第二話 仮入部
俺の誘いに瑞希は迷ったように言葉を続けた。
「あー、私ちょっとクラスの方で誘われてるんだよね。まだ行くって決めたわけじゃないんだけど……」
「川島たちに誘われてるのか」
川島
「南海もいるんだけど、四人で行くんだって。南海の彼氏と、あと溝口くん」
「は?」
瑞希がそのメンバーを挙げるのは意外だった。
溝口って隣のクラスでサッカー部のあいつか? 俺はその人物を思い出して顔をしかめる。
「なんで川島たちは二人で行かねぇんだよ。お前と溝口、邪魔なだけだろ」
「あの二人ってこないだ付き合ったばっかりでしょ? 彼氏の方が緊張するから誰かと一緒がいいって溝口くんを誘ったんだって。それでなんか、溝口くんが私を誘いたいって言ったみたい」
「ふーん、そう」
俺は興味がない風を装う。
楽しんで来いよ、とは言えなかった。
「また浴衣着るのか?」
「んー、南海が着るって言ってるから着るかも?」
「やめろよ、あんなの」
「なんで?」
「……
「うわ、女子の努力を否定するんだ。溝口くんに去年の写真見せたら、かわいいって言ってくれたよ?」
「はっ。そんなの下心あるからに決まってんだろ」
「溝口くんはそんな人じゃないよ!」
廊下を歩いているうちに教室の前に着いたので、瑞希はぷいっと顔を背けて行ってしまう。
わだかまりを残しつつも、俺もそのまま隣の自分の教室に向かった。
中に入り無造作に自席に座ると、待っていた歩が「またケンカ?」と言ってパンを差し出した。
「あいつ、他のやつと花火大会行くんだってよ」
「あらら。でも井上さんだって友達付き合いがあるだろうし、しゃーないんじゃん」
「ダブルデートらしい」
「へぇー、先越されたねぇ。どこの誰よ?」
俺は先ほどから視界に入っているそいつを
歩はパンを食べる手を止めて、俺の視線の先を追った。
そこにはシュッとした目鼻立ちでアイドルのような甘いマスクの男子生徒がいた。
溝口は瑞希と同じクラスの生徒だった。彼も部長のためサッカー部の雑務で忙しいらしい。うちのクラスにいるサッカー部員と話している。
時折見せる屈託のない笑顔は清純そうな印象を抱かせた。
「へぇ、溝口か。手強いねぇ」
歩はニヤニヤと俺の顔を覗き見る。
「なんだよ」
「べつに?」
俺はじろりと歩の顔を見返したが、歩は楽しそうに口角を上げるだけだった。
歩は俺が瑞希のことを好きだと知っている。いつ分かったのかと聞いたことがあるが「見てれば分かるよ」とはぐらかされた。
俺はただ、浴衣姿の瑞希を他のやつらに見せたくないだけだ。
しかも、よりによって溝口かよ。
「溝口くん、これよかったら食べて!」
「お昼ご飯いつも買ってるの~? 溝口くん、今度私作ってきてあげようか?」
わらわらと女子が集まり始める。
傍から見るとアリが砂糖に群がってるみたいだ。
俺はその様子が気に食わなくて視界から追い出すようにそっぽを向いた。
***
「瑞希」
グラウンドでの練習後に声をかけたが、あいつは俺の横を素通りした。
部活中は後輩がいるという手前、必要な会話はするがそれ以外は話してくれない。
相当怒っているらしい。
後輩たちもうすうす気づいているようで、俺たちに対して
俺が瑞希の後ろ姿を見送っていると、入部したばかりのマネージャーがスマホを持って恐る恐る瑞希に近寄っていく。
「瑞希先輩、先ほど撮った動画なんですけど……」
「ありがと! 今送ってもらってもいい?」
「はい、もちろんです!」
瑞希はマネージャーに優しく微笑む。
マネージャーはほっとした様子でスマホを操作する。
それを待っている間、瑞希は
五年前、中学の陸上部に入部した頃の瑞希は髪が短かった。
最初の印象は、少年のような奴だと思った。
その時はまだ仮入部の期間だった。部員約二十人が全員が集合し、今日の練習メニューが言い渡された直後、ある生徒が顧問の先生に話しかけていた。
後ろ姿だけ見ると男子と間違えそうだった。
そいつは小柄で、男に見えるくらい短いショートヘアをしていた。彼女が女子生徒だということは声を聞いて分かった。
「あの、私も男子チームと一緒に走りたいんですけど」
部活用ではなく学校指定のジャージを着ていたので、俺と同じ仮入部中の一年らしい。
陸上部の練習メニューは、基本的に女子と男子で設定タイムが異なる。そのため別々に実施したり、スタートのタイミングをずらしたりすることが基本だった。しかし、そいつは男子と同じメニューをこなしたいと言っていた。
「男子のペースに女子がついてこれるわけないだろ」
周りにいた部員が彼女の言葉に鼻で笑う。
彼女にギリギリ聞こえるくらいの声。おそらく二年の先輩だった。
遅いやつが混じっていると、スタートの時の場所取りで邪魔なのは分かる。しかし、そこまで言わなくてもと俺は心の中で思った。
傷ついているんじゃないかと遠目から様子を窺う。
しかし俺たちのような他の部員には目もくれず、彼女はじっと先生の言葉を待っていた。
「一番後ろのスタートで構いません。お願いします」
恐そうな顧問の先生にも物おじせず話している。
先生はちらりと周囲に視線を巡らせる。俺たちも先生がなんと答えるのか興味があった。彼女の真剣な眼差しを汲んだのか、先生は頷いた。
「一番後ろなら問題ないだろう。きみ、名前は?」
「ありがとうございます! 井上瑞希です」
「そっか。井上さん、頑張って」
顧問は瑞希に期待するように微笑む。「それじゃあ、みんな。準備始めて」その言葉で俺たちは動き出す。
実際、女子が男子のスピードについていくのは難しい。
同じくらいのスピードの選手で競ったほうが、タイムも伸びるしいい練習になると聞く。だからこそ女子チームの中で走ったほうがいいんじゃないかと俺は思っていた。
何か考えがあるのか、ただの
俺は瑞希を冷ややかな態度で見ていた。
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