第四話 門番

◆◆

 耳が痛い。

 駅から学校に向かって歩きながら、俺――柏木歩かしわぎあゆむはズキズキと痛む左耳に手を当てた。

 十七歳の誕生日を迎えた昨日、左耳の上部、軟骨部分にピアスの穴をあけた。これで五つ目。高二と言えど、五つも開けてるやつは俺ぐらいしかいない。

 こんな見た目だから常に周囲から視線を感じる。目立っている自覚はあるが、別に気にしない。俺はこの格好が好きだった。

 学校が見えてくると、俺は歩くスピードを上げる。今日も校門の前にはアイツがいた。


「おい、柏木」


 そのままの勢いで門をくぐろうとしたら、耳にタコができるほど聞きなれた声に呼び止められる。

 チッ。またかと内心で毒づく。

 茶髪にピアス、これだけで教師の目に留まるには十分な材料だ。


「お前、何度言えばわかるんだ? その格好、どうにかしろと言っているだろう」


 体育教師の郷田ごうだだった。

 クソ、めんどくさいやつに捕まった。

 俺は郷田が嫌いだった。郷田は俺を見つけると、ストレスの発散相手を見つけたとばかりに難癖をつけてくる。髪を染めているやつなんていくらでもいる。なのに、言うことを聞かない俺を服従させたくて仕方ないのだろう。


「無理っすよ。空けた穴はどうしようもありません」


 俺はぶっきらぼうに答えた。

 こいつは何度同じやり取りをさせるのか。先週も同じように門の前で引き留められた。背が低いくせに態度はでかい。言動は単調でいつも同じ話ばかり。身長が低い分、脳の体積も小さいんじゃないか。

 俺は郷田を見下ろしながら話を聞き流す。耳の痛みが増してきたので、手で触って血が出ていないか確認した。それに気づいた郷田は俺の耳を見て顔をしかめた。


「おい、よく見たらピアス一つ増えてないか?」


 目ざとい先生だ。説教が長引きそうな予感を感じて、俺は苛立ちを隠せない。


「チッ」


「先生に向かってその態度はなんだ!」


 思わず出てしまった舌打ちに郷田が声を荒げる。背後を通り過ぎていく生徒が、何があったのだろうと様子をうかがっているのが分かる。


「髪は染め直せるだろう!」


「金欠なんでそれも無理っす」


「親に貸してもらえ」


「親、一緒に住んでないんで」


「じゃあ連絡すればいいだろう! ご家族も心配しているに決まってる! そういう格好をしていると、変な奴らに絡まれるんだぞ」


 一番絡んでくるのはあんただろ。

 郷田への鬱憤うっぷんが拳に凝縮され始める。

 自分の考えが正しいと思い込んでる大人は本当に面倒くさい。丸め込みやすい子供にそれを説くことで自分の自己肯定感を高めてやがる。

 俺んの事情も知らないくせに。


「価値観押し付けてんじゃねーよ……」


 ドクドクと耳の痛みが強くなる。新しいピアスはどんなのにしようかとワクワクしていたのにぶち壊しじゃないか。

 俺は郷田を睨み、右のこぶしを強く握りしめた。勢いをつけるため片足を後ろに下げる。

 拳と共に前に踏み出そうとした瞬間、背後から突然腕を掴まれた。


「柏木くん、おはよ!」


「井上さん……?」


 振り返ると、同じ二年一組の井上瑞希が後ろに立っていた。彼女は今年初めて同じクラスになったただのクラスメイトだ。二年生になって二ヶ月ほど経つが、話したことはほとんどない。

 馴れ馴れしい態度に戸惑っていると、彼女は俺の目を見て首を横に振った。あごくらいで切りそろえられた毛先がその動きに合わせて揺れる。

 彼女は、振り上げようとしていた俺の腕をぎゅっとつかんでいた。そして郷田に向き直ると言った。


「郷田先生、そろそろ行かないとホームルーム始まっちゃうんですけど!」


 井上さんは俺と郷田の間に入り、校舎の外側に取り付けられた時計を指さした。

 ホームルーム開始まであと五分しかない。


「しおり先生に頼まれごとがあって早く来たのに、これじゃあ怒られちゃうじゃないですか」


 井上さんはぐいぐい郷田に詰め寄っていく。


「しかし柏木のその格好はだな……」


 井上さんの勢いに押されながらも、郷田は食い下がる。


「郷田先生に引き留められて出来なかったって言ってもいいんですね?」


「それは……」


 しおり先生に頼み事されているというのはうそだった。郷田がしおり先生に好意をいだいているのは生徒の間では周知のことで、井上さんは郷田の弱みをよく分かっていた。

 双方の睨み合いが続く。

 決着がつかないでいると、新たな人物が割って入ってきた。

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