もちろんお互いに中学生なんだから秘密の一つや二つあって当然だ。
……だけど、どうしても気になってしまう。妙な胸騒ぎがする。
結局あの日のことを想い出しては何とも言えない気持ちになってしまい、あれから一週間経っても陸翔から本当の事を聞くことも、それどころか缶バッチの事も話せなかった。
「ねぇ穂乃香、犬飼君ってお兄さんいるの?」
理央ちゃんに尋ねられたのは、あれから一週間経った月曜日。
いつもの放課後、『ふぁんない』のSNS更新を待ちがてらのお喋りの時間での事だ。
「陸翔に? ううん居ないよ。陸翔ひとりっこだから」
「そっか……。それなら親戚だったのかな」
「……何かあったの?」
胸騒ぎがして問えば、理央ちゃんが昨日でかけた先で陸翔を見たと教えてくれた。
「駅で見かけたんだけど、ちょっと派手めな男の子と、大人の男の人と一緒に居たの」
三人はその後別の電車に乗っていったという。
都内へと向かう電車。そもそも理央ちゃんが陸翔を見かけたという駅も、私達が住んでる駅ではない。
「そう、なんだ……。何かで出掛けてたのかな」
その前の夜も、それ以前も、陸翔は何も言ってこなかった。
私の予定を聞いて、自分は「何もない」と答えていた。陸翔は友達と遊びに行く予定があると教えてくれるのに。
嘘を吐かれた?
誤魔化された?
私に言えない何かをしてる……?
疑問と不安と心配、そして陸翔が私に言わずに何かをしているという事実が悲しくて、胸の内がぎゅうと苦しくなる。
無意識に押さえれば、真紀ちゃんが「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
「この間見た人達かな? ……なんかちょっと、不良ってほどじゃないけど派手な感じの男の子だったね」
「実はあの後、陸翔に『今日何してたの?』って聞いてみたんだけど、何もしてないって返されちゃって……、それから話に出せてないんだ」
「あの犬飼君が穂乃香に嘘吐いたの!?」
真紀ちゃんが驚いて声をあげる。
その瞬間に理央ちゃんが真紀ちゃんに対して小声で「真紀!」と呼ぶのは、きっと私を気遣ってくれたのだろう。
はっとして真紀ちゃんが謝ってくれるが、真紀ちゃんは別に悪い事はしていない。
……それに、陸翔が私に嘘を吐いたのは事実だ。
「今日ね、陸翔が一緒に帰れないって言ってきたの。去年ぐらいからかな、そういうのが増えてきて……」
以前も一緒に帰れない日はあった。
だがそういう時、陸翔は必ず理由を話してくれた。
誰と遊ぶ、どこに行く、何の用事がある……。そして最後には「穂乃香も一緒に行かない?」と誘ってくれるのだ。
さすがに男の子達との遊びや家族と出かける時には着いていかなかったが、一人で図書館や買い物には着いていった。
だから余計に気になってしまう。
一緒に帰れないと言ってきた時の陸翔の少し言い淀んだ口調。何かあるのかと尋ねた私に対しての「……ちょっと用事」というらしくない言葉。
思い出すと胸の内がずしりと重くなってくる。
「……もしかして、何か穂乃香に言えない状態なのかな」
「私に言えないって?」
「脅されてる、……とか? あの時見た男の子、ちょっと不良っぽいところあったでしょ」
真紀ちゃんの言葉に、私の記憶にあの時に見た男の子の姿が思い出される。
確かにちょっと派手目な外見をしていた。
もしかして陸翔はあの男の子に脅されているのかもしれない。そうなると一緒に居た大人の男の人も共犯か。
その光景を想像すると、私の心臓がぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えた。
……だけど痛みを覚えてるだけじゃいられない。
「わ、私! 陸翔を助けに行ってくる!!」
「え、助けにって。まだ確定してるわけじゃないし、もしもって話だよ!?」
「でも陸翔が私に嘘吐くなんてよっぽどの事だもん。絶対に何かある!!」
こうやって話している間にも、もしかしたら陸翔は脅されているかもしれない。
お金を取られたり、それどころか殴られたり暴力を振るわれていたら……。
そう考えると居ても立っても居られず、すぐさま鞄を掴んで教室を飛び出した。
◆
陸翔はどこに行くか詳しくは教えてくれなかった。
だけど「駅の方」と言っていたのは確かだ。まずは家に帰り、すぐに着替えて再び家を出る。
学校の間は家に置いている携帯電話を持っていくのは緊急時のため。見れば真紀ちゃんと理央ちゃんから『何かあったら連絡して!』とメッセージが入っていた。
そうして駅に着くも、どこに行けば良いのかは分からず、陸翔の姿を探しながら歩き回るしかない。
改札まで行き中を見回し、近くのお店や人通りの少ない道も覗く。
そうして駅から辿るようにショッピングモールを歩き……、陸翔の後ろ姿を見つけた。
陸翔を挟むように左右を歩くのは、後ろ姿でも派手目と分かる男の子と、二人よりも背の高い大人の男の人。あの時見かけた、そして理央ちゃんも見つけた二人組だ。
「陸翔!!」
慌てて駆け寄り、陸翔の腕を掴んだ。
陸翔がこちらを振り返る。普段はあまり感情を表に出さないのに、今は驚いたと一目で分かる表情をし、息を呑んで「穂乃香……!?」と私を呼んだ。
「穂乃香、なんでここに……」
「陸翔が危ない目にあってるかもしれないから……。だから私、心配で……! 陸翔こそ、どうしてここに居るの?」
「そ、それは……」
私の問いかけに陸翔が言い淀む。
気まずそうな表情。私には教えられないという事だ。
そんな私達に、派手目な格好の男の子が「どうした?」と話しかけてきた。よく見れば髪も染めていてピアスもしている。
「おい陸翔、この子誰だ?」
「私っ……、私は陸翔の幼馴染です! 陸翔を脅そうなんてさせませんからね!」
陸翔の腕をぎゅっと掴んで私の方に引き寄せる。
絶対に護ってみせるという意思表示だ。それを見て二人が目を丸くさせる。
「えーっと、幼馴染って……、秋津さんだっけ? 陸翔君から話は聞いてるよ。僕達は怪しい人じゃ……、まっ、待って、防犯ブザーはやめて!!」
さっと私が鞄から防犯ブザーを取り出して突きつければ、男の人が慌てだした。
「ここで鳴らされたら社会的にまずいから!」と随分と必死だ。周囲にいる人達が怪しんでいるのでそちらに対しても「何でもありません!」と弁明している。
「……穂乃香、ちょっと落ち着いて」
「陸翔……。でも脅されてるんじゃないの?」
「脅されてないから。平気……」
陸翔が私を宥めながら、そっと私の手から防犯ブザーを取った。
真っすぐに私の目を見つめて「大丈夫」と告げてくる。その口調や態度には嘘を吐いている様子はない。
どうやら本当に脅されていないらしい。……それが分かると途端に私の体から力が抜けてしまった。
さすがにその場にしゃがみ込んだりはしないが、陸翔を探している間の焦燥感や心配、そしてここまで休むことなく探し回ったことへの疲れが一気に襲ってきた。
「私心配しちゃって……、大丈夫ならよかった……」
「ごめん、穂乃香。俺がちゃんと話せば良かった。……でも助けに来てくれてありがとう」
陸翔が私の手を握りながら感謝を告げてくる。嬉しそうな表情だ。
それに私が安堵していると……、
「二人の世界ってやつに浸ってるところ悪いけど、とりあえず移動しようぜ」
「そうだね。僕今とても世間の目が痛いから、どこか喫茶店にでも行こうか」
私達のやりとりを見ていた二人が話しかけてきた。
『二人の世界』という言葉に私はドキリとしてしまい、慌てて陸翔の手を放した。
私が離れたことで陸翔が恨めし気に男の子を睨みつける。邪魔をされたと言いたげな表情。これを見るに、やっぱり脅されてはいないようだ。
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