第十四話 ハチマキ

 体育祭が終盤に差しかかるころ、僕は女子たちに囲まれていた。


「わぁ! 溝口くん可愛い〜!」


 紅組と白組は接戦で、各種目の配点が加算される度に順位が入れ替わっていた。そのため最後のクラス対抗リレーへの期待がより高まっているのを感じる。

 そんな中、僕は輪の中心にあるイスに座らされ、髪の毛をいじられていた。


「はい、完成~!」


 額に巻いていたハチマキは彼女らの手によって解かれ、今はカチューシャのように頭部から耳の後ろで巻かれている。上部はリボンの形に結ばれているらしい。


「その巻き方、すごい似合ってる! 写真撮らせて!」


 同意する声が方々ほうぼうから上がる。

 気持ちが顔に出ないよう注意しながら、むけられたカメラに対してピースをする。こういうのは求めに応じてしまう方が雰囲気も悪くならないし好感度も上がる。


「ごめん、そろそろリレーの準備があるから」


 何枚か写真を撮られた後、僕は立ち上がった。

 彼女たちが見ている目の前でハチマキを取るのは気が引けた。その場でしゃがんで靴ひもを結び直す。自然とため息が出た。周りの期待に応えるのは疲れる。リレーが始まる前にははずそうと思っていると、別の方向から声をかけられた。


「なーんだ、知らない女子がいると思ったら溝口かよ」


「お前、女子に混ざっても全然違和感ないよなぁ。身長もちっこいしさ」


 ケラケラと笑い声をあげたのはクラスの男子たちだ。いちいち、しゃくさわる。


「……でしょ? 僕、かわいいからさ」


 気持ちを抑えて、僕は作り笑顔を崩さずその場をはなれた。

 クラスメイトが周囲にいなくなったのを確認し、頭頂部のリボンをほどこうとする。


「うわ、かた結びかよ……」


 爪をひっかけても結び目がゆるむ気配がない。しばらく奮闘するが取れそうにないので、無理やり引っ張っていると、正面から来た瑞希ちゃんと目が合った。

 駆け寄ってきた彼女は心配そうに僕に言った。


「溝口くん、リレーの整列行かなくていいの?」


 今やってる種目が終わったらクラス対抗リレーが始まる。時間がないのは分かっているが、この格好で出るのは嫌だ。僕は頭を指さして「取れなくて……」と笑ってみせた。


「ちょっと、かがんで」


 僕は言われた通り、お辞儀をするように頭を差し出した。視線の先には地面があり、僕と瑞希ちゃんの靴が視界に入る。


「髪、触るね」


 頭上からかけられた言葉に返事をすると、ハチマキが引っ張られる感覚があった。瑞希ちゃんがリボンの結び目をこうとしているのだ。


「うわ、固いね……」


「女子たち、結構こだわってたみたいだからね」


「その場ではずしてもらえばよかったのに」


「みんなが似合うっていうからさ。せっかくやってくれたのに悪いじゃん?」


「溝口くんは、これ気に入ってたの?」


「あ~、僕は見てないんだ。鏡とかなかったし?」


「写メとれば見れるじゃん」


 地面を見つめながら、これはバレてるな、と思った。彼女は続けた。


「すぐ外すなら、そもそも断ればいいのに」


「断ったら空気悪くなるじゃん」


「でもこういう可愛いのは嫌なんでしょ?」


「まぁ」


 そんな話をしていると、頭に感じていた窮屈きゅうくつさが消えた。


「とれた!」


 顔を上げると、瑞希ちゃんが嬉しそうにハチマキを差し出している。それを受け取ろうとして、言った。


「あの結び方、いいな」


 視界に入った生徒を指さした。彼女も僕の指の先に視線を向ける。


「手首に巻くやつか! いいよね!」


「瑞希ちゃん、結んでくれない?」


 左手を差し出した。

 彼女はこころよく引き受けてくれ、くるくると僕の手首にハチマキを巻きつけた。

 時々、彼女の指先が肌に触れる。僕はその様子をじっと観察していた。

 最後は小さくリボン結びで止めると、彼女は「頑張ってね」と微笑ほほえみかけてくれた。少しの間その笑顔を見つめていると、不思議そうに見返される。


 意識されていない、か。


「ありがとう」


 反対の手で巻いてもらったハチマキに触れ、僕は走ってリレーの選手の集合場所へ向かった。

 やっぱり町田には負けたくない、と改めて思った。



 待機場所である入場ゲートの下につくとアイツがいた。視線が合うと、いつにもまして顔をしかめられた。

 僕も隣に並ぶのは嫌だった。コイツのすぐ隣りに立つと見下されている感じがするのに加え、見上げないと顔が見えないため首が痛くなるのだ。


「リレーに出るってほんとだったのかよ」


「こんなことでウソ言ってもしょうがないでしょ」


 町田が舌打ちした。


「俺の見せ場だってのに」


「陸上部が一位になるのは当たり前なんでしょ? 見せ場もなにもないんじゃないの」


「わかるやつが分かればいいんだよ」


「それって瑞希ちゃんのこと?」


 町田は視線をそらし、続きを答えなかった。

 案内放送が流れ、僕たちは入場する。

 男子のリレーは一人一周で、二百メートル走ったら次の人にバトンを渡す。

 放送部によって簡単に競技の説明が終わると、さっそく一走者がスタートラインに整列した。


 雷管の音を合図に一走が走り出す。

 一斉に飛び出した走者たちは、一周を回り終えてもあまりばらけていなかった。百五十メートルを過ぎても、ほとんど差がついていない。しいて言えば僕の組は二位。町田のクラスは三位だろうか。


 二走者目にバトンが渡り、徐々に距離が開き始める。

 一位のクラスは十メートルほど先を走っており、僕のクラスは二位をきそっている。アンカーの僕に渡ってくるまで離されなければ、一位も狙える範囲だ。


『溝口がアンカーやるの?』


 頭の中で声が聞こえた。黒板の前で選手を決めたときの景色がよみがえる。

 周りの男子に言われたのだ。おそらく「町田京介と競えるのか?」と言いたいのだろう。つまり、僕の体格が町田より劣っているからったときに負けないか心配したのだ。


「陸上競技での接触はルール違反だよ。フィジカルは関係ない」


 サッカーの試合とは違うのだ。身体で守るわけではない。

 べつにアンカーにこだわっているわけではなかった。僕は体格を理由にされるのがいやで意地になっていた。

 三走のクラスメイトが半分ほど走り終える。

 僕はコースに入り、バトンが渡ってくるのを待った。


「マジで町田と競うことになっちゃったな」


 隣りには僕より二回りほど大きい町田が立っていた。トラックの外から聞こえる歓声は最高潮に達している。

 片足をさげて身をかがめた。

 バトンを持った四人がコーナーを回って、次々と突っ込むように駆け込んでくる。

 一人目のアンカーが走り出した。

 それを追うように僕は地面をける。

 町田もほとんど同時に走り出した。

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