無口な彼の、秘密の歌声~子犬系幼馴染が実は人気歌い手だった件~
さき
第1話:噂の人気歌い手グループ
学校の教室で交わされるクラスメイトとの会話は様々。
今日の授業、テスト、部活、習い事、隣のクラスの噂。そんな生活のことから、漫画、アニメ、ゲーム、アイドルといった流行りについても。
花の女子高生……、の一歩手前、花の中学生の話題は尽きない。
私――
「今日の配信って誰かな。箱推しだからどの組合せでも良いけど、ゲーム実況が良いなぁ」
「ねぇ今度のグッズいつ発売なんだろ。まじでブラインドやめて欲しいよ。自引き出来るか分からないし」
興奮気味に話す友達二人――真紀ちゃんと理央ちゃんを前に、私はうんうんと頷いていた。
楽しそうでなにより。やはり放課後のお喋りはこうでないと。
そんなことを考えていると、二人がくるりとこちらを向いた。
「あっ、ごめん穂乃香、また私達一方的に話しちゃった」
二人に謝られ、私は縦に頷いていた首を今度は横に振った。
「大丈夫だよ、話聞いてるだけでも楽しいもん。それに最近は二人の話も分かるようになってきたし」
「本当? それじゃぁ『箱推し』って何か分かる?」
「箱を持ち上げられないから押して移動するんでしょ? いつも押してるけどちゃんと持った方が良いと思うよ」
「『ブラインド』は?」
「窓に取り付ける日よけ」
「……『自引き』は?」
「地引網!」
思わず得意げに語ってしまう。
そんな私の話を聞き、さっきまで盛り上がっていた二人は静かになって顔を見合わせてしまった。
なんだろう、何か間違えてたのかな……。
「……そうね、穂乃香はそのままで居て」
「その理解でどうして頷いていられたのが分からないけど、きっと私達と居られるだけで楽しいと思ってくれてるんだよね。そんな穂乃香こそが私達の最推しだよ」
二人がぎゅっと私を抱きしめてくる。
どうやら『何か間違えてた』どころじゃなくてだいぶ間違えてたみたい。
間違えたうえで愛でられているのが恥ずかしく、私は二人の腕からするりと擦り抜けた。
「ちょっと間違えただけでしょ。それに、言葉の意味は分からなくても二人が話してるのが『ふぁんない』の事なのは分かってるもん!」
だから愛でるのを止めて!
そう訴えれば『ふぁんない』の言葉に彼女達は再び盛り上がった。
◆
『ふぁんない』とは、今ネットで人気の歌い手グループである。
正式名称は『
メンバーは男の子五人。彼等は年齢こそ公表しているが顔も素性も分からない。動画に出る時はイラストを使い、たまに実際の姿を見せても顔は隠している。
私も二人の影響でよく彼等の動画を見ており、最近はメンバーの事もちょっと分かってきた。……まだ専門用語は分からないけど。
「穂乃香はレト君推しなんだよね」
「推し……、って好きって事だっけ。まだはっきりと好きってわけじゃないけど、レト君の声と話し方が一番好きかな」
机に置かれた真紀ちゃんの携帯電話を覗き込みながら話す。画面には『ふぁんない』のSNSが映っている。
彼等は夕方に配信内容をSNSで告知し、夜に動画を上げるのをルーティンとしている。その告知を教室で確認してから帰るのがいつの間にか私達のルーティンになっていた。
「ねぇ告知きたよ! 今日レト君の歌ってみただって!!」
『歌ってみた』とは文字の取り、彼等が歌を披露する動画だ。
二人がわっと盛り上がる。レト君は『ふぁんない』のメンバーの一人で、彼が一番歌が上手いから期待が高まっているのだろう。
「レト君の歌なんだ。私も楽しみだな。……きゃっ!」
話の最中にズンと私の体に何かが伸し掛かってきて、思わず声を上げてしまった。
といっても咄嗟に声が出ただけで、本気で驚いたわけでも痛いわけでもない。
この重さが何かは知っている。これは……。
「もう、
私が文句を言えば、幼馴染の
……私に伸し掛かったまま。
「どうしていつも伸し掛かってくるの」
「……穂乃香に会えなかった分を吸収してる」
「吸収!? 私からなに吸ってるの!? もう、変なこと言わないでよ。それに会えなかったって言ったって、陸翔が委員会の仕事に行ってただけでしょ」
まったく、と溜息交じりに告げるも、陸翔は「でも」と呟くだけだ。さすがに放れてくれたけど。
そんな陸翔と話しつつ帰りの準備を済ませる。
「じゃぁ二人ともまた明日ね。ほら陸翔も、話の最中に邪魔したことちゃんと謝って」
「……穂乃香が俺を迎えに来てくれないから俺が迎えに来ただけ」
「吸収したうえ私のせいに!? 昔から変なところで頑固なんだから!」
怒ってみせるも、陸翔は私の手を掴んで「帰ろう」と訴えてくる。
そんな私と陸翔を、二人が笑いながら手を振って見送ってくれた。
「本当、犬飼君って秋津穂の事だけは分かりやすいよね」
「あれはもう私達の推しへの愛なんて目じゃないね。愛で溢れすぎてる」
そんな二人の会話は、陸翔に手を引かれながら歩く私には届かなかった。
◆
犬飼陸翔は私の家の隣に住んでいる同い年の男の子。
生まれた時から家族同然の付き合いをしていて、いわゆる幼馴染というものだ。
「学校で話してたの『ふぁんない』の事?」
そう陸翔が尋ねてきたのは、夕食も終えて寝る直前。
私と陸翔の部屋は向かいになっていて、窓を開ければすぐ間近に会える。そのせいか寝る前に話をするのが幼い頃からの習慣になっていた。
今夜も明日の授業の事やテストについて話をしていたのだが、その最中に陸翔が『ふぁんない』について話し出した。
「うん。今日はレト君の動画が出るって話してたんだ」
「……見た? レトの動画」
陸翔がちょっとだけ身を寄せてきた。
興味がある時や疑問を抱いた時の陸翔の癖だ。普段はあまり感情を出さない陸翔の、僅かだけど、でも分かりやすい癖。
「見たよ。やっぱりレト君が一番歌がうまいね。落ち着いた声だから聴いてるとまったりしちゃう」
「……そっか」
「でも激しい歌の時は格好良いよね。友達が『ギャップ萌え』って言ってたよ」
レト君は『ふぁんない』のメインボーカルで、メンバー内で一番歌が上手い。
静かな曲の時は落ち着いた声で、激しい曲の時は格好良い声で、悲しい曲の時はこっちまで胸が痛くなるような切ない声で歌い上げる。
「だけどその後のトーク動画はあんまり喋らなかったね。トモル君がずっと喋ってた」
「……トモルが煩いだけだから」
「でも私、時々喋るレト君の声も好きだよ。優しくて暖かな声だよね」
そう私が話せば、陸翔が何かを言いかけるように一瞬口を開き……、だけど何も言わず、嬉しそうに微笑んだ。
「陸翔? どうしたの?」
「なんでもない。でも、そう言って貰えて嬉しい」
「陸翔が嬉しいの? ……あぁ、推しが褒められると嬉しいってことね。陸翔もレト君推しなんだ」
『ふぁんない』は歌の上手さとトークの面白さから男性人気もあると聞いた。
なるほど、陸翔も『ふぁんない』のファンで、しかもレト君が推しなのだ。思い返せば、友人達も推しを褒められると自分の事のように喜んでいた。
「そうだったのね。今度レト君のグッズあったら買ってきてあげる!」
私が告げれば、陸翔が一瞬目を丸くさせ……、
「グッズはいらない。穂乃香が褒めてくれるだけで良い」
そう楽しそうに笑った。
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