第九話 体育祭
じりじりと肌が焼かれる日差しの中、俺と歩はグラウンドに整列していた。
『次の種目は、男子による百メートル走です』
放送部のアナウンスがグラウンドに響く。今日はみんなが待ちに待った体育祭だった。
昨夜は大雨で、誰もが体育祭は延期になるかと思っていた。しかし幸いなことに雨雲は消え、かわりに今朝は蒸し暑さが増している。
快晴の空の下、石灰で描かれた二百メートルトラックのまわりには全校生徒が集合していた。色んなところから応援の声が耳に届く。
「京介といっしょとか、ぜったい無理じゃん」
歩が隣でボヤいている。出番が来るまで俺たちはトラックの内側に待機していた。俺と歩は同じ赤色のハチマキを
「しょうがないだろ、紅組と白組しかないんだから。一回に五人走るんだし、誰かしらかぶるって」
「それにしたって陸上部の部長と走るとか負け確定~」
やる気がそがれたと言わんばかりの歩は「ムリムリ」と言って首を左右に振る。
俺は「歩は帰宅部だしな」と笑った。
ゴールテープが切られるたびに周囲から歓声や拍手がおこっていた。生徒たちは教室から自分のイスを持ってきているが、ほとんどの生徒は立ち上がって、飾りつけをしたうちわやタオルを振るなど思い思いに応援をしている。椅子の上に立っているやつもいた。
歩と話しているうちに俺たちの番がきた。走るコースは、カーブの入り口からグラウンド正面側の直線の終わりまで。
カーブがあるということは、外側で走る人ほどスタートラインが前にずれる。歩は一番内側で俺は真ん中の三レーン。そのため、俺は歩より前の位置からのスタートだった。
スタートラインに立ちスターターの声に耳をすます。
外から聞こえる応援の声が大きくて「よーい」の声が聞こえない。
『――パンッ』
声援を上回る破裂音がグラウンドに響く。部活で聞きなれた音を合図に、俺は地面を蹴った。
俺の一つ前にいた生徒は「よーい」の声を聞きもらしたらしく、突然のスタートに出遅れていた。俺はそいつをスタートダッシュで抜かし、さらに前を走る生徒に視線を移す。完全にロックオンした。
百メートルは意外と短い。徐々に前の生徒との距離は縮まっていたが、このままではゴールまでに抜けるかどうかギリギリだ。
俺はギアを上げる。ぐいっと自分の身体が前に進む感覚があった。それと同時に左右の風景が過ぎる速度も上がる。
一歩蹴る度に距離が縮まっていく。カーブを抜けきったときには、二レーン隣を走る生徒は視界から消えていた。
一番にゴールテープを切った。周囲から歓声が聞こえる。
ゴールラインを過ぎたので徐々に速度を落とした。十メートルほど過ぎたところで振り返ると、他のやつらもバラバラとゴールしているところが見えた。
走り終わった人はゴール順に旗の前に並ぶ。歩のすがたを探すと彼は『4』の旗の前に立っていた。不機嫌そうなのでどうしたのかと声をかけた。
「地面がぬかるんでて滑った」
転びはしなかったようだが、途中スピードが落ちてだいぶ遅れたらしい。
「昨日雨だったからな」
今朝の準備のとき、陸上部総出でグラウンドにできた水たまりの水抜きを行ったが、まだ乾ききっていなかったようだ。「べつに勝てると思ってなかったけどさ」とちょっとだけ悔しそうだった。
◆
「町田先輩、お疲れさまです!」
陸上部のテントに戻ると、後輩が声をかけてきた。テント下のイスに座り、アイスを食べている。
「いいもん食ってんな」
「購買で買えますよ。体育祭だから種類もいつもより多めでした!」
棒アイスを食べているものもいれば、モナカを食べているものもいる。蒸し暑い今日にはうってつけのお菓子だ。あとで俺も買いに行こう。
俺はポケットに入れていたプログラムをとりだした。タイムテーブルを見ると、次の種目は『パン食い競争』である。今やっている『しっぽとり』が終わったら、一度トラックのラインを引き直したほうがいいかもしれない。テントの隅に置かれたラインカーの中身を確認する。そろそろ石灰がなくなりそうだった。
「そろそろ補充したほうがいいかもな」
「さっき瑞希先輩が持ってくるって倉庫を確認しに行ってくれたんですけど……」
倉庫のほうを見ると、瑞希が見えた。少し離れたところで瑞希が石灰袋を抱えて誰かと話している。手伝うため瑞希のもとへむかった。
近づいてみると瑞希と話していたのは彼女と同じ白色のハチマキをした溝口だった。
俺と目があった溝口は嫌味な笑顔で話しかけてくる。
「百メートル、さすが余裕だったね」
「どうも。……瑞希、それもらうわ」
俺はなるべく溝口を無視して、瑞希に話しかける。しかし溝口はわざと割って入ってきた。
「あれ~? あんまり嬉しそうじゃないね?」
「べつに。体育祭で一位になっても陸上部だから当たり前としか思われねぇんだよ」
「ふーん、謙虚だねぇ。瑞希ちゃんは綱引きに出るんだっけ?」
「うん、それとリレーかな」
「ちゃんとアップしろよ」
俺の言葉に瑞希はこくんとうなづいた。
体育祭も全力で楽しみたいが、俺たちは大会前の大事な時期なのだ。突然全力疾走をしたら脚を痛める可能性がある。ウォーミングアップは欠かせない。
「じつは僕もリレー出るんだ。町田くんも出るんでしょ?」
溝口は俺の方をちらりと見る。彼は挑戦的な目つきで俺を
俺の中に闘争心が芽生える。
「対決できるの楽しみだなぁ」
「ぜってぇ負けねぇから」
俺と溝口のあいだには太陽に負けないくらい熱い火花が散っていた。
『クラス対抗リレー』は体育祭のトリを飾る種目だった。
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