第六話 体育祭実行委員

「井上さんも同じ委員会なんだ」


 昼休みになって視聴覚室に到着すると、井上瑞希がすでに席に着いていた。

 前方のスクリーン前には体育祭実行委員長と体育教師の郷田ごうだが立っており、委員会の活動内容や体育祭の当日までのスケジュールについて説明している。


 入ったとき一瞬だけ郷田と目があった。しかし向こうが先に目をそらす。

 一年前、井上さんと京介が助けてくれて以来不必要に絡まれることがなくなり、俺は平和に学生生活を過ごすことができていた。

 井上さんは俺に気が付くと「あゆむくんもこっちに座りなよ」と隣の席を空けてくれた。


「結局体育祭の当日は陸上部で手伝うことになるし、委員になっておいたほうがなにかとやりやすいと思って」


 陸上部は体育祭当日にトラックのライン引きや、競技に使用する備品の準備などがあるらしい。京介もそんなことを言っていたような気がする。彼の顔を思い出した俺は疑問を口にした。


「そういえば京介とはまだケンカしてるの?」


「まあ、うん……」


 その時のことを思い出したのか、井上さんは顔をしかめている。

 話のネタとして振ったつもりだったが、思ったより井上さんは怒っているらしい。先週から無視されていると京介が言っていたが、まだ継続中のようだ。


「だって京介ってば、キスしたいだけみたいだし? 私のことなんだと思ってるんだか」


 簡単にこと次第しだいは聞いていたが、あいつそんなこと言ったのか。俺は曖昧あいまいに笑ってみせる。これは京介が悪い。

 彼女は遠い目をすると、一言付け加えた。


「キスしたい人は自分で決めるもん」


 彼女が誰を想像しているのかはわからなかったが、ふくみのある言葉の先が気になった。きっと京介もなにかを感じとって、それであせっているのだろう。


 井上さんと横並びで話していると、彼女の反対隣りにいる人物と目が合った。じっと俺たちの方を見ている。

 体育祭委員はクラスに二人いる。そうか、井上さんのクラスのもう一人は彼なのか。

 俺がそっちを見やると会話に加わりたそうに見つめ返された。


「えーと、溝口くん、だっけ?」


「僕の名前、知ってるんだ。柏木くんに知ってもらえてるなんて光栄だなぁ」


 溝口颯太みぞぐちそうた。くりっとした目と少し下がった眉尻まゆじりが優しい印象をかもし出している。いつもニコニコしており、女子から週一で告られていると噂になっている男子だ。親がアイドル事務所に書類を送ったことがあるなんて噂も俺は聞いたことがある。


「サッカー部も体育祭当日に手伝いとかあるんだっけ」


 彼はサッカー部の部長だった。


「いや、僕は井上さんが立候補してるのを見て一緒のにしようかなって」


「へぇ」


「井上さんとたくさん話したいし」


 俺は内心苦笑いする。遠回しに牽制けんせいされたとさっした。この場に京介がいなくてよかった。俺は構わないがあいつだったら露骨ろこつに不機嫌になっているところだ。しかし俺だって売られた喧嘩は買う主義だ。


「へえー、溝口くんと井上さんは仲いいんだ?」


「いいんじゃないかな」


「――って言ってるけど、井上さんはどうなの?」


 彼女の真意しんいを知っておきたい。

 彼女が言葉を発しようとした直前、背後から声が聞こえた。


「誰と誰が仲がいいって?」


 声の主は京介だった。今日に限ってやってくるのが早い。


「今日は早いね。もうグラウンド整備は終わったの?」


「早くて悪いかよ」


 京介がどけというので俺は席を譲ってその隣に座った。京介は周りに配慮する様子もなく勢いよく椅子に腰掛ける。

 左から俺、京介、井上さん、溝口の順番で並ぶ形となった。

 彼女は結局黙ってしまった。本当のところ京介にはゆっくり来てほしかった。もう少しで彼女の気持ちを知ることができたのに。

 隣に座った京介は井上さんのことを気にしているが、相変わらず無視されていた。




 ◆◆

 グラウンド整備を終えて視聴覚室にやってきた。体育祭実行委員の集まりにはあゆむが出てくれているが、瑞希も実行委員だと知って急いで終わらせた。


 部活が一緒だからよく顔を合わせているが、それ以外で瑞希とまともに会話するタイミングはほとんどない。

 委員会の集まりは昼休みに行われることが多く、そして瑞希と俺は交互にグラウンド整備を実施しているため、俺が整備を早く終わらせるしか委員会で会うこともできない。


「よっ」


 急いできたことを悟られないよう、上がった息を押し殺して席に着いた。歩に譲ってもらい、彼女の隣の席に座るが瑞希は完全無視を決めこんでいるようだった。

 彼女はプイッと顔をそむけている。


「いつまで怒ってんだよ。冗談だろ、あんなの」


「……そうだけどさ」


 ようやくしゃべった。あの日から五日は経っている。

 普段だったらもっと早くいつもの関係に戻っているのに。


「へぇー、喧嘩中なんだ」


 瑞希の奥から顔を出した溝口が可哀そうにと同情するような視線を向けた。


「井上さん、席変わろうか? 喧嘩中なら町田くんと隣はいやでしょ。僕だったらそんな想いさせないけど」


「うるせぇ。俺は瑞希と話してんだ、入ってくんな」


「そんな恐い顔しないでよ、町田くん」


 溝口は俺の気持ちを逆なでするようににこにこと笑い返す。

 俺は殺気全開で溝口をにらんだ。

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