第2話:痛バッグと開封の儀
「ごめんね穂乃香、朝からカラオケって決めてたのに」
真紀ちゃんに謝られ、私はふるふると首を横に振って返した。
場所は駅前のショッピングモール。日曜日の午前だけあり混んでいる。
「『ふぁんない』のグッズ販売なんでしょ?」
このショッピングモールにはアニメや漫画のグッズを売っているお店も入っており、そこで今日発売のグッズが買えるらしい。
なので予定を急遽変更してショッピングモールに来ている。グッズを買って、お昼を食べて、その後にカラオケだ。
「でも理央ちゃんが来られないの残念だね。理央ちゃん、今日は塾だっけ」
「理央の行ってる塾、厳しいらしいし大変だよね。でも高校受験かぁ。高校生になったらバイト出来るし推しのグッズもっと買えるようになる!」
真紀ちゃんの瞳が輝く。
確かにまだ中学生の私達は使えるお金が少ない。今日だって、真紀ちゃんは数あるグッズの中から欲しい物を選びに選んで買うというのだ。
「いつか推しの痛バック作るんだ。そのために、今からコツコツ貯めないと」
「痛バック……、また新たな単語が。痛んでるバックってこと? あえて痛んでるのを作る……、ダメージジーンズと同じ考え?」
「痛バックで推し活が捗る~」
「推し活……、串カツと同類と見て間違いないわね。……というか、さっきから私が単語分からないの知ってて言ってるでしょ」
遊ばれてると察してじろりと真紀ちゃんを睨みつける。
図星だったようで、真紀ちゃんが笑って誤魔化しながら「もう販売始まっちゃう」と小走り目に歩き出した。
『ふぁんない』のグッズは色々と出ている。
文房具やキーホルダー、パスケース、タオル。メンバーのイラストが描かれているものもあれば、メンバーをイメージした鞄や髪留めもある。
そんな中でも定番なのは缶バッチだという。
四種類の絵柄で描かれた、各五人の缶バッチ。つまり合計二十種類。
「今回も何が出るか分からないの?」
「そう、缶バッチはいつもブラインドだから……。トモル兄の缶バッチ欲しいけど、あたし自引き出来ないんだよねぇ」
「ブラインド、自引き……! ここで使われる単語なのね」
未知の単語を聞きつければ、真紀ちゃんがグッズ一覧を眺めつつ単語の意味を教えてくれた。
曰く、『ブラインド』とは誰のどのグッズが入っているか分からない状況での販売のこと。中味の見えない袋に入っているらしい。
そして『自引き』とは、そんな何が入っているか分からないブラインド商品で自分の推しのグッズを引き当てること。
「何が出るのか分からないのは困るね。お小遣いじゃそんなにいっぱい買えないし」
「そう。上限まで買える大人が羨ましいよねぇ。やっぱり早くバイトしたい。あれ、穂乃香も買うの?」
真紀ちゃんが私の手元、一つだけ取った袋を見る。
「缶バッチ一つだけどね。こういうの買うの初めて。……って言っても、陸翔に頼まれたんだけどね」
「犬飼君に?」
「うん。それが昨日の夜にね……」
◆
昨日の夜、いつも通りの窓辺での会話。
「明日は陸翔は何するの?」
「……明日は、特に何も。穂乃香は明日はカラオケだっけ」
「うん。でも午前中はショッピングモールに行くことになったんだ。真紀ちゃんが『ふぁんない』のグッズ買いたいんだって」
「グッズ……、あぁ、明日発売だっけ」
ふと陸翔が何かを考え込み、「ちょっと待ってて」と自室へと戻っていった。
かと思えばすぐに戻ってくる。……その手に五百円玉を持って。
「これで缶バッチ買ってきて」
「缶バッチ? 別に良いけど、もしも中が分からない売り方だったら陸翔が欲しいの買えないかもしれないよ?」
「別に良い。というか別に缶バッチはいらない」
「いらないのに私に買ってきて欲しいの?」
陸翔が何をしたいのか分からない。
欲しくないのに買うなんて無駄遣いだ。それなら自分の欲しい物を買うべきだと話すも、陸翔は無理に私に五百円玉を押し付けてきた。
「穂乃香に買ってきて欲しい。……俺の運試し」
「缶バッチで運試し? 何がしたいのか分からないけど……、まぁ、陸翔の頼みなら良いよ。何が出たか、夜に教えてあげるね」
◆
「そういうことで、陸翔から頼まれたの」
よく分からないね、と一連のことを話せば、真紀ちゃんも不思議そうに首を傾げた。
「缶バッチが欲しいわけじゃなくて運試しって、陸翔は何がしたいんだろ?」
「うーん……、って悩んでみたけど、穂乃香に分からない犬飼君のことをあたしが分かるわけないわね」
「諦めが早い」
「まぁでも、頼まれたなら買えば良いんじゃない。それでトモル兄が出たら私と」
「あ、交換はしてこないでって言われてるから駄目」
あっさりと真紀ちゃんの要望を断れば、真紀ちゃんが「あぁー」と切なげな声をあげた。
お会計を済ませて、お昼ご飯を食べるためにフードコートへと向かう。
ご飯を食べ終えてジュースを飲んでいると、真紀ちゃんが徐に真剣な表情で「では」と話し出した。
「これより開封の儀を始めます」
「なにが始まるの!? 怖い!」
「安心して、ブラインドのグッズ開けるだけだから。でもこういうのは気合いが大事だからね」
推しを自引きするためか、真紀ちゃんは妙に気合いが入っている。
それに当てられて私もつい気合いが入り、「私も開ける!」と鞄からさっき買った缶バッチを取り出した。
「トモル兄、出て……、トモル兄……。これで出てくれたら次のテストで爆死しても良いから」
「それは普通に駄目だと思う」
物騒なことを言い出す真紀ちゃんをとりあえず宥める。
真紀ちゃんは私と違ってグッズを何個も買っており、一つ開けては一喜一憂している。周りを見ると同じような同年代のグループが幾つかあった。
ならば私も……、と缶バッチの入っている袋を開けて、中身を取り出した。
「あ、レト君だ」
袋から出てきたのはレト君の缶バッチ。
格好良い彼の絵が描かれていて光を受けてキラキラと輝いてる。
「凄いじゃん、穂乃香! 自引きでしかもホログラムだよ!」
やったね! と真紀ちゃんが自分の事のように喜んでくれた。
◆
お昼ご飯を済ませて、その後は当初の予定通りカラオケへ。
夕食前に帰るため駅前のバス停へと向かい……、
「ねぇ、あれって犬飼君?」
「え?」
真紀ちゃんの言葉に、私は駅の方を見た。
そこには確かに陸翔の姿がっあた。一緒に居るのは私達より少し年上の男の子と、それと大人の男性。
三人は何か話しながら駅から出てきて、私達のいるバスロータリーとは別方向へと歩いていってしまった。
「一緒に居た人、誰か知ってる? 親戚とか習い事の知り合い?」
「陸翔は習い事してないよ。親戚でもないと思う……」
「あんまり犬飼君と共通点無さそうに見えたけど、何の繋がりだろうね?」
一緒に居た年上の男の子は不良とは言わないが派手めな格好をしていた。それと大人の男性。
陸翔が彼等と一緒に居る理由はよく分からない。
帰ったら聞いてみよう。
そうこの時の私は思っていた。
……だけど、
「今日? ……いや、別に、なにもしてない」
いつもの窓辺での会話。
さっそく今日は何をしていたのかと尋ねた私に、陸翔は不自然に視線を逸らして嘘を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます