第三話 仮入部➁
走り込みの練習がスタートした。
瑞希は男子チームの後ろにつき、開始の合図とともに一緒に走り出す。
三百メートルのトラックを一周を五セット。
一本こなす毎に呼吸が上がる。それが落ち着く前に、また走り始める。
二本目までは問題ない。大きく深呼吸すれば呼吸も少しは落ち着くし、軽快に足を運べる。
三本目。徐々に身体が重たくなる。
太ももに乳酸がたまり、脚が上がらなくなる。前に進みたくても、思うように動かない。
この辺りから実力や練習量がモノを言い始める。
四本目をスタートして、集団から遅れ始めたのはやはり仮入部中の一年生たちだった。俺も必死に足を動かすが、前を走る上級生とは距離が開くばかり。
先頭を走る部長なんて全く疲れた様子が見えない。
やはり、上級生はレベルが違う。
四本目を走り終えると、みな言葉数が少なくなる。
何度も何度も肩で息をして、呼吸を整える。溜まった乳酸が脚に痛みを与える。立っても座っても、痛みが脚を襲う。
五本目。もうペースなんて考えていられない。前の上級生に食らいつこうともがくが、どんどん離される。
バラバラとゴールにたどり着くと、やっと終わった、とみんなグラウンドに座り込んだ。仰向けに倒れているやつもいる。
そんな中、視界の隅に一人、立ち上がってスタートラインに立つやつがいた。
「もう一本、お願いします!」
瑞稀だった。
まだ呼吸が整っていないなか、精一杯の大きな声で宣言する。
それは、大きな声を出すことで自分を奮い立たせているようにも見えた。
マネージャーはストップウォッチを片付けようとしていたが、瑞稀の声を聞いて改めて持ち直す。
まじかよ。
そんな空気が漂っていた。この疲労の中、もう一本やるなんて。
「行きます!」
掛け声とともに彼女は駆け出した。
みんなの視線がグラウンドを駆ける瑞稀に集まっている。
彼女の積極性に俺たちは驚いていた。
それからも瑞希は、練習メニューで出された数より一本多く走るのが定番となった。
彼女は誰よりも積極的で、その努力する姿は無視できないほどだった。
マネージャーにスマホを渡し、走っている姿の動画を撮ってもらう。休憩時間にそれを見返してはフォームの改善を図っていた。
今日も瑞希は一本多く走り込みを実施している。五本目が終わると、瑞希はスタートラインに立った。マネージャーもそれを察してタイム計測の準備は万端のようだった。
「行きますっ」
呼吸が整う前に彼女は地面をけった。
六本目ともなると、流石にスピードも遅くなる。
五本目までの疲労のせいで、思うように脚を動かすことができないようだ。遠目から見ても蹴った足が後ろに流れてしまっているのがわかる。
スピードも出ていない。
本数が多い分、瑞希の走りには疲れが出ていた。後半にかけてスピードが落ちてきた。今日は特にそれが顕著だ。しかし瑞希は一生懸命腕を振って身体を前に進めている。
マネージャーは心配そうに瑞稀を見つめていた。
二年の先輩もそれを見ていて「あいつ、根性あるじゃん」とつぶやいた。
瑞希が男子チームと一緒に走ることについて納得していなかった部員もそれには同意していた。
「井上、ファイトー!」
部長の声だった。俺たちはハッとする。
呼吸が落ち着いてきた俺たちも、部長にならって声を張り上げた。
ぶれていた軸が少し改善されたように見えた。トラックの反対側を走る瑞希にも、きっと届いているに違いない。
ゴールした瑞希は、両ひざに手をつき、何度も肩で呼吸をする。
部員たちが瑞希に「ナイスファイッ」などと声をかけられていた。部の空気が明らかに変わっている。
へえ、やるじゃん。俺は短髪の少女に対する評価を見直した。
そんな彼女は地面に座って足を投げ出している。もうヘロヘロで立ち上がる力もないようだが、俺たちを見上げる顔は笑顔だった。
「俺らも負けてらんねーな」
部長がスタートラインに立つ。
それに倣うように、俺たちもスタートラインに立った。
*
「京介」
瑞希に呼ばれてハッとする。目の前に髪の伸びた瑞希とマネージャーが立っていた。
昔のことを思い出してぼーっとしてしまったことに気づく。
「町田先輩にも動画送りましょうか?」
「ああ……、お願いしてもいいかな」
マネージャーのスマホから、俺の映っている動画をいくつか送ってもらう。
撮ってもらった動画に瑞希が映っていた。
彼女のフォームはすごく綺麗になった。本数をこなしても軸がブレなくなったのは、彼女の努力の
それを瑞希に言おうとしてスマホの画面から顔を上げた。しかし彼女の姿はない。
俺が動画を送ってもらっている間に、瑞希は部室へ戻っていってしまった。
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